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お父さんは、ルーク様がお買いになったものを次の日にはディヴイス家に運んでくれた。
別棟の方に持ち込んでもらって、ルーク様がチェストなど包まれていないものの実物を確認して、お姉様宛の手紙をつけて、送っていた。
もちろん、わたしがこっそりと追加したハンカチは、衛生用品であるから包装は解かれないので、ルーク様にバレていない。いぇい!
そして、最近ルーク様とお顔を合わせる機会が増えて、わたしは嬉しい。
やっぱり、専属になったからだろうな。
ルーク様のお部屋にお花を飾る。
お庭には少しずつお花が咲き出して、昔のお庭を思い出させる。
気のせいか、ルーク様のお顔にも、少しずつ笑顔が見られるようになった。……気がする。
今日も花瓶も磨いて、ベッドシーツを交換している時に、ルーク様がご帰宅された。
平日の真昼間にお戻りになられるなんて、珍しいことだ。
部屋で仕事をしているわたしを見ると、ルーク様は顔を歪ませた。
「ニーナ、途中なのはわかっているが、このままでいいから出て行ってくれないか」
「えっ、」
突然言われて、わたしが固まってしまうと、ルーク様はわたしを見て、辛そうに目を細めると、もう一度、今度は小さな声で言った。
「……出ていってくれ」
「は、はいっ!」
ルーク様の様子に、わたしはびっくりして替えたシーツを抱えて慌てて出て行った。
シーツをぎゅっと抱きしめて、トボトボと廊下を歩く。
何があったんだろう。
そのまま、シーツを洗うために、別棟の裏口から洗濯場に行き、ゴシゴシとシーツを洗った。
わたしは無力だ。
ルーク様に何かあっても、何もしてあげられることがない。
光の魔法で、心の痛みも取り除ければいいのに。
シーツを干した後、わたしはルーク様のお部屋の近くに戻って、お部屋の前の廊下の掃除をすることにした。
中の様子が気になるけれど、わたしがルーク様に背いて部屋の中に入ることはできない。
窓を磨いていたり、廊下を掃除したりして、ある程度時間が経った頃、ルーク様のお部屋からベルの音がした。
そっと、ドアを開ける。
「ルーク様、お呼びでしょうか」
頭を下げて言うと、ルーク様が机の前の椅子から立ち上がった。
「さっきはすまない。八つ当たりをした」
すぐ側までやってきて、わたしの頭を撫でてくれる。
「何か、あったんですか?」
ルーク様は手を引っ込めて、疲れた顔で微笑んだ。
「ん、まあな」
「大丈夫ですか……?」
今度は、優しそうな笑顔をわたしに向けてくれた。
「大丈夫だ。ちょっとイラついただけなんだ。ところで、そのせいで昼を食べ逃した。もし良ければ、作ってきてもらえないか?」
「もちろんです。あ、でもわたしが作れるもののんて、軽食くらいしかないので、料理長に言って何か作ってもらってきましょうか?」
時間はもう夕方と言っていいほど遅い。
昼を食べ逃してしまったのなら、相当お腹が空いているはずだ。
「いや、ニーナが作るものがいい。ホットケーキを焼いてもらえないか?」
「ホットケーキ……」
いやもう、そのくらいでいいんなら、いくらでも焼くけれども!
わたしは急いで別棟の厨房に行った。
本館の方は今頃夕食の準備で大変だろうけど、別棟は本館から運ばれた料理を温めたりする簡単なことしかしないから、今は人がいない。
急いで作らないと、本館での作業が終わったら、こちらにも調理の人が来てしまう。
棚から小麦粉を出して、分量を計る。
わたしが作るホットケーキのレシピは、前世のレシピだ。
一応、ミラー子爵家の料理長に教わったから、美味しいはず。
でも、少し多めに焼いて味見をしてみると、やっぱりこの間ルーク様に連れて行ってもらったカフェのホットケーキの方が美味しかった。
うーん。
わかってはいても、やっぱりくやしい。
プロと張り合うなって話だけど。
焼き立てのホットケーキをワゴンに乗せて、紅茶とミルクとはちみつと共に、ルーク様のお部屋に持って行った。
「ルーク様、お待たせしました」
わたしがルーク様のお部屋のテーブルにホットケーキと紅茶を並べると、強張っていたルーク様の頬が少し緩む。
長椅子に腰掛け、ホットケーキを一口食べると、ルーク様は一息ついた。
「ああ、食べるものが美味いと感じられるってことは、オレは生きてるんだなと思うよ」
美味しいという言葉とルーク様の顔は合っていなくって、ルーク様は泣きそうな顔でわたしに笑いかけていた。
ルーク様に何があったのか、その顔を見たわたしには、聞くことができなかった。




