第九十一章 道
最後の戦い。その大事に、参戦出来ないオルマは、悔しくてたまらなかった。こうしている間にも、クダイはちゃんと戦えているかとか、シメリーは無事かなどと考え込んでしまう。
ケファノスがいるから大丈夫だとは思うが、相手はサン・ジェルマン伯爵。三十年前に不意に現れ、当時の人間と魔族間の戦争を収めた伝説的な騎士。素性も知らないたった一人の人間が、世界を救ったのだ。もちろん、当時からケファノスの物分かりの良さも手伝ったのだろうが。
それよりも、その話を思い出すと、重なる事実がある。
−クダイの存在−
そう。まるで三十年前を再現してるかのような現在。
当時のサン・ジェルマン伯爵の立場が、今のクダイの立場と重なる。
唐突にこの世界にやって来て、世界の混乱を収めようとしている。
サン・ジェルマン伯爵には、誰も使えない時の秘法に対を成すように、クダイにも誰にも扱えないジャスティスソードと無眼の構えがある。
単に偶然が重なっただけかもしれない。ただ、その可能性は如何なものか。
その考察も、ドアのノックする音で消されてしまった。
「………誰?」
「わだすだ。カカベルだべ」
「開いてるよ」
ガチャッと音がして、カカベルが入って来た。
「どうかしたのかい?」
「………なんだか落ち着かねぐて。とてもじゃねーが、一人ではいられねだ」
気持ちは解る。クダイ達の安否もそうだが、世界の………強いては時間軸上に存在する全ての世界の命運が懸かっている。終末のすぐ手前にいるのだ。
「大丈夫だべか………」
「アンタが祈ってあげれば大丈夫さ」
「………わだすが祈っても、奇跡は起きねべ」
消極的なのは仕方ないこと。神に仕えることで終末が回避されるのなら、誰も祈ったりはしない。
以前、ケファノスに言われたことが、カカベルの頭の中に浮かぶ。
−人が繁栄したのは祈らなかったからだ−
自分達の力と知恵だけで生きて来たのだと。そして、祈りは必要だが、都合の悪いことだけ祈りに託すのは間違っていると。
世界に明日を望むなら、自分達の力で掴まねばならない。
カカベルには、宗教のいろはは解らない。でも、ケファノスが間違ったことを言ってるとは思えない。そう考えると、祈る意味を変えてやれば、筋の通る祈りになるのではないかと思えて来る。
「神の奇跡を信じた祈りはしね。だども、クダイ達が自分達の手で勝利を掴んで欲しいとは祈るべ。この世界を生きてるのは神じゃねーべ。わだす達がなんとかすんなんねだ」
目の見えないオルマにも、カカベルの表情が弱々しいだけの田舎娘でないことは見えていた。
「シスターらしくなって来たじゃない」
「わだすにはわだすの信念があるべ。“神”と呼ばれる者が、いつも正しいとは限らね」
そして一度言い淀み、
「………ケファノスみたいに魔王と恐れられる者が言う言葉でも、正しいことは正しい。わだすはそういう教えをして行く。物事の真理とは、そういうことだべ」
「………いいんじゃない」
フッと笑ったオルマは、カカベルも成長していたのだと実感した。
きっとカカベルは良いシスターになる。女としてもだ。だから、戦いが終わったら、カカベルの訛りを消してやろうと決めた。そのくらいなら、目の見えない自分にも出来る。ついでに、女のいろはも教えてやろうとも。
「………そういやさぁ、カカベル」
「なんだべ?」
「アンタ、バランスブレーカーはどうしたの?」
時間構築魔法具の一つバランスブレーカー。世界を崩壊させる剣。剣とは言え、ナイフ程度の短剣なのだが、あれがなければサン・ジェルマンの野望も水泡に帰す。シメリーをさらって行くのなら、まずバランスブレーカーを奪うのが当然のように思っていた。
カカベルが持っている分には問題無いのだが、気になったので聞いてみた。
「ああ。あれならダンタリオンに渡しただ」
「え………ダンタリオンに?」
「んだ。戦いに紛れて、またサン・ジェルマンがここさ来ないとも限らねからって。持ってるわだすが危ねって言ってたべ」
「そう。確かにそうかもね。サン・ジェルマンは真っ向勝負する性格じゃ無さそうだし、安全って言えば安全か」
「んだ」
ただ、サン・ジェルマンが必要としているものが、サン・ジェルマンの近くにあるのが気にかかる。
(お願いだから、みんな無事に帰って来て)
波立つ心に漂いながら、オルマはクダイ達の帰りを待つことしか出来なかった。
サン・ジェルマンを倒す前に、どうしても倒したい奴がいる。
「………待ってた」
シャクスを殺したエンテロ。
クダイ達四人を相手にする覚悟でいる。
バチルスも倒され、もはやエンテロに戦う理由など無い。命を危険に晒すリスクを負うのは、シャクスの仇討ちを望むだろう気持ちに応える為。
「シケた面してんなぁ。それじゃ死んだシャクスが浮かばれないぜ?」
「お前が………っ!」
クダイの顔つきが変わった。
「ケファノス、羽竜、シトリー、先に行ってて」
退く気はない。その為にシャクスの鎧を纏っているのだ。
「私は残る!」
「シトリー………」
言っても聞きそうにもない。
「わかった。ここはお前とシトリーに任せる。行くぞ、羽竜」
「………クダイ、死ぬなよ」
心配そうに見る羽竜に、クダイは、
「僕なら心配いらない。シトリーもしるし、シャクスもいる」
聖騎士の鎧に手を宛てる。
「ケファノス」
そして、ケファノスを呼び止めると、ケファノスは黙って頷き、先を急いだ。
「聖騎士の鎧たぁ、カッコつけたじゃないか。その鎧の穴、シャクスが着けていたやつだろ。そういやぁ……お前とも決着が着いてなかったな。確か以前は、負ける気がしないとか吠えてたが、今度はどうだ?あのシャクスが勝てなかったんだ。お前には無理だろ………クダイ!」
ブゥンと空気が震え、エンテロは竜人に変身する。
やはり圧倒される気配だ。
「僕は聖騎士に選ばれたんだ。聖騎士とは、どんな苦難困難にも怯まず、弱き者を導く道標。シャクスの歩いて来た道を、僕も歩く。そして、繋いでゆく!聖騎士の称号と共に!」
この世界で生きて行くと決めた時から、クダイに迷いはない。
「やれやれ………中々いい面構えじゃないか。短い間に、よく成長したもんだ。だからと言って、勝てるかどうか別だ」
「やってみたら解るさ」
「フハハハッ!やってみたら解る………か」
エンテロの耳にも聞こえる。ジャスティスソードの鳴る音。
「来いっ!俺を倒し、見事シャクスの仇を討ってみろ!」
様子見なんて不粋な戦いはしない。全力でクダイを仕留めに行く。戦いに身を置いたまま、戦う理由を失ってしまったエンテロには、勝ち続けることしか道が無い。
目の前で、クダイが静かに瞼を閉じた。無眼の構えを使って来る。
ジャスティスソードを構える姿も、随分様になって来た。この前のようにはいかないだろう。
なにより、シャクスの意志を継いだことにより、覚悟が出来た。
譲れないものがある時、少年は誇り高い男になる。