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次の休日、わたしはお見送りだけしようと、朝だけお仕着せに着替えてルーク様を玄関で待ち構えていた。
支度を終えたルーク様が、わたしの姿を見つける。
「サリーが今日はニーナが休みの日だと言っていたが、違うのか?」
ルークは白い手袋を着けながら、わたしに声を掛けた。
そこへ、フランクさんやサリーさんも見送りにやって来る。
「いいえ。お休みですけど、ご主人様をお送りしようと出てきたんです」
「なんだ。部屋でゆっくりすればいいのに。いくら今日は登城する予定とは言っても、今日の予定は王と王太子との会談だけだぞ」
ルーク様はわたしがローゼリア様とのことを心配して、見送りにきたんだと思っている。
「いいえ。違うんです。わたしがルーク様をお送りしたかっただけなんです」
今日はお兄様と会う日だから。
何を話してもお兄様は悪いようにはしないと思うけど、それでも不安は拭えない。
だって、わたしはここではありえないな存在だから。
ルーク様は微笑んでわたしの頭にポンポンと手を置く。
「そうか。では、今日はみやげを買ってきてやる。夜遊びなどしないで、早く屋敷に帰っているんだぞ」
ルーク様は身なりを整えて、「行ってくる」とだけ言って、馬車に乗り込んで行った。
わたしはお仕着せから淡いグリーンのワンピースに着替え、お兄様が迎えに来るのを部屋で待っていた。
いつもは髪を後ろで一纏めにしているが、今日は仕事ではないので、久しぶりにハーフアップにして、ワンピースと似た色合いのリボンをつけてみた。
お兄様に会ったら、何を言われるんだろうと考えると不安で、いつもしないような髪をいじってみたり、ちょっとリップをつけてみたりと、何かをしていないと、ドキドキが止まらないような気がした。
コンコン、とわたしの私室のドアがノックされる。
「はい」
ドアを開けると、そこにはサリーさんが立っていた。
「ミラー子爵のご子息がニーナを迎えに来ているのだけれど……。ニーナ、どういうこと?」
サリーさんはわたしの姿を見て、目を丸くしていた。
「えーっと、ミラー子爵のお嬢様がご出産されたとかで、お祝いの品をうちの商会で買ってもらうことになり……」
大嘘だけど。
なんとかサリーさんも納得してくれそうな言い訳を絞り出し、それを言うとサリーさんは納得してくれたようだった。
「それならいいんだけど……。まあ、オリバー様ならニーナを連れて歩いても安心だけど。貴族と恋仲になっても、いいことばかりではないのよ。わたしたちとは身分が違うから。まあ、子爵家のオリバー様なら、悪いようにはしないと思うけど……ちょっとお年が離れてる気はするけど」
「サリーさん。別に、オリバー様と恋仲になりたいなんて思っていませんから安心してください」
わたしがきっぱり言い切るも、サリーさんは納得していない様子……。
「でもねぇ。ニーナがそんなにオシャレしているところ、ここに来てから初めて見るわよ」
サリーさんに指摘されて自分の格好を見ると、確かに張り切ってオシャレしたっぽい感じに仕上がっている。
手持ち無沙汰でやってただけなんだけど……。
「えーん、サリーさん! 着替え直すからオリバー様に待っててくださいと伝えてもらえますか!?」
わたしが服を脱ごうとすると、慌ててサリーさんが止める。
「なに言ってんの! もうすでにお待ちいただいているんだから、すぐに行きなさい!」
わたしはサリーさんに追い出されて、玄関までこの格好で行くこととなった。
「お、お待たせしました」
気合入れ過ぎた姿が恥ずかしくて、モジモジとお兄様の前に出ると、お兄様は目を細めてわたしを見ていた。
「よ。じゃ、行くか。ミラー子爵家へ」
「えっ、ミラー子爵家に行くんですか?」
「なに? なんか都合悪いか?」
「いえ、そういう訳では……」
わたしがモジモジしていると、お兄様が手を差し出してくれる。
その手を取り、わたしたちは歩き出した。
貴族紳士の休日、といった感じのラフな服を着ているお兄様と、平民で一生懸命着飾りました的なわたしは、案外バランスが取れて、ふたりで歩いていても違和感がなさそう。
手を引いてもらって馬車まで行くと、懐かしいミラー子爵家の家紋がついた馬車が停まっていた。




