第十五章 開花する才能
「魔法がまるで通じないとは…」
そこそこ強力な魔法で攻撃をしているものの、サン・ジェルマンには全く通用しない。
魔法が通用しなくてはダンタリオンの持ち味も失われる。
「だったら力で捩伏せる!」
ダンタリオンの脇を駆け抜け、オルマが剣を振るう。
とてもしなやかで女性らしい立ち振る舞い。それでありながら、一閃一閃が力強い。
剣が空を斬る音がその表れ。
地面を蹴り、高くジャンプする。
「くたばれ!!」
振り下ろすと言うよりも、振り落とすと言った方が妥当なくらい勢いがある。
「腕は認めるが、それでは私は倒せんよ」
切っ先の落下地点はサン・ジェルマンのすぐ横。
外したわけではなく、外されたのだ。
「力だけではせっかくの才能も生かされん。よく覚えておきなさい……お嬢さん」
すると、オルマの腹に手を当て衝撃波で吹き飛ばした。
「オルマ!!」
地面に叩きつけられる寸前、ダンタリオンがオルマをキャッチした。
「なんて奴だ………」
オルマの威勢も底をつく。
その時、全身の毛が逆立つくらいの感覚を感じた。
その感覚の正体が、ヨウヘイではないとサン・ジェルマンも気付き、
「どうやらここまでのようですな」
トップハットを直して、ダンタリオンとオルマに別れを告げた。
「伯爵!!」
「ダンタリオン、追うぞ!」
ダンタリオンの腕から離れ、城の最上階を目指し走る。
勇ましいオルマの姿を見失わぬよう、ダンタリオンも追った。
浴びせた一撃は稚拙なものだったが、初めて体験した感覚はクダイに自信を与えた。
「お前にケガはさせたくない。ヨウヘイ、もう諦めろ!」
同じことをやれと言われても、すぐには無理だろう。それでも自信が削ぎ落とされることはない。
自信とはそういうものだからだ。
「諦めろだって?しくじったくせによく言う」
驚きはしたが、最初からこの展開を望んでいたのだ、むしろ嬉しいほどだ。
「けど、戦いってのはハラハラしなくちゃ面白くない。お前が強くなるのは歓迎するよ」
戦いを好むというのは、あんまりいい趣味とは言えない。
再び構え、次のラウンドに意気込むヨウヘイだったが、
「そこまでにしておけ」
サン・ジェルマンが現れて儚く戦いを預かられる。
「止めんなよ」
もちろん不満はある。
今までなかった力で、今まで出来なかったことが可能になった。そういう時は危ないもの。サン・ジェルマンはよく知っている。
「私達にはまだ果たさねばならぬ目的がある。長居は無用だ」
「チッ。しょうがねぇか」
名残惜しさをちらつかせながらもサン・ジェルマンに従う。
「クダイ少年、そして魔王どの、またお会いしましょう」
「またな、クダイ」
夕暮れ時の別れのように、軽く手を振った。
「待てよ!」
ジャスティスソードを振り上げようとしたが、今は重く感じて上がらず、そうこうしてる間に二人はいなくなった。
「クダイ!!」
一歩贈れてオルマが来て、そのすぐ後にダンタリオンが来た。
「ごめん、逃げられた」
クダイは悔しそうな顔で言った。
「仕方ありません。正直、私達も伯爵には歯が立ちませんでしたので」
軽く言うが、その言葉の裏は深く、賢者たるダンタリオンが言うからには、どのみち勝負は着けられなかったというところだろう。
「あの野郎」
オルマもそれはわかっている。
「どうでもいいが、早くここを出た方がいい。魔法の効力も失せて来たところだ、焼け死んでしまうぞ」
注意を促すケファノスの言う通り、熱が肌を刺激し始める。
「そうですね。そうしましょう」
念のためにもう一度魔法をかけ、一気に出口を目指した。
炎上するダバイン城から出ると、城が崩壊を始める。
主を失った城が崩壊する様は、見るに耐えれない虚の死映。
「危なかったですね。危機一髪でした」
あのまま城内にいたら………運がよかった。
内心、ダンタリオンもホッとした。
「こんなに簡単に………城が崩れるなんて……」
果てる命を見るように、クダイの胸が痛んだ。
「たった数日でここまで力を得たのか。馬鹿には出来んな。屍人の力」
「屍人って下位の魔物だろ?なんだってそんなのに、こんな力があるんだ?」
ケファノスなら知ってると思い、オルマは何気に聞いてみた。
「それがわからぬのだ」
「わからないって……あんた魔物共の総大将じゃないか!」
「屍人は物の数にも入らん存在。いちいち余が知るわけがない」
オルマは肩をすくめ、ケファノスを冷やかした。
鎮火にはまだ時間がかかりそうな壮大な篝火は、舞台を出たはずのクダイ達を追っ手に差し出すことになる。
「オルマ………お前までいたのか………」
数名の騎士を連れ、
「シャクス!」
オルマの前に現れた。
シャクスはダンタリオンを睨み、
「ダンタリオン、これは何の真似だ?なぜダバイン城が燃えている!」
途中、町が全焼していたのも見た。そしてもうひとつ見えた火の手に急いで来てみれば、そこにクダイ達がいた。
わずかに信じていたダンタリオンへの気持ち。それは怒りを超え絶望になっていた。
「ちょっと待ちな!もしかしてあたし達がやったなんて思ってないだろうね?」
「じゃあ他に誰がやったと言うんだ?」
「冗談はやめておくれよ!」
そう言ってオルマは馬上のシャクスに詰め寄り、
「久々の再会だってのに罪人扱いする気かい?」
「罪人と一緒にいるのだから罪人じゃないのか?」
北極圏を越えるくらいの冷たい眼差しをオルマに向ける。
「昔から石頭だったけど、本当に最低な男に成り下がっちまったみたいだね。だから宮廷なんかで働きたくなかったんだよ」
「個人の主観を語るつもりはない」
シャクスが手を挙げると、部下達が一斉にクダイ達を取り囲む。
「もはや逃げられんぞ。全員、死刑は免れん」
「ま、待って下さい!少しは僕達の話も………」
「無用だな。魔族と手を組む輩と話気はない」
部下達が馬から降り、ロープでクダイ達を縛ろうとする。
「久しぶりに会った友人へ暴言ですか」
ようやく口を開いたダンタリオンの目。シャクスに対する怒りに満ちていた。
「暴言?俺がいつ暴言を吐いた?」
「シャクス、これをやったのは伯爵……サン・ジェルマン伯爵です。私達がこんなことをして何の得があると思います?」
「知ったことか!」
シャクスの態度には、さすがにクダイも我慢が出来ずに突っ掛かって行く。
「知らないのに犯罪者扱いするのか!?ふざけんなよ!」
「調子に乗るなよ小僧。ジャスティスソードを持ってるくらいでは………」
クダイがジャスティスソードを構えた。
「クダイ………」
ダンタリオンが目を疑ったのは、ただ構えただけでなく目を閉じたからだ。
「小僧………」
馬鹿にされた気がし、シャクスが苦虫を噛んだような顔をした。
「僕達は何もしてない!ケファノスのことだって何も知らないくせに、勝手なことばっか言うなよ!」
「まさか俺とやり合う気か?」
「やるしかないならな!」
無眼の構え。聖騎士でもやってのける者はいない。目を閉じて戦うなど、所詮は常識はずれ。
だが牙を剥かれた以上はシャクスも黙ってはいられない。静かに剣を抜いた。
「いいだろう。相手になってやる」
馬から降りることはしない。
「クダイ!やめ………」
止めようとしたダンタリオンに、
「黙って見ていろ」
ケファノスが言った。
張り詰めた緊張感で、シャクスの部下達も成り行きを見守っている。
「どうした!ハッタリか?」
動かないクダイを挑発してみる。
−キィィィィィン−
音が鳴った。それはおそらくジャスティスソードからの合図。
見える。光の軌跡。馬上のシャクスへの一撃の軌跡だ。
「来ないならこちらから行くぞ!」
馬の前足が高々と上がった刹那、
「てりゃあっ!!」
ジャスティスソードを大きく振り上げた。
その一撃は風を起こして、シャクスの騎乗する馬を混乱させ、シャクスを振り落とした。
「ぐあっ!」
無様に転げ、尻餅をついた。
「なんと…………」
ダンタリオンも、
「無眼の構えを………?」
オルマも驚愕した。
「シャクス様!!」
クダイ達を捕まえることをそっちのけで、部下達がシャクスに駆け寄る。
「ええいっ!下がれっ!」
すんなりと立ち上がれなかったのは、ダメージではなくダンタリオンやオルマと同じ気持ちだからだ。
「信じられん………どんな剣才を持っていても極めることは不可能と言われた無眼の構えを………こんなひ弱な奴が……」
馬を驚かせただけではないことくらい、シャクスにはわかっている。外れはしたが、間違いなくシャクスを狙った一撃だった。だから怯む。クダイが剣を使い慣れていたらと。
「行きましょう」
戦意喪失のシャクスを余所に、ダンタリオンはクダイ達と魔法でその場から逃れた。
残されたシャクス達は、未だ盛る炎の前で立ち尽くすしかなかった。




