第九章 夜の扉
ディメンジョンバルブを通って別の世界に来るまで、十秒とかからなかった。あっという間に入れ代わった景色は、夜ではなく太陽が我が物顔をしている昼間の森の中。
草木の香りが立ち、見たこともない花達の香りまでもが、五感を刺激する。
「ホントに来ちゃった………」
それは、クダイにも一発でわかる異世界の景色。
「サン・ジェルマンはどこに行った?」
辺りにそれらしき奴もいなければ、足跡すらない。ディメンジョンバルブはその姿を消し退路を断つ。ケファノスはぐるりとクダイの周りを周回し、ヨウヘイを連れて行った紳士を探しているところに、
「すみません。逃げられてしまいました」
と、ダンタリオンが頭を掻きながら戻って来る。
「ヨウヘイは?ヨウヘイもあのサン・ジェルマンって奴と?」
「ええ。そのようです。ご友人だけでもと思ったのですが………なかなか素早い方で」
一宿一飯の恩義でも感じていたのか、捕まる気はあったらしい。クダイの顔を見るなり気まずそうにした。
「奴め………時間軸の融合だと?ナメた真似を」
苛立ち落ち着かないケファノスだったが、不穏な空気を感じクダイとダンタリオンの元まで下がる。
「どうされました?」
ダンタリオンの問いにケファノスが答える前に、
「ダンタリオン様!」
十数名もの人数で構成された騎士隊が現れた。
「これはこれは皆様。見回りご苦労様です」
手慣れたような挨拶のやり取り、それは言うまでもなくここがダンタリオンの国である証だった。
騎士隊隊長………だと思うが、馬から降りると他の者もそうしてダンタリオンの前にひざまずく。
「気を使わないで下さい」
多分、本音なのだろうが、『下』の者はそうはいかない。
「そういうわけには参りません。それより、ダンタリオン様は確か魔王城へ偵察へ行かれていたのでは………どうしてここに?」
「まあその……なぜかここにいるんですよねぇ」
チラッとクダイを見る。
「そちらの少年は?」
「私の友人です」
ケファノスは気付かれないうちに、クダイの胸ポケットに隠れる。そこが居場所としてベストなのかもしれない。
「でもよかったですよ。あなた方が現れてくれたおかげで、ここがエルガム国であるとわかりました。早速、国王に報告があります。参りましょう」
ダンタリオンは騎士隊の乗って来た馬に飛び乗ると、
「クダイ、あなたも乗って下さい」
そう言って手を差し出し、自分の前に引っ張り上げる。
「おわっ!」
初めて乗った馬の背中は、正直、居心地がいいとは思えなかった。見晴らしだけは満足出来そうだったが。
「では先導をお願いします」
柔らかな口調でも、明らかに命令をしている。その命令に速やかに行動する騎士隊。ダンタリオンの地位の高さが伺える。
クダイにとっては見知らぬ地。いつしか自分の世界に戻ることを忘れていた。
「すげ〜…………」
感嘆の声はクダイだ。
活気ある町を早々と抜け、着いた先は城。
衛兵達がダンタリオンを見るなり敬礼をし道を開ける。
その光景に、「ほえ〜」とか「ふお〜」とか、クダイは感心したり頷いたりしていた。
「着きました」
ダンタリオンが終着を告げ、馬から降りる。
「クダイ」
不格好に馬から降りてると、ちょっとだけ真面目にダンタリオンが言った。
「ここからは厳格にお願いします。陛下は話のわかる方ですが、ざっくばらんとはいきませんので」
「う、うん」
これだけ敬われているダンタリオンでさえ緊張している。礼儀だけはちゃんとしようと思った。
そして、クダイの胸ポケットに顔を近づけ、
「ケファノス、今しばらくおとなしくしていて下さい」
「…………。」
まずい状況になっている。
今までは慣れない世界で上辺だけの協力はしていたが、ここでのケファノスは人間の敵。
ダンタリオンがそのことを告げる可能性はある。
最悪なことに、今のケファノスには立ち向かって勝つことは完璧なるゼロ。
クダイに頼んでも無駄。
城内へ進むクダイの胸の中、算段をすればするほど危機感が溢れる。
まさか魔族を統括する王である自分が、こんなところで天に任せるしかないことがやけに悲しい。
そんなことを考えていると、揺れが収まる。クダイが歩みを止めたのだ。
「陛下がお待ちです」
衛兵の声と同時に、重い音がした。
何も言わずダンタリオンは赤いカーペットをすたすたと歩き、
「陛下、ただ今戻りました」
騎士隊がやったように、ひざまずく。
それを見て、クダイもおろおろしながらひざまずいた。
「随分と早かったな」
国王は以外にも若く、せいぜい四十後半。金ぴかの玉座に座り、サン・ジェルマンと同じ紳士のような雰囲気を持っている。
「はっ。いろいろと事情がありまして」
ダンタリオンは顔を上げた。
「ほう………して、そこの少年は?」
心拍数が加速する。どう自己紹介しようか悩んでいると、
「彼はクダイと申しまして、イグノア様の忘れ形見です。
ダンタリオンはそう紹介した。
「なんと………今、なんと申した?」
玉座から勢いづく。
「クダイは………イグノア様の………」
「そうか………魔王ケファノスには勝てなかったか………」
腰が抜けたように玉座にもたれる。
そのケファノスを胸ポケットに入れているクダイは、ひどく汗をかく。
ようやく自分の置かれた状況を理解した。
クダイをイグノアの忘れ形見と紹介したからには、ダンタリオンはクダイを仲間とするつもりだろう。だが、ケファノスは………。
「勘違いをなされてます………陛下」
「何が勘違いなのだ」
「イグノア様はケファノスに敗れたわけではありません」
「では誰に……」
「ジャスティスソードです」
「なんと…………それはジャスティスソードの災いに……」
「はい。間違いありません」
「………それをどこで知った?」
「クダイがそれを見ていたそうです」
国王はクダイに、
「誠か?」
ギロリと睨むのはまだ信用してないからだ。
「は、はい。あの、ぼ、僕に後を頼むって………」
あながち嘘ではない。頼むとは言わなかったが、ジャスティスソードを託されたのは事実。
「イグノアとはどこで知り合った?」
「え?え〜っと、体育館………」
「タイイクカン?そんな地名、聞いたことがない」
追い込まれているのに、ダンタリオンは一切助け船を出して来ない。
「まあよい。で、ジャスティスソードは?」
「!!」
まずった。ダンタリオンにも汗が流れる。ジャスティスソードはケファノスが時空間に仕舞ってある。
「どうした?ジャスティスソードを見せねば信用は出来ぬぞ」
「陛下!実は………」
ダンタリオンがハッタリで乗り切ろうと意を決した時、
「こ、ここにあります」
クダイがジャスティスソードを見せた。
国王は真偽を確かめるように、自らジャスティスソードを手にする。
「………うむ。本物だ」
そう言ってクダイに返す。
「ダンタリオンよ、彼がイグノアの忘れ形見と言っても、ジャスティスソードを使えばまた彼に災いが訪れては……」
「ご心配なく。このクダイという少年、既にジャスティスソードを使ってはいますが、不思議なことに災いが起こらないのです。そして、彼はディメンジョンバルブを通ってやって来た異世界人なのです」
難を逃れ、声を張り上げる。
「なんと!異世界人!?おまけにジャスティスソードを使いこなせると言うのか!?」
「剣の腕はさておき、そういうことになります」
周りがざわめく。クダイ自身はあまりピンと来ない。たかが豪華な剣にしか思ってないのだから。それよりもきっと、異世界から来たということにざわめいてるのかもしれない。
「ふむ。それは心強い」
死んだイグノアはどうでもいいのかと思うくらい、ジャスティスソードを使える異世界のクダイに注目が集まる。
国王は咳ばらいをし、
「ならば改めねばなるまい。余はエルガム国国王、エルガム十四世だ。クダイ、お前を歓迎しよう」
厳しかった表情を笑顔に変えた。
「あ、僕は桐山クダイです。よろしくお願いします」
「異世界から来たとは…………」
肩書が気に入ったのか、ジャスティスソードを使えるのが気に入ったのかは定かではないが、エルガム国王は間違いなくクダイに興味を持った。
「陛下、一つお聞きしたいことが」
「なんだ、ダンタリオン。申してみよ」
「はっ。サン・ジェルマン伯爵のことなのですが」
「おお。久々に聞いた名前だ。伯爵がどうかしたか?」
「はい。実は………」
ダンタリオンは出かけた言葉を飲み込み、
「お元気でしょうか?」
そう言った。しかしそれが聞きたかったわけではないことくらい、クダイにもケファノスにもわかっていた。
「さて?最近は連絡を取ってないのでわからん。どうした急に?」
「いえ。思い出すことがあったものですから」
「まあ伯爵のことだ。いずれひょっこり顔を出すだろう」
エルガム国王は二回、大きく手を鳴らし、
「誰か!客人を部屋まで案内しろ!」
部屋の準備を急がせる。
「聞きたいことはあるが、なんにせよ疲れたであろう。夕食まで休むとよい。ダンタリオン、お前もだ」
「ありがとうございます」
ダンタリオンが立ち上がると、ちょうどそこへダンタリオンが纏っている鎧と同じく、白い鎧を来た騎士が現れる。
「陛下、お呼びで」
金色が鮮やかな髪の青年だった。
「シャクスか。ダンタリオン達を部屋まで案内してやれ」
「はっ」
シャクスはクダイを見ると、
「こちらへ」
言葉少なに誘導し、クダイとダンタリオンはシャクスに着いて行く。
順調なくらい事が進んでいる気がした。
あらかじめ準備されてるかのような展開に、ケファノスだけは不安を抱いていた。