第二十六章 エルフの女王
土の香りが心地よかった。
季節は初夏。クダイの世界とリンクしてる感覚。土を陽が刺激して一層の雰囲気を盛り立てる。戦いへ赴く旅とは思えず、この時ばかりは至福だろう。
焼けた大地から離れ、空模様は赤黒くなく欝陶しいほどの青空。長閑な田舎へ来たような風景が一様に広がり、時折聞こえる小川のせせらぐ音が暑さを和らげていた。
「近いな」
ケファノスが言った。
そんな気配は感じないのだが、魔王が言うのだから間違いはない。最近そう思ってしまう。
「あそこだ。あそこがエルフ国だ」
茂みから覗くと、鉛筆が列んだような城が真っ先に視界に入る。
カイムが指し示す。
印象的なのは城だけで、町並みというものはなく、家屋がまばらに点在するだけ。
「戦争中には見えないけど?」
「幻影燈で隠してるだけさ。まだ余力があると見せ掛けたいんだよ。そうじゃなきゃ総攻撃を喰らっちまう」
カイムはクダイに教えた。クダイは便利なアイテムもあるものだと感心するに留まる。
「でもさ、あたし達が行って大丈夫なわけ?」
オルマが気になっているのは、助っ人とは言えエルフが人間を受け入れるのかどうか。まして魔王までいるのだ。説明の機会すら与えてもらえないのではと懸念している。
「エルフの人間嫌いは筋金入りだからな」
シャクスも手痛い過去があるらしい。
「ここまで連れて来ておいてなんなんだが………」
「言わんでいい。ハーフエルフのお前の地位などもとより承知の上だ。余が話をつける」
魔族が反乱を起こしたのは、少なからず王たる自分の責任。今回ばかりはダンタリオンにスポークスマンを演じさせるわけにはいかない。そう思っているのだ。
ケファノスは一人先を急ぐ。
「あの人形………ホントに魔王ケファノスなのか?」
カイムが口にすると、
「私達の御意見番ですよ」
仲間である。以上でも以下でもないことをダンタリオンが言った。
結界の厚さなど考えたこともないが、範囲は広く一歩中へ踏み込むとそこはまさに戦場だった。
道中が華麗なる夏景色だったのは、カイムが誘導したからで、まだ戦場になってない道だけを歩いていたのだ。
彼なりのささやかな礼なのかもしれない。
「カイム様!」
一行が城に向かい歩いていると、耳の尖んがった少女が駆けて来た。
「ご無事だったのですね」
「ああ。心配かけて済まなかったな、シメリー」
浅い青緑の巻き毛の少女はそう呼ばれた。
「おやおや、これはまたかわいらしい」
賢者様の悪い癖が出る。
「人間………」
プログラム通りの反応をしたシメリーに、
「彼らはこの国を救いに来てくれたんだ。そんな反応は失礼だぞ」
「だって………」
カイムなりにクダイ達に礼を尽くしたい。エルフの反応で気分を害することすら避けたいのだ。
「気にするなカイム。人間は昔、エルフから嫌われるだけのことをしたんだ。当たり前の反応さ」
珍しく話のわかることをシャクスが言った。
「人間の寿命は高々百年足らず。エルフはその十倍は生きる。あたし達には直接関係の無い歴史でも、エルフ達にはまだ引きずる歴史なんだ」
オルマはクダイに教えた。それを理解していないと、エルフと交渉は出来ない。
「なんだか気を使わせて申し訳ないな」
シャクス、オルマ、ケファノスとダンタリオンの気持ちが嬉しく思え、自分の目に狂いはなかったと自信が持てた。
「意外と律儀なんだね」
クダイのカイムに対する見る目も変わっていた。
貧相な傭兵なんかじゃなかった。祖国を想い礼儀を重んじる姿は、古き日本人の心を思い起こさせる。
「さ、シメリー、奴らがまた攻めて来る前に女王陛下に会わなければならない。君との会話は後だ」
その言い草に不満な顔を見せたが、
「行こう」
カイムは女王へ会う緊張からフォローはしなかった。
鉛筆が並んだような城へ案内され、クダイ達は謁見の間にいた。
「誰を連れて来たかと思えば………人間だと?我々エルフが人間嫌いだと知っているのではないか、カイムよ?それとも、ハーフエルフのお前には関係の無い話だと?」
女王は見下ろしながら、ひざまずくカイムに暴言を吐いた。
「いえ。そんなことはありません。確かに彼らは人間ではありますが、そこいらの人間とは違い………」
「黙れ!」
「はっ………」
「ハーフエルフのお前に任せたのが間違いだった。所詮は人間の血を引く者よな、人間なんかを安易に信じよる」
「……………。」
一方的な女王の言葉。一行が恐れた通りになってしまっている。
(なんかムカつくな、あの女)
(しょうがないさ。あれがエルフの本音なんだから)
(だからって………)
クダイとオルマがひそひそと話をしていると、ケファノスが前に出た。
「なんだお前は?」
「相も変わらずヒステリーなのだな………アイニよ」
「…………その声………まさかケファノス!!」
女王がその名を叫ぶと、周りがどよめいた。
「カイムの愛国心は本物だ。少しは言葉を選んだらどうだ」
「なぜ魔王がここにいるっ!カイム!!」
矛先は当然連れて来たカイムに行く。
「それは………」
説明に困るカイムを救う気があったかはわからないが、
「アイニよ、少しは落ち着いて話せんのか?」
「ええい黙れ黙れッ!!戦争相手の王を連れて来るとは………なんということだ」
聞く耳持たぬアイニに、
「いい加減にしろアイニ!」
ケファノスが怒鳴った。
どよめきが消え、クダイ達は初めて感情をあらわにしたケファノスに驚いていた。
「ケファノス……家臣の前でわらわに恥をかかせる気か!」
「たわけ。我々はお前達に加勢に来たのだ」
「信じられるか。お前の部下と戦っているのだぞ!信じられるわけがない!」
「今の余は魔族の王ではない」
「な………どういうことだ!?」
「今、魔族はサン・ジェルマンに支配されている」
「時空の騎士サン・ジェルマン………なんの因果があって奴が魔族を支配しているというのだ?」
予想外な人物の名前でアイニの耳が傾いたのを期に、ケファノスは事の成り行きを話し始めた。
「少しは信じたか?」
ケファノスはアイニに聞いた。
「………到底信じ難い話ではあるが………」
ちらっとケファノスを見て、
「まあどのみち今のままでは我々に勝ち目はない。いいだろう、お前達を信じよう」
腹を決めた。百パーセントとはいかないまでも、藁にも縋る思いであることに変わりはない。
「よかった………」
ホッとしたのか、カイムから緊張の表情が消えた。
「ただし、バランスブレーカーの件に関しては保留にしておく」
「女王陛下、それでは彼らとの約束が………」
「下がれカイム。バランスブレーカーはエルフ族の秘宝。そう簡単に渡すわけにはいかん」
それでは約束が違う。正確には約束はしてないのだが、利用するだけ利用するという行為は納得出来ない。
そんなカイムの服を摘んで、ダンタリオンは首を横に振った。
先にケファノスが言った通り、ハーフエルフであるカイムの地位は低い。過ぎた言動は決して彼の為にならない。
「よかろう。戦いが終わるまで考えておけ」
ケファノスが言うとアイニは鼻を鳴らし、
「戦いが終わるまでケファノス達は客人だ。部屋を用意しろ」
命令した。
メイドらしき女性が三人ほど来ると、一行は立ち上がる。
「こちらです」
メイドの一人が言って案内しようとした時、
「ちょっと待ってくれ」
クダイが足を止めた。
「どうしました?」
ダンタリオンが言うと、クダイはアイニの方を向いて、
「カイムに謝ってくれ」
場が一気に凍り付いた。
「ク、クダイ!!」
カイムが慌てたが、
「確かクダイとか言ったな?そちは冗談がつまらんの」
アイニの顔に怒りが見えてしまう。
「冗談なんか言ってない。さっきから聞いてたらハーフエルフだからなんだってんだよ!どうして差別するんだ!一生懸命に国の為に働いたんだ、労いの言葉があったっていいじゃないか!」
「貴様っ………ジャスティスソードが使える程度で何を生意気なっ!!」
「ジャスティスソードは関係無いだろ!僕は………むぐむぐ」
シャクスに口を塞がれた。
「お詫び申し上げます。幾分、まだ若いもので」
代わってダンタリオンが詫びた。
「フン。さっさと下がれ!」
アイニの怒りが飛び火しないうちに謁見の間を後にした。