第二十三章 魔族の反乱
港町を出ると、慣れない臭いがした。
焦げた臭い。夜の臭いはそこには無かった。
クダイ達は適当に辺りを散策した。傭兵達がわざわざ夜に行動を起こしたということは、大陸を焼いた魔族は近くにいるのだろう。
そのくらいのことは聞くのではなく感じとって判断しろ。とシャクスに言われた。
要するに、なんとなく推察は出来るだろうと言いたいらしい。
「なあ、ぶらぶらしてばっかだけど本当にアスペルギルスとかいう奴いるのか?」
適当にとは言ったが、宛も無くさ迷ってるわけではない。
ただ、クダイにはそうは思えないのか、ついつい愚痴ってしまう。
「辺りが焼かれているのに、あの港町は無傷だった。多分、傭兵や魔導師らが死守したのだろう。だとすると、あそこだけを残して他に行くとは考えられん」
「なんでだよ」
ケファノスにケチを付けた。
「あれだけの規模を焼き尽くしたんだ、抵抗されたからと言ってそこだけは見逃すなんてこと、お前だったらやるか?」
助け舟ってわけでもないのだろうが、シャクスがケファノスに代わって説明してやった。
「そりゃまあ………」
「まだ近くにいてもおかしくない。傭兵は鼻の利く連中だ、確実とは言わないがそれなりに信頼は出来る」
「でも輪廻の塔に行くのが僕達の目的だろ?ほっとけばいいじゃないか」
「もし伯爵が企みを持って行動しているのなら、この件にも関与していてもおかしくない。そうだな、ケファノス?」
なんだかんだと言っているが、仲間になる理由でも欲しいのだろう。多少強引なのがなによりの証拠だ。
「………余に聞くよりも直接本人に聞いた方が早いだろう」
ケファノスの視線は二人を通り越してずっと先を見ている。
その先には赤い魔導師ローブに赤い先の尖った帽子。そして赤い杖。
「こいつは都合がいい。向こうから現れてくれるとは」
シャクスがニヤリと笑った。
「聖騎士まで我を倒しに来たのか」
化け物とは程遠い風貌と低い声。
「アスペルギルス………だな?」
「我を知っているのか?」
ビンゴだ。シャクスはアスペルギルスを見つめたまま、
「お前が話した方が話が早いかもしれんぞ」
ケファノスに言った。
姿は変わり果てようとも、魔王に変わりはない。真相を聞くにはケファノスしかいないだろう。
クダイの肩からスーッと前に進み、
「久しぶりだな、アスペルギルス」
無難な言葉しか出て来なかった。
「その声は………ケファノス様!?」
それでもちゃんと伝わったようで、アスペルギルスが前屈みになっていた顔を上げた。
「その……お姿は………?」
あまりの変わりように目を疑うが、声だけでなく気配もケファノスのもの。
「ジャスティスソードの力のせいでな。それよりも、随分派手に暴れてるようだが、誰の指示だ?」
「それを聞いてどうなさるおつもりで?」
「よもやお前達が独断で人間を攻めてるとは思えん。余がいなくなった後、誰と接触した?答えろ、アスペルギルス」
「………なるほど。予想はついてるわけですか。ならば隠す必要はありませんな」
「………サン・ジェルマンか」
他にはいまい。首謀者は一人なのだから。
「そういうことです。人間どもが魔族を滅ぼそうとしているとかで、世界のバランスを保つ為に我々魔族に手を貸すと」
「そんな話を鵜呑みにしたのか?よいか、奴はそんなことは考えておらん。今すぐに手を退け」
「これはケファノス様のお言葉とは思えませぬな。もっとも、貴方らしい言葉を発したとしても、我々はもう貴方には従いませぬ」
アスペルギルスの意図などどうでもいい。ただ、彼の吐いたセリフが、事態が想像以上にややこしくなっていることを告げていた。
この際、暴言は許す。だが、アスペルギルスがサン・ジェルマンと手を組むことは容認出来ない。
「控えろ。余とサン・ジェルマンを天秤にかけることなど許さん。余は魔族の王。これは命令だ。従えぬのなら、殺すまでだ」
「クックックッ。どんなに凄んでみたところで、今の貴方に我を倒す魔力など無いことなどお見通し。殺ると言うのなら、相手になるだけ」
炎がアスペルギルスを包む。主に牙を剥いたのだ。
「威厳の欠片も無くなったな」
シャクスは皮肉を言い終える前に剣を抜いた。
いきさつは知る由もないが、少なくともアスペルギルスはケファノスに謀反を起こしたのだ。強いては全ての魔族が。
「ケファノス!」
名を呼ばれジャスティスソードをクダイに渡す。
「ジャスティスソード………災いを受けぬ者がいるとサン・ジェルマンが言ってたが、こんな華奢な少年とは」
両手を広げ、アスペルギルスは纏った炎で剣を形取る。
ジャスティスソードを握り構えたクダイに、
「小僧は引っ込んでろ」
「あんたに指示される筋合いはない!」
どうもシャクスとクダイは水と油らしい。そもそも互いに第一印象が悪すぎる。
「かかって来ないのならこちらから行くぞ」
自信があるのか、アスペルギルスは二人を相手に炎の剣を振るう。
「小僧!!邪魔だ!!」
「小僧小僧うるさいっ!!僕にはクダイって名前がある!!」
「そんなことはどうでもいい!」
「よくないっ!!」
戦いそっちのけで額を押し付け合っていると、
「クダイ!シャクス!来るぞ!!」
アスペルギルスが巨大な火炎球を放って来た。
「うわわっ!!」
シャクスはたじろぐクダイの前に立ち、
「ウオオオオッ!!」
火炎球を一刀両断した。
ケファノスが叫ばなければ、かなり危うかっただろう。
「バカが。だから邪魔だと言ったんだ」
「くっ…」
言い返そうにも、言い返せなかった。
経験の差だけはどうにも埋められない。
「さあて、仕切直しだ。今度はこっちから行くぞ!」
クダイを置き去りにして、シャクスはアスペルギルスに挑む。
「クックックッ。さすが聖騎士。太刀筋のキレが違う」
「アスペルギルス、ケファノスを裏切って何を企む?」
「人間を滅ぼす。まずはそれだけだ」
「所詮、魔族と人間は共存出来ない…か」
「共存?おかしなことを。協定を反古にしたのはお前達人間だろう?」
二刀流のアスペルギルスから距離を置く。
「ふざけるな。言い掛かりもいいところだ」
「まあどちらでもよい。魔族はもはやサン・ジェルマンと共にある。新たな思想を抱いて進むだけよ」
「ならば俺達も魔族を滅ぼすだけだ」
シャクスの剣に闘気が灯ると、アスペルギルスも再び巨大な火炎球を作る。
「我が炎で燃えて灰になるといい」
「ほざけっ!灰になるのは貴様だ!アスペルギルス!」
闘気は火炎球を破り、アスペルギルスを貫いた。
「やった!」
「……………。」
思わずクダイは声を上げたが、ケファノスは無言だった。その理由は、
「我が身体を貫くとは……聖騎士の称号は伊達ではないか」
身体のど真ん中に風穴を開けられながら、うろたえるそぶりもない。
「名を聞こう」
アスペルギルスがそう言うと、
「エルガム騎士隊隊長、聖騎士シャクスだ」
「シャクス………覚えておこう」
アスペルギルスは頭上高く浮かぶと、
「今日のところはこれまでだ。いずれまた会おう」
幽霊のように消えていった。
「フン、逃げたか」
シャクスは剣を仕舞い、
「さあて……話がこじれて来たようだな、ケファノス」
サン・ジェルマンとヨウヘイだけを追えば済む話ではなくなっている。
アスペルギルスら魔族が、ケファノスを裏切ってサン・ジェルマンについてしまったのだから。
「魔族にはアスペルギルスのような奴がまだいるのか?」
「アスペルギルスは四天王の一人。そして四天王を束ねる者もいる」
「雑魚はほっといたとしても、そいつらは倒さねばならないようだな。まさか反対はしないだろう?」
ケファノスの心を探る。
「………かまわん」
そう答えると、町へと一人戻って行った。
「あんな言い方ないんじゃないか?」
クダイはシャクスの態度に疑問があった。
ケファノスは部下の裏切りに傷ついているはず。いたわれとまでは言わないが、他に言い回しはあったはずだ。
「俺に説教を垂れるのか」
「あんたなら簡単に殺せるのかよ。裏切ったからって自分の部下をさ。聖騎士って聞くとどんなに魅力のある人間かと思わせるけど、さっきのあの無知な人間となんにも変わんないじゃないか」
「……………なんだと?」
「騎士って称号は強さじゃなくて、心に授けられるもんなんだろ?だから聖騎士って称号は誇り高く、弱きを助け、誰からも愛される人間だけにに授けられるものだと思ってたけど、どうやら違うみたいだね。傭兵も聖騎士も、僕には同じにしか見えないよ」
見下すようなシャクスの口調に噛み付き、そしてクダイも町へ戻る。
「……………。」
年下のクダイの言葉に、なぜか心が揺らいでいた。