第三十二章 裏切りの極意
「時間はいつも裏切る。どれだけの時間を重ね、どれだけこの身を擦り減らそうとも、時間はいつも裏切る」
男は月の無い夜空を眺め呟いた。
黒い仮面を付け、口元はあらわ。
黒いマントがより闇に同化して。
「どこまで旅をすれば果てを知るのか………」
纏う黒い鎧は闇より深い。
想いは遠い自分の生まれた世界。遠すぎて場所さえも不確か。
「よくよく月を嫌うのだな」
「…………サン・ジェルマン」
人間でありながら人間の寿命を遥かに超えて生きている紳士。
歳の離れた二人は、よほど気が合うのか互いを邪魔にはしない。
「なぜ月を嫌う?」
「さあて、なぜだろうな………俺にもわからん。ただ、心の隅。そう、心の片隅に追いやった悲しみを見透かされてるような気がするのかもしれん」
嫌い?もしかしたら月から逃げてるだけ………そんな気がしなくもない。
「悲しみさえ糧にする。昔、誰かに言ったんだがな」
黒仮面は無意識に剣の柄に手を置いた。
「数多の世界はお前にまだ何も教えはしないのか………」
「教わることなど何も無い。全ては俺の支配にあるのだからな」
運命は立ち向かうものではなく、壊すものだと語った男の瞳。
仮面の下の瞳は何を見ているのか。
「それにしても」
話を区切るようにサン・ジェルマンは、
「輪廻は本当にやって来るのだろうな?」
「そんなに心配か?」
「信用してないわけではないが、都合よく現れてくれるとは思えんのだよ」
わかっている。自分と同じく時間を旅する者がいると知り、年甲斐もなく胸が踊っていると。
「来るべき時が来れば奴は現れる。無論、いつも会えるというわけではないが、この世界に来た時から予感がするんだ」
「予感……?」
「ああ。奴の生命の炎を肌で感じる。じりじりと俺を焼き尽くさんとばかりの熱いオーラ。同じ世界で出会う時は決まってこの感覚を覚える」
「まるで友でも待つような言い方だな。まあよい、時間構築魔法具の収集もある。楽しみは後に取っておこう」
黒仮面を残し、サン・ジェルマンはいなくなった。
「…………友……か」
言われる通り、そう呼べなくもないくらいお互いを知っている。
「フッ、早く来い………今度こそは決着をつけてやる」
魔王城から遥か先に微かに浮かび上がる塔。偶然か必然か、その名は輪廻の塔。
黒仮面の男のところから戻ったサン・ジェルマンを待っていたのはヨウヘイだった。
「あの男のところに行ってたのか?」
まるで恋人を責めるような声色で言った。
「月の無い夜にしか会えんからな。なるべく多く会話をと思っただけだ」
「何を話すんだ?別に話すことなんかないだろ」
「真理というやつだ」
ヨウヘイが黒仮面を快く思ってないのは知っている。
なんだかんだと理由付けはするが、心を読まれてしまうのが一番の理由だろう。黒仮面が月を嫌うのと一緒だ。
もっとも、ヨウヘイより黒仮面の方が深みがあるが。
「どうもあの男は好きになれねぇ」
「それはお前が子供だからだ」
「俺のどこが子供なんだ?」
「お前は闇の怖さを知らずに闇を好む。奴は闇そのものに身を置く。深層意識の中までを闇に染め、闇であろうとする」
何が違うのかヨウヘイにはわからない。というかどっちでもいい。頑張ったところで好きにはなれないだろうし。
「なんでもいいよ。俺には関係ないから。そんなことより、クダイ達がザンボルって国に入ったらしいぜ」
「だからどうした?」
「おいおい、あいつらは俺達を倒そうとしてるんだぜ?野放しにしとくのかよ?」
退屈なのだろう。顔に書いてある。有り余る力と若さを爆発させてやりたいと………魂胆が丸見えだ。
「時間構築魔法具を探すのが先だ」
「それはわかってるって。だけどシュードモナスを簡単に倒した聖騎士の実力は確かめておかないと」
「ヨウヘイ、私はお前の退屈を削ぐ為にこの世界へ連れて来たわけではない」
あの男が現れてから……黒仮面が現れてからサン・ジェルマンの態度は厳しくなるばかり。
サン・ジェルマン自身はもっと前からの知り合いらしいが、ヨウヘイにしてみれば沸いて出た憎たらしい存在でしかない。
アスペルギルス達でさえ黒仮面には近寄らない。滅多に姿を見せないので会いたくとも会えないのかもしれないが、やはり何か警笛のようなものが働くらしい。
己の勘が鈍さも疑ってはみたが、どう解釈しても“嫌い”という域を出ることはなく、黒仮面に関しては共感を求めるのは難しい。
「お前には大切な役目が待っている。今は我慢しろ」
このやり取りにもいい加減飽きて、
「………チッ」
舌打ちをするのにも力がいる。
身体に蓄積していくダークエネルギー。制御も申し分ない。
(欲しいものがあるなら力ずくで奪えばいい)
漲る力が彼の意識までも侵してゆく。
(盾突く奴は力で捩伏せればいい……それだけのことだろ)
力は制御出来る。どんな力でも。
しかし、人には制御出来ないものがある。
………心。自分のものであるはずの心は、気付けば自分の手元には無い。
裏切るのは人ではない。
人はいつも自分自身に裏切られる。