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第九十六章 勇者を待つ魔王

「カイム………」


息のないカイムを前に、クダイとシトリーとシメリーは立ち尽くしていた。


「カイム様………嫌………嫌よ!お願い!生き返って!」


カイムに好意を寄せていたシメリーは、ただひたすらに治癒魔法をかけている。奇跡など起きないことを知って。


「シメリー」


シトリーはシメリーの肩を抱いて、涙を流す場所を貸した。それくらいしかしてやれない。

クダイは、刃の折れたバランスブレーカーを見つけ、拾い上げた。


「どうしてバランスブレーカーがここに?」


無造作に転がってるところは、既にバランスブレーカーが機能しなくなったと取れる。

悪魔の瞳のように見下ろすディメンジョンバルブからは、ケファノスと、もうひとつ凶悪な気配を感じる。


「ケファノス………」


行くしかないことくらい解っている。ジャスティスソードが熱を帯び、クダイを急かしているようだった。


「シトリーとシメリーはここを離れるんだ」


「クダイ」


「ここから先は、何が起きるか解らない。君達を巻き込まない保障も無いんだ」


シトリーに言い聞かせる。

シャクスとカイムが死に、オルマは両目を失った。二人には、誰の後も追って欲しくはないのだ。


「生きて………生きて帰って来れる?」


解らない。ヨウヘイの言う通りなら、相手はダンタリオンだ。サイコロの目が1から6までとは限らない。そんなことをやってのける奴だ。


「もちろんだよ」


嘘をついた。だが、こうでも言わなければ聞いてくれないだろう。


「クダイ………カイム様の仇、任せていい……?」


「シメリー………」


「それしか……私には言えないもの」


「うん。きっと」


「………お願い」


クダイの顔を見ることはなかった。見れば、泣きじゃくり、これから戦おうとするクダイに余計なプレッシャーを与えてしまうから。


「シトリー、あのディメンジョンバルブまで飛ばせるかい?」


「うん」


シトリーが何やら呪文を唱えると、クダイの足元に魔法陣が描かれ、ディメンジョンバルブまで運ぶ。


「いいね!二人は避難するんだよ!」


ジャスティスソードが熱くなるにつれ、クダイの鼓動も激しさを増す。

進むしかない。いや、進めとジャスティスソードに言われてるのかもしれない。ダンタリオンが黒幕と知った今、かつての仲間に刃を向ける自信は………問われれば問われるほど、問えば問うほど、突き付けられる正義に心が折れそうにもなる。

ヨウヘイの言ったことが、どうかでたらめであってほしい。


(僕は、鬼になれるだろうか?)


審判の行方は、未だクダイの手の中にある。










頼りにしていた仲間が敵になるというのは、これほどまでに厄介なことだとは思わなかった。

ケファノスの戦いぶりは実に華麗で、卒がない。魔法も織り交ぜ、魔王としてのスキルは全て、嫌みなくらい全面に出している。

単体として見れば、ケファノスは世界で一番強かっただろう。だが今は………


「もう終わりですか?」


ダンタリオンに敵う者はいない。


「フン………まだ始まったばかりではないか」


強がりを言う羽目になるとは………そんな自分に苦笑いをした。


「そうですよ。あっさり死なれては、興冷めしてしまう。ですが、私にはこれがある」


手を翳すと、


「あなたが私に与えてくれた武器。魔槍グランドクロスが」


巨大な槍が姿を現す。


「伯爵に常時魔法が必要なのは、実のところ解っていたのです。その元となる魔力を供給していたのは他でもない、この私自身。ですから、この槍を使うのには気を使いましたよ」


「………そうだろうな。うっかりすれば、“時の秘法”を切らすことに成り兼ねん。もしそんなことになっていれば、サン・ジェルマンが消えて永遠に居なくなってしまうだろうからな。今の様に」


サン・ジェルマンが姿を消したのは、もしくは保てなくなったのは、ダンタリオンが魔力の供給を止めたからだ。そう考えれば、サン・ジェルマンとの繋がりも合点はいく。

もっとも、本来は人々の希望が具現化したサン・ジェルマンが、《いつ》の時点で“時の秘法”を必要としていたのか、加えて《いつ》からダンタリオンは、魔力をサン・ジェルマンに供給していたのか。

サン・ジェルマンは、自分が幻想であると認識していなかった。ダンタリオンはそう断言している。だとすれば、最低一度はサン・ジェルマンと会っているから、サン・ジェルマンのことを知っているということになる。

また、魔槍グランドクロスを多用出来る魔力は持っていながら、力をセーブしていた理由はこれで説明がついた。


「しかし解らんことがある。そこまでしなくとも、裏で計画を進めれば、もっと上手くいったはずだ。あわよくば、誰も気付かないまま時間を終着させることも可能だったはず」


結果的に、バランスブレーカーが機能しなかっただけで、それを知るまでは楽に遂行出来たはずなのだ。


「ええ。あなたのおっしゃる通りです」


「では、なぜ…?」


「不死鳥ですよ」


「不死鳥?」


「不死鳥が輪廻をもたらしていることを知ってしまいました。ですから、不死鳥を殺し、輪廻を止めなければ時間の終着は不可能だった。しかし、問題が浮上したのです。不死鳥がどのような存在なのか解りませんでしたしたから、サン・ジェルマンとヨウヘイの三人だけで捕らえる自信がなかった。だから可能性として、サン・ジェルマン側とあなた達人間側、強いては“私達”側からの複数のアプローチが必要だったのです。そもそも、それ以前に、不死鳥が本当に存在するのかも疑わしかった。まあ、さすがに私も、羽竜を見た時は驚きましたが。てっきり“鳥”だとばかり思っていましたからねぇ」


言いながらも、羽竜こそが人々が求めた本当の希望であると確信出来た瞬間でもあった。と、思い返す。

クダイは、今考えても、“ジャスティスソードを使える者ならば”という条件付きの希望だと言える。

二つの希望が存在してしまったことが、皮肉にも世界を危機に陥れたのだ。

羽竜が居なければ、ヴァルゼ・アークが“時の秘法”を語るきっかけを作ることもなかった。

クダイが居なければ、ヴァルゼ・アークが“時の秘法”を語ることもなかった。


「世界がもっと人間の手の届く場所にあったなら………そう思いませんか?」


「残念だがダンタリオンよ、世界は貴様が望むようには存在出来ん。なぜだかわかるか?」


「………さあ?なぜでしょう?私には皆目見当もつきません」


「世界の真実を嘆く貴様自身が、世界の産物だからだ」


「……………。」


「世界とは、空間だけを言うのではない。そこにある水や空気、風や塵ひとつに致るまでが世界なのだ。人の知らない様々な恩恵があって、余も貴様もここにいる。それを知りもせず世界を嘆くなど、愚かしいにもほどがある」


「フッ。あなたとなら、あるいは思想を共有出来るのではと思っていましたが、こうも違うものとは」


ダンタリオンは、魔槍グランドクロスを縮小させ、その手に馴染む程度にした。


「来なさい。あなたの首とクダイの首を記念に、世界を崩壊させてあげましょう!」


「どこまでも幻想を見るのは、貴様も同じではないか!」


「結果で証明して見せますよ!」


魔槍グランドクロスをくるくると回し、ケファノスの懐に飛び込む。

その速さは、既にケファノスの手に負えるものではなくなっていた。


「私にグランドクロスを与えたこと、後悔することです!」


巨大なだけが魔槍グランドクロスの長所ではない。縮小されても、魔法武器としての能力は高い。ケファノスの鎧とて、豆腐を切るように傷ついていく。

時間構築魔法具ツールの力、サン・ジェルマンの力、魔槍グランドクロス、本来の賢者としての魔力。今のダンタリオンには、強力な手札ばかりが揃っている。


(クダイ………何をしているのだ……!)


死ぬのは構わない。しかし、己の命はカカベルへ委ねてある。命を果てるのなら、カカベルの手でなければ。

生きて帰らねばならない。それは義務なのだ。

誰ひとり戻らぬ未来を、帰りを待つ者達に与えてはならないのだ。

勝ち目のない戦いの中、ケファノスが待つのは人々の祈りが召喚した勇者。


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