第三十章 陰と陽 〜前編〜
宴は、戦いで死んで逝った者達の弔いも兼ね、長い黙祷の後に行われた。
好意的にエルフが振る舞うのは、一重にダンタリオンとシャクスのおかげだ。
「シャクス様ぁ〜〜!」
どの種族も恋心を抱くのは強い男。特にシャクスのように不器用な男はだ。
「うっ………」
女嫌いではないが、人間の中では身分の高いシャクスに言い寄る女性はいない。それだけに、囲まれている現実は彼を情けないまでの気弱にしてしまう。
「バッカじゃないの!」
それを眺めながら酒を渇喰らって文句を言うのはオルマ。
無骨を気取るあのシャクスさえ、慣れない多さの女性には弱いらしい。それが美しいエルフなら尚更。デレデレしてるわけではないが、やはり気の緩みは隠せない。オルマが気に入らないのも頷ける。
それとは対称的にむしろ慣れたようにしてるのはダンタリオン。
「私はあなた方の笑顔を守りたかっただけです。褒められることは何もしてません」
などと偽りの謙遜を噛ますと、黄色い声援があちこちに零れ落ちる。
こちらはこちらでデレデレしてないのがムカつく。
エルフ特製の果実酒も、その味を堪能されることなくオルマの体内に取り込まれてしまう。
それでも収まらない気持ちは、クダイに向くわけなのだが………
「こぉらクダイ!あんらも付き合いなさぁ〜〜〜い!」
「飲み過ぎだよオルマ」
「ぬわぁにいっれんのよぉ〜!あらしらってらまにはのみらいわよぉ〜〜〜」
半分は大袈裟に絡んでみる。
淋しい女のなんとやらで。
「あのぅ………」
その絡みも中途半端なところに、シトリーが声をかけて来た。
「シ、シトリー!」
首を締めるオルマの腕を振り払い、何事もなかったように笑顔になる。
「取り込み中ならまた後で………」
「ぜ、ぜ〜んぜん!むしろ暇してたんだよ!」
「でも………」
シトリーはクダイを介してオルマを見る。
どう見ても釣り合わないカップルなのだが、彼女にとってはそうは見えないらしい。
「あ、オルマは酔っ払ってんだ!だから大丈夫だよ!」
「それならいいんですけどぉ」
「とととところで僕に何か用?」
「はい。昼間のこともあったので、いろいろお話したいなぁって」
この世に生を受け早、十七年。女の子からの誘いは初めてだ。
シトリーの愛らしい笑顔に、どうして断ることが出来るだろうか。
「い、行こう!」
「あ、は、はい」
シトリーの腕を掴んで“さりげなく”オルマから逃れた。
当然、あからさまな逃れ方は、人生の先輩であるオルマに要らぬモノを気付かせてしまった。
「ふぅん………そういうことか」
真っ赤な顔のクダイと、少し朱の射したシトリー。淡い恋心が丸見えだった。
「恋……か……」
大分してない……そう思った視線は二人の親友を捉える。
女性に不慣れな男と女性の扱いを熟知してるかのような男。
「ハァ………情けない」
刹那、溜め息漂う先を小さい人形が通り過ぎる。
「ちょっと」
「……………。」
小さい人形の魔王。今のオルマにはいいオモチャにしか見えない。
「あんたさぁ、恋とかしたことあんの?」
……………
…………
………
……
…
何の話か理解しようと必死だったのかもしれない。百歩譲って、オルマの話を聞こうと思ったとしよう。それで返って来た言葉は、
「くだらん」
だった。
「何よ、恋くらいしたことあるでしょーよ。教えなさいって」
「聞いてどうする?」
「別にどうって…………」
「オルマ」
「な、何よ」
真剣な表情かどうかは定かでないのだが、声色は真剣だ。そんなに深く聞いたわけじゃないのだから、軽く返してもらえばよかった。
あわよくば根掘り葉掘りとは企んだが。
「組織の頂点に立ったことはあるか?」
「……………何それ?」
「余は魔王。魔族の頂点に立つ。恋をする時間など許されなかった。だが………」
「………………。」
ゴクリと生唾が喉を通る。
「女を抱いたことくらいはある」
そう言って人込みに紛れて行った。
「……………今のって………………」
恐れ多くも魔王。
「まさか………見栄?」
見栄を張るのも仕事だろう。
何を話せばいいかわからなかった。ダンタリオンなら何を話すだろうか?
クダイはちらちらシトリーを見る。
人気の無い川の辺。雰囲気は申し分ないのだが。
「あ、は、話って……何?」
「う、うん………」
初対面で愛の告白は期待出来ない。
それでもこのシチュエーションには満足だ。
ぎこちないのを見れば、ひょっとしたらシトリーも同じなのかもしれない。
「カイム様から聞いたんだけど、クダイは他の世界から来たってホントなの?」
「う、うん、ホントだよ。ケファノスとダンタリオンに無理矢理にね」
「クダイの世界ってどんなところ?魔法とかあるの?私達みたいなエルフとかいる?」
瞳がキラキラしてる。
強い好奇心を抑えられないのもわかる気がする。
「魔法は無いしエルフも存在はしないけど、なんて言うんだろ………文明とかは発達してるかな」
「ブンメイ?」
小首を傾げるその仕草と表情が愛らしい。
「遠く離れた場所にいる人と話が出来たり、手紙を送ったり………」
よくよく考えてみると、若干十七歳の少年が口頭で説明するには世界が複雑過ぎる。
シトリーがうんうんと頷いてはいるが、やり切る自信が失せていく。
「まあ………一言では説明しきれないかな………」
戦いでも不甲斐無く、会話にも花が咲かせられないことにつくづく自分が嫌になる。
「そんなにすごい世界なの?いいなぁ………」
「え?」
「私……ずっとエルフの国にいるから……この世界こともよく知らないの。だから………」
「シトリー………」
「だからクダイが羨ましいかも」
何かを言いかけた雰囲気だった。言わなかったのは、口にすればクダイが困ってしまうのではないかと感じたからだろう。
「シュードモナスも倒したし、アイニ様からバランスブレーカーも受け取っちゃったね。たった一日なのに………なんか長い期間一緒いたみたい。なんか不思議」
そうだ。目的はあっという間に達成された。同時にそれは、すぐにでも旅に出なければならないということ。
ケファノスの言うことが正しければ、サン・ジェルマンのやろうとしてることには魔法具がいる。バランスブレーカーの様なとびっきりの性能を持つ。
シュードモナスが倒されたことはすぐに気付くはず。そうすれば次に狙われるのはバランスブレーカーを持つ自分達。いつまでもここにはいられない。
「ねぇ、いつ旅立つの?」
「それは………僕にはわからないよ。ケファノス達が決めるんだろうし………出来るならもう少しエルフの国にいたいけど………」
こんな風に毎日シトリーと話していたい。
楽しい会話はクダイには微笑んではくれなかった。
「ご、ごめんなさい。こんな話なんかつまんないよね。ダメだなぁ、私」
クダイの困った顔を見て、罪悪感を感じてしまう。
「クダイには世界を救う使命があるんだものね」
「世界を……?」
「だってそうでしょ?ジャスティスソードを使える初めての人間なんだから。サン・ジェルマン伯爵を倒しに行くってことでしょ?」
「…………うん、サン・ジェルマンもだけど、僕の友達もなんだ」
「お友達も………倒すの?」
「サン・ジェルマンの手下になって悪さしてる。だから僕が………」
やなきゃいけないことがいっぱいある。やらなきゃいけないことの為にやなきゃいけないこともある。
「シトリー………僕、君に会えてよかった」
「ク、クダイ………?」
「友達を止める為。それしか考えて来なかった。だけど、この世界を守りたいって、君に会って思ったよ。君が言ってくれなかったら、戦う意味なんて考えなかったと思う」
ダンタリオン達に言ったら笑われるだろうか?一日しか滞在してない国で出会った少女に恋をして、その娘の為に戦いたいと言ったならば。
「ありがとう、シトリー」
「そ、そんな!私何も……」
夜空を見上げるクダイの横顔に胸がキュンとした。
それはシトリーにとっても初めての恋。
「戻ろう。明日から剣の稽古なんだ」
そう言うと、クダイは自然に手を差し出し、
「うん」
シトリーも手を取った。
破裂しそうな心臓を互いに隠して。