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第三十章 陰と陽 〜中編〜

「青春ですねぇ」


「きゃっ!」


自分の世界に入っていたオルマは、声の主がダンタリオンだとは思わなかった。


「な、ダンタリ………」


「しーっ!まだ二人共近くにいますから」


「むぐむぐ………」


宛がわれた手を振りほどき、


「い、いつからいたわけ!?」


「人の恋路を邪魔する趣味があったとはな」


「シ、シャクス!あ、あああアンタまで!?」


オルマがしていたこと。それは他ならぬ覗きという小さくも欲望に引っ提げられた罪。

つまり、クダイとシトリーの秘め事を傍観していたのだ。

最悪なことに、何があっても見つかってはいけない者に見つかってしまった。


「感心しませんよ?一市民に戻ったとは言え、かつては聖騎士を目指した者。ノゾキだなんて………」


「ち、違うっ!あたしはただ、クダイがあのエルフの娘に騙されないか気になっただけだ!」


「ほほう。なぜあなたがクダイを心配なさるのです?恋愛は自由だと思いますが?」


このバカ男………そう怒鳴ってやりたいくらいニヤついている。


「よもやクダイに恋心を抱いてるわけではあるまい」


「変なこと言わないでよ!だいたいシャクス!アンタまでダンタリオンの悪巧みに加担するとは思わなかったわ」


「お、俺はクダイがダラけているんじゃないかと心配してだな……!」


「言い訳はよろしくないわねぇ。聖騎士シャクスもノゾキをしたことに変わりはないもの」


「オ、オルマ!」


ダンタリオンに口では敵わない。なら矛先は口下手なシャクスしかない。


「ま、なんにせよクダイにとって戦う糧になればそれに越したことはありません」


異世界に連れて来た責任がある。平和な世界に生きる時間を奪ってしまったのだ。恋をすることで少しでも前向きになってくれるのなら、応援してやりたい………ダンタリオンのささやかな気持ちだった。


「だがエルフはまずい。人間の寿命の先まで生きる種族だ。歳の取り方も………クダイが老人になっても、あの少女は今とあまり変わらなぬ姿のまま。望ましい恋ではないだろう」


シャクスはシャクスなりにクダイを想っている。


「心配ないさ。戦いが終わればクダイは自分の世界に帰ってくんだろうし。それまで誰かを想うことで生きる力になるなら………」


いつかクダイは居なくなる。そう考えると、オルマの胸は穴が開いたようだった。

恋ではない。それは言い切れる。聖騎士を諦めてから一人で生きて来た彼女にとって、クダイは仲間であり、また弟なのだ。世話が焼けるから尚更に。


「先は長いんです。いつかの話はやめましょう。彼は今は大切な仲間。それでいいではありませんか」


最後に上手くまとめてくれるのは、やはりダンタリオン。

彼の言葉に、オルマもシャクスも納得した。そう想うことで、自分達も明日へ行けそうな気がしていたから。ただ………丸い月だけはそれを否定するように怪しく輝いていた。










朝。起こされたのはシャクスの方だった。

剣の稽古をやると言ったのは自分だが、あまりの早起きとクダイのやる気には抵抗を感じずにはいられなかった。

とは言っても、隙を見せるようなことはしない。徹底的に鍛え上げる為、クダイの気持ちを凌駕する勢いでいる。


「甘いっ!」


訓練用の木刀を借り、二人は打ち合う。

シャクスの木刀は何回も打ち込まれたクダイの腹に入る。


「ぐはっ………ぐ……」


「何度言ったらわかる!相手の肩の動きで剣の軌道を読め!何かアクションする時は、既にどうアクションするか頭で考えてあるものだ、それさえわかってしまえば無駄に体力を使う必要もなくなる!」


「も………もう一回だ!」


今日は何度やっても結果は見えている。一時間やそこらの稽古で見違える成果は望めない。

それでもシャクスに挑むのは、シトリーへの単なる恋心なんかではない。


『世界を救う』


戦う意味、剣を振るう意味を見つけたクダイの中に、誇りと言おうか勇気にも似た芽が生まれていた。


「行くぞシャクス!」


「度胸だけは認めてやる」


果敢に聖騎士に挑む少年を見守る者もいる。


「ふわぁ〜……おはよ」


「おはようございます。あなたにしては早起きですね」


オルマとダンタリオン。


「あれだけ大きな声でやられたら寝てらんないわよ」


「まあそうなんですが……でも、あのシャクスに怯むことなく向かって行くんですから、夕べのことは彼に大きな力を与えたみたいですね」


地位も手に入れ、クダイほどの若さもない。自分達はこれ以上の成長は望めない。

それだけに、クダイの真剣眼差しが心地よかった。


「い〜んじゃない?ま、初恋が実ることはないだろうけど」


本人が言ったわけではないのだから、言い切ってしまうのは名誉に傷がつくというもの。だがわかってしまうのだからしょうがない。


「そういやケファノスは?」


昨夜、絡んでから見てない。


「さて?私に聞かれてもわかりません」


ダンタリオンも見てない。


「ったく………出発の準備しといて、あたし探して来るから」


予定してた時間を極端に削減し、一日で事が済んだのだ。ならば一日でも早く輪廻の塔に向かいたい。

忙しくはあれど長閑な朝。それが汚されようとは誰も思わなかった。










「カイムを?」


アイニの部屋に招かれケファノスは頼まれていた。


「ハーフエルフのカイムは、この国では肩身の狭い思いを強いられる。そんな不憫な思いをさせてしまうなら、いっそお前達に着いて役に立たせてほしい」


なんとも雑な言い方ではあるが、カイムを想っての言葉だ。

連れて行くのは構わないが、本人の意見も聞かねばならないだろう。

生き死にの付き纏う旅をするのだ、肩身の狭い思いをしてる方がいいことだってある。


「連れて行ってくれ。剣も弓も使える。約束する、足手まといにはならない」


ケファノスが口を開く前にカイムが答えた。


「この先、昨日のようになんでも簡単に事が済むわけではない。昨日はシュードモナスの油断もあっただろう。もちろん、シャクスの実力もあった。シュードモナスはああ見えてもレベルの高い魔族だ。それはお前達エルフが身を持って知ったはず。カイム、貴様がいかに優れた戦士であろうと、魔族を相手に戦うには力不足だ」


呆気なくシュードモナスをシャクスは倒したが、エルフ族はそうではない。

カイムが救いを求め人間を頼ったのだ。そして城を残し周囲は戦火の痕。


「シャクスとダンタリオンが特別なのはわかっている。それでも一緒に行きたいんだ。エルフを救ってくれた君達の力になりたいんだ」


「……………。」


しっくり来ない頼み事だ。アイニもカイムも本気なのだろうが、いまひとつ言葉に力が無い。


「何を悩む必要がある?サン・ジェルマンと戦うのなら人数がいた方がいいではないか」


「アイニよ、余はまだしもクダイ達は世界を救う為に戦っているのだ。貴様らの事情で着いて来られても迷惑だ」


きっぱり言ってやった。

カイムを外に出したい理由。それは、


「シメリーだったか………彼女は貴様の娘だそうだな?カイムと相思相愛がそんなに気に入らぬのか?」


「ケファノス………やめてくれ。俺はハーフエルフ。種の血を重んじるエルフと一緒といるべきではないんだ。頼む、死に場所が欲しいんだ………」


バタンッ!!!


「誰だ!?」


ドアが開き、アイニが叫んだ。


「黙って聞いてれば………」


つかつかとカイムに詰め寄る。


「オルマ……!」


「死に場所って何よ!」


「い、いや………違うんだ、そんなつもりで言ったわけじゃ………」


「何が違うってわけ!?言っておくけど、私達は死に場所を探してるわけじゃないのよ!生きる為に戦ってるの!バカにしないで!」


失言では許されない。


「待てオルマ」


過熱したオルマの心。わかる。ケファノスは抱いたことのない感情に戸惑いながらも、それに従ってみたい。人間なら当たり前に所有している不可侵の想い。


「カイム、なぜ自分の運命を変えようとせんのだ」


クダイにエルフの事情に口を出すなと言っておきながら、こんなことを言った自分が信じられなかった。


「そんなに死に場所が欲しいなら、勝手に探しな!あたし達を巻き込むないようにね!」


同情はいらないだろう。


「行くよ!ケファノス!」


誰の為に世界を救うのか。


「エルフも堕ちたものだ」


ケファノスが感じた堕情。今のエルフは、主を失い暴走する魔族となんら変わることはない。


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