第二十四章 神か悪魔か
「そうですか……魔族が伯爵と協力を……」
体調も戻り、ダンタリオンは夕べの話をクダイから聞いていた。
「アスペルギルスってのがこの大陸の半分を焼いたらしいよ」
「しかし妙ですね」
「何が?」
「この町にいる傭兵達は、皆アスペルギルスを倒す為に集まった。でもそれはアスペルギルスが大陸を焼き尽くしたことに賞金がかけられているからでしょう?アスペルギルスがこの町に現れた時、傭兵によって死守されたというのはおかしくありませんか?」
この男は………アスペルギルスの言葉を直に聞いた自分達がなんの疑問も抱かなかったのに、間接的に聞いた話で矛盾を指摘してくるとは………と、顔が引き攣った。
「そ、そうかなぁ………」
面倒な話はやめていただきたい。
その話に矛盾があろうとなかろうと、向かうべき場所へ向かうえばいい。
「ダメですよ、クダイ。目の前の面倒から目を背けては」
ちゃっかり見透かす辺り、段々ケファノスに似て来た気がする。一緒に旅すると、誰かしらの影響を受けるのは避けられないか。
「だってさぁ、ケファノスの肉体を取り戻すのが先だろ?矛盾だろうとなんだろうと関係ないじゃん」
「そういう問題ではありません。よく聞きなさいクダイ、アスペルギルスが嘘を言ってるとは思えません。あなた達に話かけて来た男。その者こそ何か思惑があって嘘を言ったのでは?」
「考え過ぎじゃないの?貧乏臭い男だったよ」
「偏見はおやめなさい。本気でそう思うのであれば、ご自分の目を疑うのですね」
「僕の目が節穴だってこと?」
「見た目だけの判断は、時として命を危険に晒します。今からでも遅くありません、見る目を養いなさい」
「フン」
結局、子供扱いになる。面白くなかった。
それが愛情だと知るようになれば、一人前の称号を与えてやってもいいのだが。
「まあいいでしょう。あなたの言うことも一理あります。伯爵が魔族と手を組むのは、本格的に動き始めた証拠。ヨウヘイが屍人の力を支配してからでは尚更面倒。ケファノスの肉体は必須となりますし、少しでも早く出発した方がいいでしょう」
「じゃあ………」
「輪廻の塔へ行くのが最優先事項です。シャクス達なら町へ出ていますので、探して来てくれませんか」
「うん。わかった」
元気よく返事をすると、勢いよく出て行った。
「………事態は深刻ですね」
賢者たる自分と聖騎士であるシャクスがいても、魔族を相手には戦力が足りない。
オルマは頭数に入れてもいいが、クダイと今のケファノスはそうはいかない。
大きなアクションを起こされる前になんとしてもケファノスの肉体を取り戻す必要があった。
「毎度〜〜」
そんな声がすると、店からシャクスが出て来た。
看板を見ると武器屋だ。
「シャクス」
「オルマ……!」
驚いているようだったが、それはオルマも同じだった。
「アンタ………その恰好……」
重厚な聖騎士の鎧姿ではなく、胸宛てをしただけの軽装だったからだ。
その意味するところは、詮索することなく理解出来た。
「まさか………売ったのかい?」
売れば金にはなる。しかし、決して売っていいものではない。それは罪になる。
「バ、バカじゃないの!?早く金返して来なよ!」
「落ち着けオルマ」
「落ち着けるわけないだろ!聖騎士の鎧は……アンタの夢じゃないか!その若さで聖騎士に慣れたのに………なんで売っちまうんだい!?」
えらい剣幕で怒るオルマの腕を掴んで、
「話を聞け!」
「話ってなんだい!言い訳なんて聞きたくない!もし聖騎士でいられなくなったらどうするつもりなんだよ!?」
共に目指した聖騎士。努力に努力を重ね、それでも確実じゃなかった道。だから許せないのだ。金なんかの為に売ってしまうことが。
「鎧があることが聖騎士の証だと言うなら、聖騎士でい続ける意味はない」
「シャクス………」
「小僧に言われたよ。騎士の称号ってのは強さじゃなくて心に授けられるもんだと。フッ……知らぬ間に忘れてたんだろうな。誰より強くあることが、絶対的な強さを誇ることが聖騎士の努めだと思い込んでいた。そうするうちに人としての優しさなど無くしていたのかもしれん」
「だからって……売ることはないじゃないか」
「決意だよ」
「決意?」
「伯爵の企みを止める為に、お前らの仲間になる決意だ」
それまで見せなかった笑顔を見せた。
オルマにとっては何年かぶりに見るシャクスの笑顔。
「そんな顔をするな。称号があることで縛られてしまうなら、そんなものは無い方がいい」
どんな顔をしてたんだろう。少なくとも笑ってはいなかっただろう。
「後悔するんじゃないよ」
「世界が終わってしまうほどの後悔にはならない」
そんなやり取りをしていると、
「お〜い!」
噂の小僧がやって来た。
「はぁ、はぁ」
「どうしたんだい?そんなに急いで」
「ダ、ダンタリオンが早く出発しようって………」
「それだけかい?」
「はぁ、はぁ、そ、それだけ」
オルマは思わず吹き出してしまった。
「な、なんだよ?」
「いや……クダイらしいよ」
なんで笑われたのかわからないが、シャクスまでが笑いを堪えているのには驚いた。
「あれ?シャクス……鎧は?」
「あっ、これはさ………」
代わって説明しようとしたオルマの肩をポンと叩いて、
「何かする度に聖騎士だのなんだのと理由づけられるのは御免だからな、身軽になったのさ」
ちんぷんかんぷんにクエスチョンマークが浮かび飛び回る。
「そうだ、お前にプレゼントをやろう」
そう言うとシャクスは、レザー製の鞘を投げた。
「………鞘?」
「ジャスティスソードを使うのにケファノスがいないと使えないのでは不便だろう」
「シャクス………あんた………」
「フン、勘違いするな。戦いになった時にいつもケファノスがいてくれるとは限らん。そういう時に足手まといになられては困るからな」
「なにぃ!?僕は足手まといになんてならないぞ!」
もしかして本当はいい奴なのではと、ちょっとでも思った自分が馬鹿だった。
「どうだかな。アスペルギルスのように機敏な動きをする者が相手では、無眼の構えも役には立つまい」
言われた通りだ。目を閉じて集中して、光の軌跡を見るまでに時間がかかる。
「なら無眼の構えに頼らなくても戦えるくらい強くなるさ!」
「ほう。そこまでの心意気があるのなら、毎朝俺が特訓してやろうか?もっとも、口だけならこっちが願い下げだが」
「口だけなんかじゃない!いいよ、やってやろうじゃないか!特訓でもなんでも受けて立つ!」
カッカするクダイを見て、シャクスは口角を上げた。
「感情豊かだこと」
そしてオルマは呆れながらも、してやったシャクスを胸の中で讃えた。
「輪廻の塔に行かないのか?」
ヨウヘイが言った。
「焦燥だ。今は戦いに備え準備をするこに専念すればよい」
サン・ジェルマンは静かに口を開いた。
ここは魔王城。ケファノスの城だ。根城を作り、行動範囲の中心にするつもりだ。
「クダイ達なら今叩けば勝てるだろ」
「甘く見てはならん。アスペルギルスの話では、聖騎士シャクスが味方についたらしい。シャクスとダンタリオン、舐めてかかると火傷では済まなくなる」
「そうは思わねーけどなぁ」
「お前は屍人の力の制御と、ダークエナジーの制御を完璧にすることだけを考えてればいい」
それなりに制御は出来ている。そう自負してるのだが、サン・ジェルマンは満足してないようだ。
「わ〜ったよ」
うるさいことを言われないうちに逃げるのが得策。ヨウヘイはけだるそうに外へ出て行った。
「やれやれ」
ぼやきたくもなる。
「心中察すよ」
それに同情する声があった。
「歳のせいか、若者は苦手でな」
「俺の知ってる若いのもあんな感じだ」
男は暗がりから姿を見せない。
「にしても、不死鳥は本当に輪廻の塔に現れるのか?」
サン・ジェルマンはソファーに柔らかく腰を下ろした。
「正確には不死鳥の魂を継ぐ者だ」
「ふむ。いずれにせよ、時間軸の融合には邪魔な存在。数多の世界に命を吹き込んで回るのだからな。そやつを倒し、輪廻の波動を止めて初めて目的への道が開ける。年甲斐もなく身体が震えよる」
「フッ。せいぜい準備は万端にしておくことだ。想像を超える強さを身につけている。短気なところが欠点だったのだが、最近落ち着きを見せるようになった。長い時間の中で戦っているうちに、大人になったのだろうがな」
「お前さんの話を聞いていると、まるでその成長を喜んでいるように聞こえるが………気のせいかの」
「それはお互い様だろう。“器”の大成を願うお前と、“輪廻”の軌跡を絶ちたい俺。手強くなればなるほど燃えてくる」
男は闇と同化するように消えた。
「面白い男だ。見た目の若さとは裏腹に、深い思慮と強い信念を持っておる」
消えた男の気配がまだ残っている。
自分と同じように時間を旅する者。そう名乗っていた。だがそれだけではないだろう。隠している真実がある。
「月の無い闇夜にだけ現れる存在………その正体、果たして神か悪魔か………」