第十一章 追う者、追われる者
野宿の醍醐味なんて無いと思ってた。それも逃亡して迎えた朝。
朝露が頬を直撃し、目覚めを告げた。朝方の空気が湿っていたのか、青い香りが強く感じるくらい漂っていた。
「おや、おはようございます」
ダンタリオンに朝の挨拶をされるのは二回目。ただ、今朝はいささかの疲れを見せていた。
「ふわあ……腹減ったなぁ」
「暢気な奴だ。起きてすぐ食い物か」
ケファノスは朝一番のクダイを”讃えて”やった。
「悪いのかよ」
「夕べあれほど食べてたではないか」
「夜は夜。朝は朝なの」
育ち盛りとはそういうもの。
そんなクダイに、ダンタリオンは自分とシャクスを重ねてた。
「な、なんだよ、人の顔見てにやけてさ」
「いえいえ。私にも若かりし時代があったものと思い出しましてね」
「ダンタリオンって何歳なの?」
若いのはお互い様だろう。
「私は二十七歳です。そういうあなたはいくつなのです?」
「僕は十七だよ」
思い出すのはちょうど十年前。辺りを包む香りと同じ、青い匂いがしていた時代だ。
「まだ私もシャクスも、がむしゃらに文武に励んでいました。歩む道は違えど、国を守る人物になろうと。志しを共にして」
「そういえばシャクスさんは賢者じゃないの?」
「シャクスは聖騎士という立場です」
まあ、大層な肩書ではあるが、具体的に普通の騎士と何が違うのかがわからない。
聞くまでもなく、賢者様の方から説明はなされる。
「基本的に聖騎士も賢者も魔法は使います。騎士に関してはそれを強要はしません。ですから、騎士が使う魔法は効力が弱くレベルの低い魔法ばかりです。聖騎士は攻撃も回復も、より高い魔法を使いますが、やはり剣技に重きを置いています。賢者は、剣も高度な技術を得てはいますが、やはり魔法が基本になります。魔法使いなどと呼ばれる者よりも、難易度の高い魔法を使えます」
ちょっと偉そうに最後は念を押し、
「そして、騎士、聖騎士、賢者は、全て宮廷………国の機関における役職です。騎士は主に治安の維持に努め、聖騎士は軍関連、賢者は司法に属しています。その他にも、神官、宮廷戦士などの………」
「いや、も、もういいよ。ありがとう」
社会の勉強でもしてるのかと思った。
要は国家公務員。以下でも以上でもない。その中での力関係など、表向きはどうあれドロドロしてるに違いない。その程度なら、容易に想像は出来る。
「で、これからどうする?」
二人が儀礼を済ませるのを待ってたのか、ケファノスが現実を告げる。
「う〜ん……私達、お尋ね者になってしまいましたからねぇ」
遅かれ早かれ追っ手は来る。少なくとも、エルガム国にはいられない。
「軽く言うな!軽く!僕は自分の世界に帰りたいんだよ!」
「おや?あなた、夕べジャスティスソードでケファノスの肉体を取り戻すとか言ってませんでした?」
「い、言ってない!ジャスティスソードが必要だって言っただけだ!」
「やっぱりそうではないですか」
「違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」
「ではお友達はどうします?」
「それは………」
「ね?あなたは必要な人間なんです。少しだけでもお付き合い下さい」
「で、でもでもでもでもでも!!」
黙って見てるのも疲れる。
「騒々しい………」
ケファノスの周りにはまずいないキャラだろう。
「いい加減にしろ。腹が減ったんじゃなかったのか?」
ダンタリオンはクダイで遊んでるだけ。クダイを宥めないと話は進まない。
「減ったよ!」
ムスッとしてそっぽ向いた。
「ダンタリオン、余とクダイは宛にはならんぞ」
「大丈夫ですよ。隣のダバイン国に私の知人がいます。そこまで頑張りましょう」
「お前の知人なら先回りされてる可能性もあるんじゃないのか?」
「ありますね。しかし、今の私達は先が見えてません。行くしかないでしょう」
手探り状態で旅は出来ない。頼れるものは頼る。ケファノスの苦悩は深かった。
「では行きましょう」
ダンタリオンから聞くこの言葉。どこかに行く時は、彼が仕切るのだろう。連れが頼りない少年とストラップのマスコットでは、致し方ないようだ。
「どうしました?」
何かを期待した目でダンタリオンを見てる。
「魔法は?」
「魔法………はて?」
「じれったいなあ。そのダバインって国に一瞬で行ける魔法使うんだろ?早く見せてよ!」
こんなにも輝く瞳は久々に見た。気をよくしたが、
「そんな便利な魔法はありません」
無いものはどんなに期待されても無い。
「嘘ばっか」
「嘘ではありません。瞬間移動の魔法はありますが、せいぜい家屋十軒分くらいです」
「……………マジ?」
「マジとは?」
魔法に優れた者を賢者と呼ぶ………んじゃなかっただろうか?そういえば、ダンタリオンが魔法を使ったところをまだ見てない。
「はぁ……歩くってことか。で?どんくらい歩くの?」
「ん〜〜〜三日は………」
「み、三日ぁっ!?」
「はい」
あんぐりと口を開けたまま徘徊……いや、歩き出した。
「いい運動になりますよ」
連れ添うようにダンタリオンも。
「やれやれ……」
ケファノスだけは歩かないが。
シャクスは正式にクダイとダンタリオン、ケファノスの討伐を命じられた。
準備の間だけは、ダンタリオン達は遠くへ行ける。などと親友を案じてしまう。
「バカな奴だ。何の為にここまで来たんだ」
苦しい時も、支え合って来た。それを無駄にするなど考えられることではなかった。
だが、ダンタリオンがケファノスの手先になったとは考え難い。彼の言う通りサン・ジェルマンが嘘を言ってるのだとしたら………。
「シャクス様、準備が整いました」
部下が来てしまった。
「わかった。出発しよう」
真実は国にあり。騎士の称号を授かる時に誓う言葉。
親友を討つなど本意ではないが、反逆罪に問われてしまった以上、国に従うしかない。
出来るならもう少し時間を稼いでやり、ダンタリオンに真実を証明させてやりたいとも思う。
追われるダンタリオン、追うシャクス。
心は軋んでいる。