第三十一章 人に従わぬもの
「シュードモナスの奴め………醜態を曝しおって!おかげでバランスブレーカーが奴らの手に………」
アスペルギルスは怒りに身を任せ部下達を殺していた。
「バランスブレーカーを奪われたところで、世界構築の魔法具はまだ四つある」
「サン・ジェルマン………」
「正確には時間構築魔法具、通称ツールか」
「たいした余裕だな。魔法具を持って来いとほざいたのは貴様ではなかったか」
「最終的に五つが私の元に集まればそれでよい。経路までは問わん」
時間を旅して来た男。アスペルギルスが本気で信用してるわけはなく、多分サン・ジェルマンも同じ。
主あったケファノスがいなくなってから、人間との戦争は膠着が続いていたが、サン・ジェルマンが現れ事態は有利にことが運んでいる。腹の探り合いでも、利用価値があるうちは大いに利用させてもらう。
「時にあの小僧はどうしてる?」
「ヨウヘイか?奴ならダークエナジーを制御する訓練中だ」
若いせいか、最近こちらの要求通りの成長を見せている。むしろ期待以上だ。
「気になるのかね」
「いや………たかだか人間の小僧一人………」
そうは言ったが、実際サン・ジェルマンが実権を握ってるのが現状。それに加え、得体の知れない生意気な異世界の人間が幅を利かせる始末。
アスペルギルスは極めて不愉快だった。
「シュードモナスがやられたんだって?」
噂をすればなんとやら。生意気な異世界の人間が黒衣を纏ってやって来た。
「魔族の四天王って聞いたからどんなもんかと思ったけど、お前ら案外たいしたことないんだな」
「黙れッ!!」
やって来た早々の暴言に、アスペルギルスはマントの袖先から刃を出してヨウヘイの喉元へ宛てた。
「なんだよ………殺るのかよ」
「シュードモナスの失態は認めよう。だが、貴様に愚弄される言われはない!」
「愚弄されたくないなら、さっさと与えられた任務を熟して来いよな」
「ふざけたことを!いつから貴様は偉くなったんだ?!我々はサン・ジェルマンと協力してるのだ、貴様は生かされてるだけだということを忘れるな!」
「…………フン!負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
「小僧………!!」
我を忘れ本気になるところだった。サン・ジェルマンの殺気を感じなければ。
「そやつは計画に必要な存在。余計な真似はせんことだ」
「…………チッ」
尋常じゃない殺気だった。今はもう失せはしたが、まだ残留している。やはり信用してないのはお互い様のようだ。
「ヨウヘイ」
「な、なんだよ」
「アスペルギルス達は我々の協力者だ。揉め事は感心せん。よく考えることだ」
さすがにサン・ジェルマンに凄まれては返す言葉もない。
「わ〜ったよ。別に揉める気もねえし」
窓の外は赤と黒の地下世界。
地上にまでそびえる塔が見える。
人間の住む地上と魔族の住む地下を繋ぐ門のような役割を果たす。
このまま行けば、いつかクダイとも戦うのだろう。その時、クダイにとっては最初の試練………ヨウヘイに会う為の。
「なあ、サン・ジェルマン。世界だか時間を構築する魔法具って、他にどんなのがあんだよ?」
「時間構築魔法具……ツールだ。それがどうした……」
「クダイ達が手に入れた時間構築魔法具バランスブレーカー………世界のバランスを崩すアイテム。他の四つはどんな力があるんだ?」
力。力。欲しい。手に余る力が。ダークエナジーをどんなに手にしてもまだ満足出来ない。
少年の心は純粋だった。
そう………純粋な悪。
「ク、クダイ……」
「な、ななな何?」
「こ、これ美味しいね」
「う、うん」
わかりやすいクダイとシトリーの二人の態度。本人達はひそかな想いを隠し通してるつもりなのだろうが。雲一つ無い空のように見透かすに苦労はしない。
「干し肉がそんなに美味いか?」
そう言ったカイムは、察するに恋愛には疎いクチだろう。
「き、きっとみんなで食べるから……」
恋した相手が悪い。シメリーは鈍感なカイムに自分の気持ちに気付いてほしいのだが、まだ道のりは遠い。
「ピクニックじゃあるまいし、大丈夫なのかあんな調子で」
シャクスの不安も尽きない。
「恋は人を大きくします。年齢に関係なく。何かを守ろうとする者は守ることの意味を知らなければなりません。クダイがシトリーを想うのであれば、この恋は必然。剣はあなたが教えることは出来るでしょう。しかし心までは思うようには育たない。それを助けてくれるのは彼女しかいないのですよ」
棘のある言い方だったかもしれない。
「残酷なことさらっと言うんだね………アンタ」
真意はオルマの理解を超えていた。だが、ダンタリオンが言うことは正しい。
「大丈夫です。私達がいるんですから」
してやれることに手は尽くす。
仲間である限り。
「時にケファノス。サン・ジェルマンが探してるだろう魔法具ですが、バランスブレーカーの他にも?」
ダンタリオンもバランスブレーカーの噂は知っていたが、アイニの言葉は魔法具が一つではないことを示唆していた。
他の魔法具が気になる。
「世界を構築する魔法具………正しくは時間構築魔法具。古きは“ツール”と呼んでいた………」
ケファノスが言うには時間構築魔法具、通称“ツール”は全部で五つ。
世界のバランスを崩し世界を崩壊させる短剣……バランスブレーカー
時間の流れを操作するコンパス……シュートプレート
光と闇を生む鏡……ディサグリン
連鎖の循環をする杯……時の聖杯
生命を宿す炎……ライフインライフ
この五つで時間が構築され、結果的に世界が存在するという。
「……他の四つも誰かが守ってるのか?」
カイムが干し肉を飲み込むと、間を置いて言った。
「ツールの中で一番危険なバランスブレーカーだけは、昔からエルフが所有して来た。他のものについては………」
歯切れ悪く言うケファノスも珍しい。
「ダンタリオン、まさか集めるなんて言わないだろうな?」
ダンタリオンの部下であることを否定してたわりに、肝心なところはシャクスも彼を頼る。
「そうは言いませんけど、出来るなら伯爵には一つたりとも渡したくはないのが私の本音でしょうか。まあ、在りかがわからないのであれば優先すべきは輪廻の塔へ行くことになりますが」
「ならそれでいいじゃない」
面倒なのか、投げやり気味にオルマは言った。
ツールだかなんだか知らないが、サン・ジェルマンに勝つことが大事なのだ。時間軸の融合にツールが必要なら向こうだって奪いに来る。その時に誰もサン・ジェルマンに勝てないのでは話にならない。
自分の周りの時間を凍結しているサン・ジェルマンに魔法は効かない。シャクスがいかに強くとも確実とは言えない。クダイも宛にはならない。どう考えてもケファノスに戦力になってもらわないと困る。
ケファノスの実力が定かではないにしてもだ。
「とりあえず、少し歩けばザンボル国だ。あそこは世界一大きい国。ツールの情報もあるかもしれん」
シャクスに皆が頷いた。
「でも大丈夫なんだろうね?」
「何がだ?」
「エルガムの騎士隊が先回り………なんてことになってなきゃいいけど」
オルマの言い分ももっともだ。
言われてみればクダイ達はまだ追われる身。
シャクスも少し考える。
この世界では、国に仕える者が大陸から大陸へ渡るには渡航許可証がいる。それを持たずして大陸を渡れば重罪。死刑にされても文句を言えない。
自分はクダイ達を追って成り行きで大陸を渡った。エルフの国はさておき、エルガムの使いの者がザンボル国に協力を求めてるとしてもおかしくはない。
その際、一緒に旅してることを知られれば………。
「ザンボル城より離れた町とか村でいいんじゃないのか?」
カイムとて事情は聞いている。
「そうしたいのは山々ですが、この近くの町や村は全てザンボルの騎士隊が常駐しています。城から離れている分、警備も厳しいでしょう。むしろ、城下の方が安心感が強く隙も多いはずです」
「灯台下暗し。自分の足元は見えないもんさ」
ダンタリオンを後押ししたのは、
「クダイ頭いい〜!」
「へへ」
そのクダイを讃えたのはシトリー。
否定したとしても、“クダイ側”だったろう。
「………ったく」
「成長じゃなく堕落しなきゃいいけど」
シャクスとオルマも愚痴らずにはいられない。
「うらやましいねぇ………ん?」
「カイム様のバカぁ〜!!」
カイムに悪気はない。そうわかってるはずなのに、シメリーは我慢が出来ず叫んでしまった。
空は相変わらず晴天。恋は盲目。
出会いはいつも特別。その出会いの全てが人を成長させるのだろう。
でも、気付かず生きていけるのならそうしていたい。
恋。
愛。
情。
成長の糧がそれだけではないことを。
この世は光と影の造物。心も例外ではない。
美しさに惑わされ、人は物事の本質を見失う。だから気付かず生きていけるのならその方がいい。
時間だけがいつも人の思惑に従わぬ。