第十七章 亡者の森
もうそろそろ聞いてもいい頃合いかとも思う。
屍人の力の使い方をダバインでレクチャーされたということは、サン・ジェルマンが目的に向けて動き出したということ。
−時間軸の融合−
それを行えば、ありとあらゆる世界の時間が終わるという。
無限に存在する並行世界の時間を終わらせてしまい、サン・ジェルマンはどうしようというのか。
そのことと屍人の力を強くすることに、どんな関連性があるのか。
わからないままでいられるほど好奇心はおとなしくない。
「なあ、時間軸の融合ってどうやるんだ?」
静かな草原に横たわってた身体を起こして聞いた。
「急にどうした?」
「気になってよ。俺の住む世界の他にもいろんな世界があって、それらは混じり合うことはなく存在している……だっけ?」
「時間軸は一本の大木だ。そこから枝が生えて世界が存在する。その大木も世界も数限りなくある。それが真実だ」
「概念はわかるんだけど、あんまりピンとこねーなあ。大体、時間を終わらせたらどうなるんだ?みんな死んじまうのか?」
「時間が存在するから人は過ちを犯す。過去に犯した過ちを、また繰り返す。様々な世界を旅して来たが、どの世界も同じだった」
それは数多の時空を超えても人間がいて、他の種族もいて、だから歴史も同じだと言っている。どの程度のキャパシティを読んでるかは別として、”平均”としてそうなのだろう。
過ちと言うのも、根源は争いのことを指し示してるんじゃないだろうか。
「答えになってねーよ。ちゃんと答えろって」
遠くを見つめるサン・ジェルマンは、回想している風にも見える。
「時間に終わりが来れば………生命の輪廻が無くなり、虚無の世界が誕生する」
「それで?そんな世界であんたは何をしようってんだ」
「…………何をするでもない。私がそこに存在していればそれでいい」
「なんだよそれ。俺はどうなる?」
「虚無の世界では陸地も海も空も無い。輪廻が無いということは、廻り廻るもの全てが存在しないということ」
「………………。」
「心配せんでも、私とお前だけは存在出来る」
「都合いい話だな。俺達だけが存在するなんて」
「いずれ時が来ればわかる」
「やり方は?」
「まあ焦るな。なにもかも聞いてしまうより、知らないものを知って行く楽しみもあった方がいい」
話してくれたことが本音だという確証はどこにも無い。
槍玉に上げられるくらいなら………という気持ちもあるが、まだ胸の中にしまっておいてもいい。
サン・ジェルマンの真意よりも、今この時を求めていたい。
いずれわかると言うのなら………。
亡者の森と言うだけあって、暗く不気味極まりない。
じめじめしていて、靄が霊魂のように漂っている。ひょっとしたら本物かもしれない。こんな場所にどんな奴が住んでいるのだろうかと、ケファノスに聞いてはみたが、
「会えばわかる。会ってくれればの話だが」
だそうだ。
「なあ、少し休もうよ〜」
近いとか言われて歩いた時間は、
「五日も歩いてるんだぞ!休ませろ!休ませろ!」
保存食なんか買うから怪しいとは思った。
ブゥブゥとうるさいクダイに、いつもなら負けてしまう大人達だが、
「その元気があるのなら大丈夫ですよ」
森には入っているのだ、このまま進んだ方がいい。
「ダンタリオン、あんたのしつけが悪いんじゃないの?」
オルマでさえこの言いよう。
「文句が多いのは幼い証拠。まだ成長の余地があるということだ」
ケファノスにまで。
「なんだよみんなして!僕はもう大人だ!子供扱いするな!」
どんなに抵抗してもあしらわれてしまうのが運命。
「無視するな!こら!待て!」
クダイを置いて先を急ぐ。
「大体、僕は被害者だぞ!巻き込むだけ巻き込んでおいてなんて扱いだ!ちゃんと相手してくれないなら…………」
ブゥたれ小僧は何かにぶつかった。
「イテ………」
それはダンタリオンの背中。
白いマントがゆらりと揺れていた。
「急に止まるなっ!」
止まったのはケファノスが止まったから。文句ならケファノスに言うべきだろう。
「ここだ」
ケファノスが呟いた。
そこには茨で出来たトンネルがある。幅は人が一人通れる程度。高さはニメートル弱。
「なんか辛気臭いわねぇ」
すたすたと歩いてオルマは茨に触れようとした時、
「離れろ!」
ケファノスに怒鳴られ即座に飛びのいたが、茨が伸びて腕に絡み付いた。
「オルマ!!」
ダンタリオンは剣を抜いて茨を斬りつける。
が、別の茨がダンタリオンの剣にも絡み付く。
「くそっ………!」
右に左に振ってはみるが、強い力で離れてはくれない。
『ここは人間の来る場所ではない。早々に立ち去れ』
どこからか女性の声が轟くと、ダンタリオンとオルマを茨が放る。
「誰かいるの……?」
クダイがキョロキョロ辺りを見るが、誰もいない。
『立ち去らぬなら、命の保証は出来ない』
土の中からも無数に茨が突出してクダイ達を囲む。
「まあ待てドミニオンよ」
『その声は………ケファノス?魔王ケファノスか?』
「お前に話がある。ここを通ることを許可してほしい」
『私に?』
「急を用するのだ」
『……………その人間達は?』
「訳あって一緒に旅をしている」
『仲間ということか』
「……………。」
答えない意味まではわからないが、ケファノスはケファノスでドミニオンに敬意を表しているようだ。
『残念だが帰ってくれ。私は人間が嫌いだ。例え魔王の仲間と言えどだ』
よっぽどの人間嫌いらしい。ケファノスの声を聞いた時は喜びすら感じたのに、それでも人間が一緒なら会う気はないと言う。
「サン・ジェルマンを知ってるな」
『サン・ジェルマン………かつて私達の前に立ちはだかった時空の騎士。それがどうした』
「奴がおかしな行動をとっている。なんでも時間軸を融合して時間に終わりをもたらすつもりらしい」
ケファノスも必死になるところを見ると、他に道は無いとみえる。
思ってるよりも深刻なのだろうか。クダイはトンネルの前に立ち、
「ケファノス、ジャスティスソードを貸してくれ」
「何をする気だ」
「いいから」
決意したような表情。考えがあるようだ。
言われるままジャスティスソードを出し、クダイが手に取る。
「ドミニオン、話を聞いてもらえないならこっちにも考えがある」
『人間の浅知恵で何を考える』
クダイは目を閉じた。
「何をする気なんだい………クダイは?」
「まさかとは思いますが………」
ダンタリオンの予感は当たった。
無眼の構えを取り、光の軌跡を探す。
−キィィィィィン−
音が鳴り、ジャスティスソードがまばゆく光る。
「トンネルの奥まで飛んでけっ!!」
飛ばしたのは光。ジャスティスソードから放たれブレることなく一直線に。
侵入を防ごうとする茨をいとも簡単に消し去って、狙い通りトンネルの奥まで飛んで行った。
そして間もなく、
ドゴォォォン!!!
奥から轟音が響いた。
「クダイ………」
さすがにケファノスも、クダイが力技に出るとは思わなかった。
「話を聞く気になったか!ドミニオン!」
成功に気をよくしたクダイだったが、
ゴツン!
「痛っ!!」
「バカかいあんたは!」
オルマにげんこつを喰らった。
「これから話し合いをする相手に、力押しはないでしょ!」
「だって………」
「だってもかかしも無い!どんな思考回路してんのよ!」
怒られるとは思わなかった。むしろ褒めてもらえると。
気になるのはドミニオンの反応。敵視されていたのに、あまりいい印象は与えなかった。
「やれやれですね。ジャスティスソードを使えるようになるのは心強いのですが」
「……………精神的鍛練も必要だな。手のかかる」
ダンタリオンとケファノスも諦めかけた時だった。
『ジャスティスソード………伝説の剣ジャスティスソードを持っているのか?』
「そうだ。このクダイという男、なぜかジャスティスソードの災いを受けない。代償を払わなければならないジャスティスソードの力を使い、そして無眼の構えまでもやってのける」
『なんと………』
ケファノスの説明に迷っているらしかった。
間があって、
『通るがいい』
意外な言葉に驚く一同は、道を開いた茨のトンネルへと足を踏み入れる。
『世界が誕生した時から既に存在していたジャスティスソード。過去に願いを託し戦った者達は、勝利・敗北に関わらずその代償を払って来た。ある者は失明し、ある者は四肢を。そしてまたある者は命を。それが常だと思っていたが………』
ケファノスが先頭に、暗い道を奥へ奥へと進む。
『例外が存在したとは……』
どこからかクダイを見てるのか、視線を感じる。
『この世にはどんな生命も抗うことの出来ない掟がある』
闇の向こう側から光が洩れる。
『ジャスティスソードの代償効果もそのひとつ。それすらものともしない少年よ………』
いる。光の向こう側にドミニオンが。大きな存在を感じる。
『来るがいい。私は亡者のさ迷う森の主ドミニオン。全ての問いに答える者』
クダイ達は茨のトンネルを抜けた。