序章
真下は炎の海。踏み外せばなんの苦労もなく死ねる。
だが進まねばならない。細く長い道の先には、世界を脅かす魔王がいるのだから。
銀の鎧に身を包み、顔も覆い隠す仮面をつけ、イグノアは一人歩いている。
「ケファノス………」
崖の淵に堂々たる玉座。そこに頬杖をついている者。
「来たか」
魔王ケファノス。こちらは濃い紫の鎧。やはり顔はフルフェイスのマスクを被り素顔は伺えない。
「最後の決着をつけに来た」
「人間風情がデカく出たものだ」
「地上はお前には渡さん!」
イグノアは腰の剣を抜く。
「ほう、ジャスティスソードか………そんなものを持って来るとは………」
魔王ケファノスを唸らせた剣。刀身が黄金の気品ある伝説の剣が鋭い光を放つ。
「ジャスティスソードは魂さえ砕く剣。斬られれば、輪廻の軌跡に乗ることは叶わない。お前を倒し、全ての魔族を全滅させる。魔族も今日で最後だ」
「愚かしい。貴様ら人間は自分勝手の極みだな」
ケファノスが玉座から立ち上がると、その後ろで炎が噴き上がった。
「ジャスティスソードは魂を砕くだけが能力ではない。余はかつて一度だけその力を見ている。その時の使い手は、ジャスティスソードを使いこなせずに自らが塵となった。はたして貴様に使いこなせるか?正義の刃を」
ケファノスの言葉に躊躇いが出る。
どんな戦いが起きようとも、ジャスティスソードを手にしようとした者はいない。遠い過去の逸話には、不幸しかないことも知っている。
だが、目の前の魔王を倒すには、その力に頼らざるを得ない。
「ジャスティスソードは小さな悪も許さない。故に、扱う者がわずかでも心に悪を宿していれば、その者にも災いが起こる。覚悟が出来ているならかかって来るがいい」
ケファノスも剣を手にし答えを待つ。
悪を持たない人間などいない。イグノアも人間である以上、必ず悪は持っている。しかし、
「覚悟はもとより出来ている!」
戦いを拒んでもケファノスに自分がやられる。ならば…と、ジャスティスソードを構え戦いを挑む。
「行くぞ!ケファノス!!」
地面を蹴り飛ばすように走る。
「狂剣を振るうか………嘆かわしい」
果敢に挑んで来るイグノアと剣を交える。
火花が激しく散るも、どちらも退かない。
「負けるわけにはいかない………!」
「人間とは悲しい生き物よ。自我が強い故になにもかもを手に入れようとする」
鍔ぜり合いが続く。距離を取れば勝負がついてしまうことに、イグノアは恐れていた。
「いつか貴様ら人間は、互いの血で地上を濡らすだろう」
予言するかのようにケファノスは言った。
「黙れっ!人間はそこまで愚かではない!」
ジャスティスソードに力を込める。奇跡でもいい、命果てようともケファノスを倒したい………そう願った時だった。
突如、ジャスティスソードが瞼を突き破るような強い光に包まれる。
「こ……これは……!?」
ケファノスの方からイグノアと距離をとる。
「うぐ…………ぐあぁ………」
だが、イグノアはジャスティスソードを手にしたままうめき声を上げている。
眩しさから状況を視認するのは困難だった。イグノアに何が起きてるのかわからないまま、それは起きる。
ケファノスとイグノア。魔王と勇者の二人の身体が、ジャスティスソードの光に反応して宙に浮く。
「クソッ………身体が動かん……!」
自由にならなくなったケファノスの身体。
徐々に大きくなる不思議な金属音が、イグノアのうめき声を掻き消し、意識を奪う。
勝敗の着かぬまま、やがて二人は光に呑まれて行き姿まで消す。
ジャスティスソードと共に………。