第二章 胸騒
ジャスティスソード………悪を嫌う正義の剣。いつ誰が造ったのかも不明の伝説の剣。とても強力な力で魂さえも砕くという。
代わりに、使う者の心に悪があれば、その者の魂さえも消滅させるか、相応の災いをもたらす………らしい。
クダイはケファノスの説明にいまいち理解出来なかった。
「それじゃ、僕にも災いが起きるの?」
学校の裏庭で、弁当をたいらげながらアフロヘアの天使に聞いた。
「それがジャスティスソードの代償だ。しかし、ジャスティスソードを使っての代償は、時間を待たずに訪れる。今回も、過去に一度だけ見た時も、それに纏わる逸話の全てが証明している。なのに………」
ケファノスはクダイを見つめる。
ジャスティスソードを使って、ケファノスをアフロヘアの天使のストラップに閉じ込めてから既に数時間。クダイには災いが訪れた気配はない。
「ぼ、僕は死にたくないからね!」
ジャスティスソードの説明もさながら、ケファノスはクダイに成り行きを説明するのも苦労した。
異世界から来たこと。ケファノスが魔族の王であること。イグノアが人間側の代表者で、名だたる勇者であったこと。
とにかくいろいろ説明した。
「なんにせよ、余はこんな姿で一生を過ごすわけにはいかん。クダイ、お前には余を手伝ってもらう」
魔王と恐れられた者が、何が悲しくて貧相な天使の人形にならなければならないのか。
幸い、わずかに魔力は残っており、今もぷかぷかと浮いている。
「な、なんで僕が!」
「ジャスティスソードを使ったのはお前だ。ジャスティスソードはその使い手が死ぬまで次の使い手を選ばぬ。元の身体に戻るには、ジャスティスソードは必須。すなわちお前も必要だと言うことだ」
「ふざけないでくれよ…………どわっ!」
ケファノスがクダイの額に体当たりをかました。
「お前に選択権はない。従わねば殺すまでだ。魔力を失ったとは言え、人間一人殺すくらいわけはない」
「そんな事言われてもさあ………僕にどうしろって………どわっ!」
「文句の多い奴だ」
二度目の体当たりは手を抜いてはやった。
ケファノスにとってクダイはなくてはならない。殺すのは簡単だが、次の使い手がクダイのようにジャスティスソードを使って、その代償を負わずいれるとは限らない。どうしてもクダイの協力がいる。
「もう既に災いに見舞われてる気がするよ」
ため息をついてクダイは空を仰ぐ。
この現実をどう受け止めるべきか。そんな簡単に割り切れない。
「でもどうやって身体を取り戻すのさ。僕は何もわからないんだから、ケファノスがなんとかしてくれないと困るね」
「余をこの世界に連れて来たのはジャスティスソードだ。なんの因果を求めたかは知らんが、全ての鍵はジャスティスソードにある」
そう言うと、空間に波紋が出来てそこからジャスティスソードが現れる。
「わ、わ!やめろよ!こんなもん見つかったらどうすんだよ!」
クダイの身長は170センチ。背丈と同じ長さの刃物なんか持ってたら、警察に捕まり兼ねない。いや、確実に捕まる。
手をバタバタさせてケファノスに仕舞わせる。
「よう〜!クダイ!」
いきなり声をかけられビクッとする。
ジャスティスソードも宙に浮くストラップも見つかるわけにはいかないので、なんとか自分の身体で隠そうとした。
「や、やあ、ヨウヘイ」
「何やってんだこんなとこで?探したんだぞ」
「え?あ、ああ、ちょっと考え事を」
ちらっと後ろを見ると、ジャスティスソードはそこにはなく、ケファノスもクダイの後ろにピッタリとくっついていた。
「変な奴」
「それよりなんか用?」
「おっと、忘れるとこだった。お前、昨日、心霊写真撮るとか意気込んでたけど、どうなったんだ?」
ヨウヘイは意地悪そうにニヤつく。
「いや………それが………」
いたにはいたが、まさか異世界の魔王と勇者がいたとは言えないし、ケファノスを紹介するわけにもいかない。
「疲れて寝ちゃったんだ」
「なんだよ。ちょっと期待してたのに」
「ごめん。時間ある時、また挑戦するよ」
「頼むぜ。学校新聞にネタがなくて困ってんだから」
どうやらニヤついてたのは、心霊写真をかなり待ち望んでいたかららしい。
すこぶる残念な表情を浮かべ、
「ま、なんかあったらすぐ教えてくれよな!」
そう言って戻って行った。
「ふぅ」
「誰だ?」
クダイの肩にちょこんと乗っかり、ヨウヘイの姿を眺めていた。
「友達だよ。蘇磨ヨウヘイって言って、新聞部の部員なんだ。ヨウヘイがどうかしたの?」
「気のせいだとは思うが、あやつから『屍人』の臭いがした」
「カバネビト?なにそれ?」
「死んだ人間に取り憑いて悪さをする魔物がいる。その臭いがヨウヘイからした」
「何言ってんだよ。ヨウヘイはちゃんと生きてるよ」
「だから気のせいだと思うと言ったんだ。ヨウヘイは生きてる。屍人が憑くのは死人だけだからな」
肉体を失い勘が鈍ったのか、自信がなかった。
肉体が無いとこうも感覚が狂うものかと苦い気持ちになる。
「はぁ、午後の授業が始まる。行こう」
クダイは予鈴に導かれるように教室へと向かう。
(気のせいならよいのだが…)
生きた人間からは感じない屍人の臭い。ケファノスは胸騒ぎを覚えていた。