第九十三章 終末幻想 〜前編〜
「バ………バカな!一体、何がどうなっているというのだ?!」
枠を飛び越えた理解に、サン・ジェルマンは動揺どころか冷静さを欠落させ、その説明をケファノスに求めた。
「ふ、不死鳥はどこだ?!ケファノス!」
「不死鳥ならもう違う世界に旅立った」
「な……………………」
その後に言葉は続かなかった。不死鳥たる羽竜が居ないということは、ケファノスが言った通りサン・ジェルマンの野望が叶わぬものとなったということ。
「少し、時間を掛けすぎたな。人を見下すからこういうことになるのだ」
「うぬ………だ、黙れッ!そもそも、なぜ貴様が不死鳥の姿をしていた?!」
「フッ……これだよ」
ケファノスがサン・ジェルマンに見せたのは、
「それは………エルフの………」
「そうだ。幻影燈だ」
「こ……小細工を……!」
「羽竜もなく、バランスブレーカーもない。もはや貴様の潰えた幻想に振り回されることもないだろう。我がダーインスレイヴの錆にしてやる。観念しろ」
ケファノスが抜いた剣は、鏡のように磨がれた刃。サン・ジェルマンの命を、幻想を奪う刃だ。
「……無駄だと何度言ったらわかる?私は時の秘法で守られている。どんな優れた剣を用いようとも………」
「命を絶てないのなら封印すればいい。未来永劫、外界の空気に触れることのないようにな」
そのくらいならなんとか出来るだろう。
「そんなこと………出来るものか!」
「やるんだよ」
そう言って、クダイとシトリーが現れる。傷ついてはいるが、満身創痍というわけでもなさそうだ。同時に、今ここにいるということは、エンテロとの勝負に勝ったことを意味していた。
クダイが横まで来ると、
「仇は討ち取れたみたいだな」
微笑しながケファノスは言った。
「シャクスに教えてもらったことをしたまでだよ」
当たり前のように言う。
「頼もしくなったな」
今、隣にいるのがクダイでよかったと思う。エンテロを倒したことでより自信をつけたクダイは、数十分前とは違った顔を見せる。その成長のなんと早いことか。
「くっ…………このままでは………」
自分を確実に倒しに来ると思っていたからこその余裕だった。なのに、封印という妥協案を持って来るとは思わなかった。
部の悪いサン・ジェルマンは、四つの時間構築魔法具を手元に集め、フッと消えた。
「あっ!」
クダイが声を上げたが、逃げられてしまった。
「ケファノス!」
「フン。逃げ場所など限られている。クダイ、お前はシメリーを。サン・ジェルマンは余が追う」
「うん」
サン・ジェルマンの行き先を見通しているのか、ケファノスはどこかへ向かって走って行った。
「シメリー!」
シトリーは駆け寄って、魔力の鎖を魔法で断ち切った。
「いったぁ……」
「大丈夫?」
「うん。ちょっと手首が痛いだけ」
服のしわを伸ばし、手首をくいっくいっとストレッチさせ、
「ありがとう。助けに来てくれるって信じてたよ」
二人に礼を言った。
「さて………」
そしてクダイは、図上に以前と同様に魔力の球の中で意識をなくしているヨウヘイを見た。
サン・ジェルマンに荷担したとは言っても、友人に変わりはない。助けてやらねばならない。
「クダイ、私達にやらせて」
その心境を悟ったか、シトリーが申し出る。断る理由などない。目には目を。魔力には魔力を。
「お願い………出来るかな」
クダイが言うと、シトリーとシメリーは頷いた。
二人は両手を繋ぐと、輪の中心に魔力を集中させ始めた。
「う…………」
絶命は免れた。いや、見逃してもらったのだ。クダイに。
エンテロは腹部の傷を押さえ、壁にもたれていた。
最後にとどめを刺さなかったクダイの言葉。
−僕より弱い奴の命は取らない。それが聖騎士だから−
見事に教え込んだものだ。剣技ではなく、聖騎士のなんたるかを。きっと、事細かに教えたわけでないだろうことは想像出来た。ただ、心というものを刻み込ませたのかもしれない。仇討ちとは、対象の生命を奪って完遂されるもの。なのに、クダイは聖騎士としての品格を取った。ある意味、生命を奪われるよりも苦しい。
「言ってくれるぜ………」
シャクスが羨ましかった。自分の後をしっかりと受け継いでいる者がいて。
「無様な………」
ふと、暗がりから声がした。顔は見えないが、男の声だ。
「………誰だ?」
目を凝らしても、男は距離を取ったままなので伺い知れない。
「せめてクダイに致命的な傷は負わせて欲しかった」
嫌な予感がした。寒気立つ気配がエンテロを包み、男は尚、言葉を続ける。
「不死鳥が居なくなった今、成すべきことは世界を壊すことしかなくなった」
(こいつ…………)
槍を手に立ち上がる。殺されようとしてるからだ。
言葉の内容を聞けば、サン・ジェルマンと思えないでもないが、違う。サン・ジェルマンの声じゃない。
「クダイもクダイ。シャクスの仇討ちなどと意気込みながら、とどめを刺せないとは」
「………やろう!姿を見せやがれ!」
「何をそんなに怯えているのか………」
男から強い魔力を感じた。
すると、男との間に鋭く尖った氷が現れ、
「失せてしまえ!」
その氷がエンテロの心臓を貫いた。
「が……はっ…………」
反撃出来ず、倒れ伏した。
男は勝ち誇るでもなく、さもそれが当たり前かのように、
「脇役は所詮、脇役」
呟いて、魔王城の奥へと進んで行った。