第九十五章 満たされなかった条件
「そんなバカなっ!!」
ダンタリオンは憤怒した。四つの時間構築魔法具を合わせた、強力なエネルギーの球体。さしずめエネルギーボールとでも呼ぶべき物体に、カカベルから“拝借”して来たバランスブレーカーを突き刺したのだが、エネルギーボールの中に刃がスッと入るだけ。一向に何も起きない。
願わくば、世界が崩壊して欲しい。そういう“作業”したのだ。
物体の硬度がいかほどかは、手にしているダンタリオンにしか計れないが、音も無く入る辺りは、そういった常識は皆無なものなのだろう。
何度もバランスブレーカーを突き刺すも、結果は同じ。何も起きない。
「そんなはずは……!!」
「理屈は知らんが、不具合でもあったようだな」
ケファノスはダーインスレイヴを持ち直して、地面に杖代わりにした。
いかにダンタリオンが魔法に長けた人物とは言え、負ける気はしない。
「くっ………どうして!くそっ!!」
やり場の無い怒りに、バランスブレーカーを地面に叩き付けた。それは浅はかだったかもしれない。
世界を崩壊させる短剣の刃は、地面と接触した瞬間に折れた。いとも簡単に。
「バ……バランスブレーカーが………!!」
叩き付けた本人が一番驚いたようだ。柄の部分を拾い上げるも、その無惨な姿に手が震えた。
「はは………信じらんねぇ……バランスブレーカーが折れやがった………」
カイムも苦笑いするしかなかった。だが、それはダンタリオンの目的が果たせなくなったという事実。
「終わりだな。こんな結末はさすがに余も予想出来なかったが、人の幻想を弄んだ者の末路には相応しい。………覚悟を決めろ。ダンタリオン。クダイはお前を慕っていた。せめてあやつには、お前の悪行を言わないでおいてやる」
「………く……くく……どうせヨウヘイが話してますよ。それに、クダイが負けて死ぬことだって考えられる………」
「奴は死なん」
「ほう。言い切りますね。しかし、クダイが友人であるヨウヘイを相手に非情になれるとは………思えません。逆に、返り討ちに合うのが関の山でしょう」
「付き合いが同じだと言うのに、こんなにも見解が違うものだとは………」
「買い被り過ぎるんですよ………そうは思いませんか、ケファノス?」
「どのみち、お前はもう終わりだ。世界は、幻想ではなく真実として君臨する。生きとし生ける者達、全ての母として」
「フン。気違いですか、あなたは。世界は幻想のみを選び、己を守ろうとする。それは、人による終末を避ける為でもあるのです。母として?いいえ、所詮、私達は幻想を生み続ける世界の奴隷。世界に真実など無いのですよ」
追い詰められたダンタリオンは、ケファノスとの会話で冷静さを取り戻したのか、手にしたままのエネルギーボールを見つめ、
「世界が壊せないのなら、世界を支配するまで。地上からあなたの言う生きとし生ける者を消し去り、私もまた………消えましょう!」
エネルギーボールを口に運ぶ。まさかとは思ったが、“食べる”つもりなのだ。
「させるかあっ!!」
嫌な予感がして、カイムがすかさず矢を放つ。それは、躊躇いもなくダンタリオンの命を奪う矢。速度は音速。貫くはずだった。
矢は、ダンタリオンの前でピタリと運動を失う。
「無駄………ですよ」
エネルギーボールを飲み込んだダンタリオンが、矢を止めた。
そして異変はすぐに起きた。
ダンタリオンの身体から、どす黒いオーラが放出され、彼自身呻きながら吠える。
「うぐ………ぐぅ…………………ぐあぁ…………ウオアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
人の身体が耐え得るエネルギーではなかったのかもしれない。
悶絶するダンタリオンは、ひょっとしたら果ててしまうかもしれない。いや、きっとその波間を漂っていたに違いなかった。
ただ呆然とするケファノスとカイムは、心、そのまま果ててくれと祈っただろう。だが………
「……………………。」
髪は逆立ち、顔つきは悪意に乗っ取られたように。崩れかかった身体を持ち直し、立ち上がる。
閉じていた瞼を開けると、写真のネガのように白黒が反転した瞳があった。
「…………フフ………フフフ…………これは面白い。身を焼かれるようなエネルギーも、モノにしてしまえばなんてことはない。生まれた時から備わっていたような感覚を覚える」
そう言って、ダンタリオンは空中で運動を失ったままの矢を掴み、矢先をカイムに向ける。
ニヤリと笑った真意を悟り、ケファノスは、
「いかん!避けろッ!カイムッ!!」
刹那、矢はカイムに向かって飛んで行く。
「………!!」
叫ぶ暇はおろか、避ける間もなかった。
矢は、カイムの胸に刺さった。
「カイムッ!!」
後ろに倒れるカイムの身体を受け止める。
「く………や…やられちまった………」
「喋るなっ!」
ダンタリオンから見れば、滑稽な光景だったに違いない。魔王がハーフエルフを案じているのだから。
「ククク。自分の放った矢に殺されるのだから、本望でしょう」
「ダンタリオンッ!!」
「怒りなさい!怒り、嘆くといい!神も悪魔も不在のこの世界で、私だけが唯一の存在!いかなる感情も、私にとっては糧になる!」
バランスブレーカーが役目を果たさなかったばかりに、四つの時間構築魔法具と、人々の幻想、サン・ジェルマンの力がダンタリオンに吸収されてしまった。
すると、頭上にディメンジョンバルブが出現した。
「時間が終わらないのなら、世界に終末を!さあ、追って来なさい!最後の戦いをしようではありませんか!」
ふわっと浮いたダンタリオンは、声高な宣言をし、ディメンジョンバルブの中へと姿を消す。
「おのれ……ッ!」
「ケ……ケファノス………」
カイムがケファノスの腕を掴む。
「しっかりしろ!シトリーとシメリーを呼んで来る!」
「ダ………ダメだ……」
「カイム……!」
「お……追え………奴を……ダンタリオンを………倒すんだ………」
「し、しかし……!」
「世界に……終末を……?ハハ………ふざけた奴だ……そんなこと…………………絶対にさせないでくれ……!」
「……………。」
「シャクスと………オルマの犠牲を…………無駄にするな……!」
「………わかった。約束する。ダンタリオンは、余が必ず倒す!」
「………頼む……ぜ………」
ケファノスを掴んでいたカイムの手が落ち、死を告げた。
魔王ケファノスは、ダーインスレイヴをその手に握り、ディメンジョンバルブへと向かう。
終末を望む男に、引導を渡す為。
「早かったですね。カイムはちゃんと弔ってやったのですか?」
世界で唯一の存在となったダンタリオンは、ディメンジョンバルブの“中”に立っていた。
四角い石があちこちに浮遊点在し、真ん中には円形の広いリングがある。そこに立っていた。
「貴様に言われる筋合いはない」
「おやおや、“お前”から“貴様”に格下げですか。フフ……まあいい」
「貴様の存在も記憶も、この時空の彼方に葬ってやる!」
「それはいいアイディアです。是非やってもらいたい」
何を言っても皮肉で返される。
ならばやることはひとつ。目の前の男を倒すだけ。ケファノスはダーインスレイヴを二、三度振るって、構えた。
自分に挑もうとする魔王の姿は、ダンタリオンに自信を与えた。
ここは、世界の果て。幻想の彼方。
「ようこそ………終末幻想へ」