第二十五章 掴み取る明日
必要なものは一通り揃え、クダイ達は再び輪廻の塔を目指す……はずだった。
「よう!」
気を引き締め決意新たにした一行を呼び止めたのは、昨夜アスペルギルスと戦う前に話し掛けて来たあの貧相な傭兵。付け加えれば、まだ若い。
「待ってたんだ」
「何の用だ」
つっけんどんにシャクスは返した。
その態度を見て、ダンタリオンもクダイから聞いた男だと察したのか、
「昨夜はうちの者が大変お世話になったそうで」
「い、いや、俺はただ情報を提供しただけさ。魔族を追い返したのはそこの聖騎士様のおかげだよ」
礼を尽くされた対応に慣れていないのか、いささか不敏さえ感じる。
「ほう。俺が聖騎士だと知ってたのか」
そう言われ、男は口をつぐんだ。
「この町を守ったのは、ひょっとしたらあなたなのではありませんか?」
「!!」
「そんなに驚かないで下さい。簡単な推理です。アスペルギルスが町を襲った時、ここに傭兵が集まっていたというのは不自然な話。傭兵が集まったのはその後でしょう。シャクス達が何も知らないと見抜いての嘘だった………違いますか?」
にっこりする。それは話を聞いてやろうという表れ。
「…………まいったな。あんたも聖騎士か何かなのかい?」
「エルガム司法騎士隊隊長ダンタリオン。要するに賢者です」
「賢者………」
その身分はやはり高いのであろう。男は目を丸くした。
そう考えると、どれだけ凄い人物と旅をしているのか改めて思い知る。加えて、オルマはかつて聖騎士を目指したほどの剣の腕の持ち主。そして………
「我々を待っていたとか言ったな。用件を聞こう」
魔王までいる。
「うおっ!?な、なんだコイツ!?」
夕べは暗くて気がつかなかったのだろう、小さな人形を食い入るように見る。
ケファノスの紹介をどうしようか四人は躊躇したが、
「余は魔王ケファノス。訳あってこのような姿になっている」
言いやがった。
「ま………魔……王?」
説明するのが面倒なのは諦めるが、自分の存在というものを知っているのかと問いただしてやってもいいくらいだ。
「心配しなくていいよ。“害”は無いから」
「そういうこと」
オルマが言ってクダイが同調した。
男はケファノスをまじまじと見つめていたが、
「何となくだけど………やっぱりあんたら“タダモン”じゃなかったか」
ケファノスの存在が、話し掛けた相手に間違いがなかったことの安心に繋がったようだ。
「私達のことはさておき、まずはあなたの話を伺いましょう」
その方が手っ取り早い。ダンタリオンに異議を申し立てる者はいなかった。
「あ……そ、そうだな」
男は一応の咳ばらいを済ませ、
「俺の名前はカイム。ハーフエルフだ」
名前は置いとくとして、意外なワードが飛び出した。
「ハーフエルフ………あなたが?」
どう見ても人間。ハーフとは言えエルフの要素がなく、ダンタリオンが信じられないのも無理はない。
「俺も訳ありでね、こんな恰好をしてる」
似たような境遇が親近感をもたらし、警戒心を解いていく。
「さっきの話ですが、町を守ったのは………」
「俺だ。幻影燈というアイテムでアスペルギルスの視界を幻覚に堕としたんだ」
用意周到とも思える準備の良さは、アスペルギルスを追って来たのだとわかる。
ダンタリオンは、
「幻影燈は確かにエルフが持つ魔法具。ハーフエルフのあなたなら持っていても不思議ではありませんね」
「信じてくれるのか?」
「ええ。ですからあなたも正直に話して下さい。目的をね」
あれこれ聞かないのは、それこそ互いの信頼感を確固たるものにする為。
そうまでして話を聞こうとするのは、ダンタリオン自身にも思惑があるからで、クダイ達もそれを理解しているから口を挟まない。
「わかった」
カイムはケファノスが気になって仕方ないようだったが、
「単刀直入に言おう、今エルフの国は魔族に狙われている。どうにか凌いではいるが、劣勢であることに変わりはない。滅んでしまうのも時間の問題。そこで、国を救う為に助けを求めて人間の世界に来たのだが………」
「アスペルギルスに出会った」
「そうだ」
ケファノスの言葉に頷いた。
「では傭兵達が集まって来たのもあなたが仕組んだのですね」
「ああ。幻影燈で可能な限りの範囲の傭兵達を呼び寄せるた。もちろん、力のある者を選ぶ為」
「そしてシャクス達を見つけた」
要所要所の相槌、ダンタリオンがいるとスムーズに話が進む。本人の意志はともかく、頭のいい奴が一人いると何事もテンポがいい。
「聖騎士であるなら文句はなかった。後はアスペルギルス相手にどこまでやれるか。結果は知ってるだろ」
「俺を試したのか」
「悪く思わないでほしい。こっちも必死なんだ。実力のない者を連れて行ってそいつらの人生を終わらせるのもなんだしな」
シャクスが追随しないのは、カイムの本気さが伝わって来るからだ。
国を救う為………責任の重さは誰よりも知っている。
「割愛しよう」
カイムは突然片膝を着いて、
「祖国を救う為、あなた方の力を貸してはもらえまいか?」
その姿に貧相な雰囲気は微塵も無く、立派な騎士がいるだけだった。
「どうか頭を上げて下さい、カイム。あなたのお気持ちは十分伝わりましたから」
「では………!」
「ですが、お気持ちに応えることは出来ません」
ダンタリオンとて力にはなってやりたい。きっとクダイ達も同じ想いだろう。
「そんな………あなた方の他に頼れる者はいないのです!お礼なら相応の物を………」
「勘違いするな。代価の問題ではない。俺達には行くべきところがあるんだ。急を要するだけに、時間を惜しむ。わかってくれ」
シャクスもまた片膝を着き目線を下げて応える。
「どうにかならないの?」
助けてやりたい。故にクダイはオルマに聞いた。
「輪廻の塔はまだ先なのよ?どうにもならないわ」
魔族とは戦わねばならないのだろうが、そこに時間を費やす時ではない。誰もがそう思い、カイムも諦めた時だった。
「力になろう」
ケファノスが言った。
「ケファノス………」
カイムも予想しなかった相手に手を差し延べられた形になる。
「魔族は今、余の手中には無い。だが、世界を混乱に落とすのは、余の本意ではない。それに、人間を滅ぼすのが目的だとアスペルギルスは言っていた。にも関わらずエルフを狙うのは、エルフ族に伝わる秘宝を奪う為だろう。それを奪われればサン・ジェルマンの思う壷だ」
「秘宝?」
クダイが言うと、
「この世のバランスを破壊する魔法具………バランスブレーカー」
シャクスが答えた。
「時間軸の融合など簡単に出来るわけがない。屍人を使ったダークエナジーの収集、その受け皿となるヨウヘイ、そしてバランスブレーカー………他にも必要なものがあるのなら、それらのうち一つでもこちらが握れば歯止めがかかる」
「………有効な手段かもしれませんね」
人間ではないケファノスだからこそ知り得た事実。
それぞれが各々、ちゃんと役を熟しているのだと、カイムはパーティーとしてのクオリティの高さを見た。
逃すわけにはいかなかった。これほどのパーティーは他にはいないだろう。女とは言え、オルマの存在感は本物だ。
ひっかかるとすればクダイだけなのだが………
「彼はジャスティスソードの使い手です」
ダンタリオンには丸わかり。
「ジャスティスソードの?まさか……ジャスティスソードは使う者に災いを招く剣、一度剣を振るえば死の災いが降り懸かるはず、使い手ということはその災いを………」
「受けないんだな、これが」
なぜかオルマが自信ありげに言った。
「僕のセリフ盗らないでよ!」
「アハハ。ごめんごめん」
明日というのは何もしなくてもやって来るもの。カイムはそう思っていた。
しかし、その明日さえ見えない祖国。
「明日は掴み取るものだ。それを証明してやろう」
見透かしたのはケファノスだった。
かつては脅威であった魔王からの言葉。まさか勇気づけられるとは夢にも思わなかった。
きっとその胸の内は、誰にも語れない想いがある。
「ありがとう」
悲痛なままの旅をして来たのだろう、カイムは少しだけ瞳を潤ませた。




