終章
思えばこの世界に来てせいぜい一ヶ月くらい。わけも解らぬままに連れられて来た世界は、自然が豊かで、中世を思わせる雰囲気の世界。
魔王に賢者、聖騎士にエルフ、ハーフエルフに勝ち気な女戦士。訛りの強いシスター。いろんな仲間と知り合い、生死を懸けた戦いに身を投じて来た。やがてクダイは、この世界で生きて行きたいと思い始めていた。
自分の世界に微塵の未練もなく、ただ、純粋なまでに生きる場所を見つけた。
その生きる場所を守る為、かつての仲間に刃を向け挑んでいる。
「それにしても、あなたも立派になりましたねぇ。剣ひとつ扱えなかったあなたが、今ではシャクスを思わせるほどまで成長した」
いつの間にか身に付いたような卓越した身体能力は、高いジャンプを可能とする。もしくは、ディメンジョンバルブの中と言う限られた空間がそれを可能としているのかもしれない。が、それでも、グランドクロスで遇われる。いかに無眼の構えを使えど、後一歩が及ばない。
「化け物に言われたくない!」
「………クダイ。あなたは自分の行動が正義だと信じているのでしょうが、それは本当に正義だと言い切れますか?」
「そんなの………言い切れるに決まってるじゃないか!」
力を込め、再度ジャスティスソードで攻撃を仕掛けるが、やはり遇われてしまう。
「では、正義とはなんでしょう?」
「何って………」
「確かに、あなたには大義名分がある。ですがそれは、あなたに都合のいいものではありませんか。それを正義だと呼べるのなら、世界に、宇宙に、一体どれだけの正義があると思います?」
「都合がいい………そうかもしれない。でも、仲間を騙したり、殺したりすることは、断じて正義なんかじゃないッ!」
「違いますね。正義を貫くには犠牲は必要不可欠。世界を救うとか、誰かを守るとか、そんなものを正義とは言わないんですよ!」
「じゃあ、お前の正義はどこにあるんだ!」
ダンタリオンは溜め息を吐いた。クダイに呆れたわけではない。所詮、解ってもらえぬものかと嘆いたのだ。
「どんな世界にも“人間”は存在します。いえ、“人間”が存在するから世界がある。そう言うべきでしょう。人間は、自分達にそぐわない都合を嫌い、あたかもそれが“悪”であるかのように位置付ける。自分勝手に解釈出来る正義など、私は認めない。ならば私は、人間が嫌う都合を正義とする。そう決めたのです」
「人間が嫌いなんだな」
「面白い話をして差し上げましょう。………遠い昔ですが、やはり今と同じように世界を懸けた戦いがありました。人間と………神と呼ばれ“た”種族の。論じるまでもなく、神の圧勝でした。人口の半数以上を失った人間は、神から逃げる生活を余儀なくされることになったのですが………」
唐突に語られ始めた話は、お伽話のような神聖な話。
「追い詰められた人間は、やがて祈るのです。“安息の地が欲しい”と。そして祈りは叶えられました」
「誰かが神様を追い払った………?」
ダンタリオンは首を横に振り否定し、
「時間を戻したのです」
そう言った。
「時間を………?どうやって………?」
「時間には等価交換と言う概念があります。願ったものを手に入れる代わりに、同等の価値のあるものを犠牲にするという条件です。そして、“安息の地”を願った人間の前に、一人の男が現れました。男は神の存在しない世界を手に入れる方法として、時間を遡るのですが………どうしたと思います?」
“いつも”の口調だった。その口調をもう何年も聞いてないくらい懐かしく思えた。
「神様を……皆殺しにしたとか………」
「フフ。神には勝てなかったのですよ?何度やっても人間が神に勝つことはありません」
「男がそれをしたかもしれないじゃないか!」
「………では解答しましょう。なあに、簡単な答えです。男は時間を遡り、その世界を崩壊させたのですよ」
「………!!」
「時間を遡った世界と引き換えに、神に支配された世界を、神の“居ない”安息の地を手にしたのです」
言葉が出なかった。言ってることが支離滅裂に聞こえる。
時間を遡る………過去へ行って、過去そのものを壊して、そして未来を………そう言ってるのだろうか?そう思っていると、ちゃんとした解説を付け加えてくれた。そこは実にダンタリオンらしい。
「時間軸にある過去を崩壊させたエネルギーを利用し、過去があった“その場所”に、全く新しい世界を創造させたのです」
「その“男”って、サン・ジェルマンみたいに幻想なのか?」
「ええ。幻想として誕生しました」
それを聞いた時、ようやく話が見えて来た。繋がったと言うべきか。
「この世界を創造し、そして全ての幻想の始祖………それが私です」
「ダンタリオンが………それじゃあ、時間構築魔法具を造ったベオって人に世界の仕組みを教えたのは………」
以前、ケファノスが言っていた。時間構築魔法具を造った巨人王ベオ。彼はもしかしたら世界の創造主に会って、世界の仕組みを聞いたのではないかと。そこにダンタリオンが絡んでいたとは。
「私が教えました。時間を遡った私は、あなたのような生身の人間ではない。存在を維持するには、時間を利用する力を捨てねばならなかった。そんな時、ベオに出会い、彼にこの世界がどういう力で、どういった理由で存在しているかを打ち明け、捨てた私の力で時間構築魔法具を造ることを勧めました。その後、彼とは会っていませんでしたから、本当に時間構築魔法具があるか確信はありませんでした。ですから、バランスブレーカーを見た時は興奮しましたよ。必死に沸き上がる感情を抑えましたが」
そのバランスブレーカーが機能を果たさなかった理由は解らず仕舞いだが、それでも充分だった。
一番警戒していたケファノスを倒し、残るクダイはジャスティスソードと無眼の構えを駆使しても自分に及ばないのだから。
「バランスブレーカーは無くとも、四つの時間構築魔法具は満足な力を与えてくれました。私は、自分が創ったこの世界を自分で壊す!誰にも咎める権利などないのですよ!」
「……………。」
「どうしました?黙り込んでしまって」
拳が震える。クダイは歯を食いしばり、
「僕は神様とかよく解らない。お前がこの世界を創ったってなら、そうなんだろう。でも………自分が創ったから壊してもいいなんて理屈、許すわけにはいかない!」
「…………フッ。フハハハハハッ!!許さない?言っただろ、誰にも私を咎める権利はないと!」
「咎めないさ!でも許さない!死んで行ったみんなの為に、僕がお前を裁いてやる!」
「裁く…?私を…?その自信家なところ、シャクスに似て来たじゃないですか。…………生意気な奴め!あの日の人間のように、あなたは私には勝てない!」
「一撃で仕留めることだって出来る!無眼の構えなら!」
クダイは瞼の裏に見える、いくつかの光の軌跡を辿る。その中のひとつでいい。ダンタリオンに届く一筋を見つける為。
「バカめ!ケファノスさえ勝てなかった私に、小わっぱ風情が勝てるかァッ!!!」
大解放した魔力がクダイを襲う。光の軌跡を消してしまうくらい眩しい魔力。しかし、そのおかげで、たったひとつ消えなかった光の軌跡を見つけることが出来た。
「見えたっ!」
ジャスティスソードを振りかぶり、全身全霊を込め………切り裂いた。
「クダイ………」
ふと、言い知れぬ予感にシトリーは振り返った。
カイムの亡きがらを運び、既に魔王城の外に来ていた。
「大丈夫だよ。信じて待とう。カイム様も………きっとそう言ってる」
カイムの顔を眺め、シメリーは言う。信じて待つこと以外、自分達に出来ることは無いのだから。
シトリーも同感ではあるが、さっきから付き纏う予感。それは実にシンプルなもの。
−もしかしたら、このままクダイは帰って来ないんじゃないか−
好きだから尚更、そんな不安を覚えてしまうのだろう。
「クダイ……………待ってるからね………」
満身創痍の身体でもいい。帰還してくれるのなら。自分の腕の中に、ちゃんと帰還してくれるのなら。
既に外の戦いは勝敗が着いている。魔族側が戦意喪失。人間とエルフ側が勝利した。
後は、ただ待つだけだった。
「ケファノスが戻ったらどうするんだい?」
不意をついたオルマの言葉に、カカベルはキョトンとして見せた。
「アンタ、ケファノスのこと好きなんだろ?」
「な、何を言ってるだ!な、ななななしてわだすが……!」
カカベルは、顔が真っ赤になるのは防げなかった。
「見てればわかるよ」
本当はもっと根本的なこと。そもそもが、ケファノスが色男過ぎる。世の女性の理想を実体化したような風貌をしている。嫌うわけがないのだ。
「バカこくでねぇ!あいつはわだすの村を………!」
「でもそれは、ケファノスのせいじゃない。知ってるはずだよ」
「んだども……!」
「素直になりな。仮に、アンタがケファノスを殺しても何も変わらないし、アンタは人を殺せるような人間じゃない。罪悪感だけが残るだろうよ」
「………あいつは人でねぇべ」
おとなしく皮肉で返した。それは自分が一番解ってることなのだ。
「世界の神官どもは、神の教えなんて本当はどうでもいいのさ。権力にしがみついて、下の者に頭を下げられていればいいって奴らばかり。だからさ、カカベル、アンタだけは真っ直ぐなシスターになって欲しいんだ」
「オルマ………」
「ケファノスなら、そういう道を示してくれる。アンタはケファノスに着いて行かなきゃダメなんだ。ま、惚れた男に着いて行くのに理由は要らないか」
「だ、だから、別に惚れてねーべ!」
「アハハハハ!」
こんなやり取りを続けた旅も、クダイ達が戻ることで終わりを告げる。そして新しい生活が始まるのだ。
それぞれ、国へ帰ってしまうのだろうが、それはこの世界に平和が戻ったなによりの証拠。
失った視力では見えない、これからの未来。
オルマの瞼の裏には、みんなで笑える日の未来が描かれていた。
光の軌跡に乗り、鮮やかに身を翻したクダイは、たったひとつの可能性を持ってジャスティスソードを振り下ろした。
ダンタリオンの肉体に刃が刺さると、ディメンジョンバルブ内の空間が振動を起こす。ジャスティスソードの持つエネルギーが、空間に放出されたのだろう。でもそれは、ダンタリオンに決定的なダメージを与えたということ。
「ウガアァァァァァァーーーーーーーッ!!!!!!!!!」
血しぶきを上げ、よろめく。クダイは血を浴びながらも、結構な高さからの着地を成功させる。
「………やったか!?」
左肩に大きな傷。普通の人間ならとっくに死んでもおかしくない。普通………なら。
「ぐうぅ……み…見えなかった………いつの間に跳んでいたと………」
敵に回って、初めて無眼の構えの恐ろしさを知る。剣を振るうようになって日の浅いクダイにやられてしまうのだ。見事としか言いようがない。………が、もっと恐ろしいことも知る。
「でかくなりすぎたな!次で仕留める!」
最後の一撃の為に構えた。ジャスティスソードが鳴る。
−キィィィィン−
漲る力が、勝利を約束する。そんな気がしないでもなかった。
だが、そう思うのはクダイだけではなかったのだ。
「………ククク………アハハハハハハハッ!!」
突然、大笑いをするダンタリオン。傷の痛さなど消し飛ばすくらいに。
「何がおかしいんだ!」
「クク………これが笑わずにいられますか」
「な……なに?」
「今の一撃で、知ってしまったのですよ。大変な事実を」
勿体振る言い方をしているのは、ダンタリオンにとって有利なことだからだろう。
「私に一撃を与えた時、この空間が大きく揺れました。それは、どうしてだと思いますか?」
「どうして……って………」
「フフ………それはですね………」
「………………。」
「あなたの手に握られているジャスティスソード。それこそが……バランスブレーカーだからですよ」
「な………なんだって………!!」
「ジャスティスソードが、私の中にある四つの時間構築魔法具に触れ………世界を壊し掛けた。クク………どうやら、最悪のシナリオが用意されていたみたいですね」
「ジャスティスソードが…………バランスブレーカー……!?」
ジャスティスソードを見る。それが本当なら、ダンタリオンを倒すということは世界を崩壊させるということになる。かと言って、倒さずに逃げても世界はダンタリオンによって壊されるだろう。
つまり、この世界を救う手立てが無くなったのだ。
「さあ、どうします?ジャスティスソードで私を倒しても、私の願いは成就する。私の勝利で物語は幕を閉じるのです!」
(よく考えろ!何か、何か手はあるはずだ!)
辺りを見回す。そして、ケファノスの剣を見つけ、すかさず取りに行く。
「ほほう。なるほど。ジャスティスソードではなく、魔王の剣ダーインスレイヴで。フッ。ですが果たしてそれで倒せるでしょうか?私を。あなたが無眼の構えを使うのは、ジャスティスソードの賜物だと思いますよ。無眼の構え無しでは、どんなに優れた武器を持ってしても、あなたの腕では宝の持ち腐れ。試しにやってごらんなさい」
「言われなくてもやってやるさ!」
瞼を閉じる。そして集中する。光の軌跡さえ見えれば………しかし結果は悲惨なものだった。
ダーインスレイヴが手から落ち、膝をも落とす。
「そんな………何も見えない……」
「当然の結果です。ジャスティスソードを使えるという条件だけが、あなたがこの世界に存在出来る理由なのですから!」
「………終わった………僕にはもう………」
ダンタリオンが高笑いをする中で、クダイは絶望を知った。自分にはどうすることも出来ない。その時、ヴァルゼ・アークが最後に残した言葉が頭を過ぎる。
−全てがお前の手に委ねられた時、お前はお前の信じる正しいことをすればいい−
人は苦しむから、望む結果が保証されないから正しいことが出来ないのだと。
クダイはおもむろにジャスティスソードを手に立ち上がり、構えた。
「おやおや、まだやるのですか?どうにもならない絶望を前に」
「………お前なんかに壊されてしまうくらいなら………僕がこの手で世界を壊す!」
何を持って勝利とするか。そう考えた。このままダンタリオンを生かして終わるより、ダンタリオンを確実に倒して終わる。でなければ、死んで行った仲間が浮かばれない。
「狂ったか!」
「覚悟しろ!ダンタリオン!なにもかもを、お前の望む通りにはさせないっ!」
瞼を閉じ、光の軌跡を見る。それは、今までにないくらい確かな軌跡。確信した。勝利出来ると。世界は壊れてしまうかもしれないが、ダンタリオンだけは確実に倒せる。
「お…おのれっ!クダイ!!絶望すら乗り越えるというのかッ!!」
「これで………」
ダンタリオンの視界から消えたと思えば、目の前に瞬間的に現れる。
「これで終わりだァァァーーーッ!!!!」
黄金の正義ジャスティスソードは、この世界の創造主ダンタリオンを貫いた。