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「お母さん、ただいまー」
わたしは普通に商会の店舗の方へ入って行った。
わたしの声に、会計でレジを打っていたお母さんは、手を止めて顔を上げる。
「ニーナ……」
すぐにもわたしのところに走って来たそうだったけど、そこは商売人。
きっちりとレジを打って、お客様に品物を渡してから、わたしのところまで走って来て、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「おかえりなさい! ニーナ。帰ってくるなら連絡くれれば、ニーナの好きなもの作って待ってたのに」
ぎゅっと、抱きしめられて、わたしは苦しがりながらも、幸せな窮屈さに笑みをこぼす。
「違うの。里帰りに来たんじゃなくってね、ルーク様のお買い物にきたの」
「え? ルーク様?」
お母さんが顔を上げると、ルーク様は入り口から店の中に入ってきた。
「わたしがルーク・ディヴイスだ。娘御をお預かりしている」
ルーク様が名乗ると、お母さんは顔を青くして頭を下げた。
「こっ、こんな狭いところに! あの、わたしはニーナの母でございます。娘がお世話になっております」
どもりながら挨拶するお母さんを、ルーク様は笑顔で見ていた。
「いや、こちらこそ。ニーナにはよくしてもらっている」
「いえいえ、そんな。何もできない娘で」
緊張して何を言い出すかわからないお母さんを、ギロリと睨む。
「お母さん! わたし、ちゃんと働いてるわ」
「何言ってんの。あんたなんかまだまだ子どもなんだから、謙遜しとくくらいでいいのよ」
……お母さん。謙遜してるって、ここで言っちゃダメじゃん……。
ほら、ルーク様が肩を震わせて笑ってるわよ。
「くっくっくっ」
「ルーク様。笑い声、漏れてますよ」
「あ、ああ、すまない」
予定外の親子コントを繰り広げた後、わたしはお母さんに事情を話して、別にある商談室に通してもらった。
「ここは、貴族の方が商品を見に来た時に使うんですよ」
わたしはそう言って、部屋の中のソファにルーク様を案内した。
テーブルを挟み、6人で話ができるように3人がけのゆったりとしたソファが両側に置いてあるが、わたしはルーク様の向かい側に腰を下ろした。
すぐにノックの音がして、お父さんとお母さんが手に商品を持って入ってきた。
そして、わたしの隣にふたり並んで立つ。
「ルーク様。初めてお目にかかります。わたくしがニーナの父、ニルスでございます。娘ともども、お世話になっております」
ふたりは深々と頭を下げた。
「ともども……?」
不思議そうな顔をしているルーク様。
きっと、ルーク様の家にどこの商会が商品を卸しているかなんて、知らないんだ。
「ルーク様、ディヴイス家で購入していただいている商品は、うちから買っていただいた物もたくさんあるんですよ。例えば、食器とかカーテンとか」
「そうだったのか……。ニルス殿、失礼した。家のことはフランクに一任しているもので。大変申し訳ないことをした」
ルーク様が頭を下げそうになるのを、お父さんは慌てて止めた。
「ルーク様、次期侯爵様が簡単に頭を下げてはいけません。ましてや、わたくしどもは平民です。お気持ちだけ、有り難く受け取らせていただきます」
そして、やっとお父さんとお母さんはソファに座った。
お父さんとお母さんは、テーブルの上に多くのベビー用品を並べた。
「さあ、ルーク様。お手に取ってごらんくださいませ。取っておきの品を持ってきました」
赤ちゃん用の品物は、鮮やかで色とりどりだ。
一つ一つ、お母さんがルーク様に説明する。
「こちらはベビーベッドの上に吊るしておくものです。メリーといいます。これが揺れるのを、寝ている赤ちゃんが見て楽しむものです。それから……」
お母さんが商品の説明をする中、わたしはあるものを探していた。
「ねえ、お父さん。アレがないわよ。ほら、仕入れた時にわたしが絶賛したヤツ」
「え? ニーナ、そんなものあったっけ?」
「特殊な技法で編んでいるから、肌触りがいいってお父さん言ってたアレよ」
「えー?」
思い出さないお父さんに、仕方なく一緒に在庫置き場に取りに行くことにした。
「じゃ、ルーク様。ちょっと席を外しますね。お母さん、少しの間、よろしくお願いします」
そして、わたしはお父さんと在庫置き場に向かった。