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その男の人は、目にいっぱい涙を浮かべて、噴水の中まで走ってやってきて、わたしを後ろからギュッと抱きしめた。
「ジーナ、ジーナ。あぁ、今日は消えないんだな。やっと、オレを迎えに来てくれたのか」
わたしは走り込まれた時に立った水しぶきで、全身ずぶ濡れになっていた。
それよりも、この男の人は……。
「ルーク、様?」
おそるおそる後ろを振り返り、わたしが小さな声で言うと、ルーク様は抱きしめた腕はそのまま、顔を離してわたしをじっと見つめた。
「ジーナ?」
「はい……」
わたしは思わず返事をしてしまったけど、ルーク様はわたしがジーナじゃないことがわかって、パッと腕を離した。
「す、すまない。人違いだ」
ルーク様は哀しそうな顔をして笑った。
「オレのせいで濡れてしまったな。今人を呼ぶ」
濡れた髪をかき上げるルーク様は、水しぶきでキラキラ光って、わたしは思わず見惚れてしまった。
あの頃とは違って背も伸びて、顔付きも大人っぽくなった。
声だって、低く響いて頭から離れないくらい魅力的になった。
あぁ、大人になったルーク様だ。
会いたかった。
ずっと、同じお屋敷にいるのに、会いたいのに会えなかったルーク様。
思わず、わたしの目から涙が溢れた。
ポロポロ、ポロポロ次から次へと溢れていった。
逢えた。やっと、あなたに逢えた。
「ねぇ、キミどうした?」
泣き止まないわたしに、ルーク様が怪訝そうに顔を覗き込む。
「いえ、なんでもないです。すみません、感動して泣いてしまっただけです」
わたしは慌てて頭を下げた。
今のわたしはルーク様の婚約者じゃない。
ただのメイドだ。
「感動……? あぁ、最近第二王女の婚約者を見て感動する者がいたな。オレはそんなに大層なもんじゃないし、王女の婚約者ではあるが、結婚するとは限らないぞ」
「いえ、王女様の婚約者だから感動していた訳ではありません。こちらにお支えして、初めてお目にかかれたのでそれで。本当に申し訳ありません。突然泣き出して、驚かれましたよね」
「いや、突然噴水の中に入ったオレが悪かった。こんなところで何を?」
ルーク様が訝しげな目を向ける。
「あ、噴水の中に落ち葉が入っていたので、拾ってたんです」
「キミ、もしかして庭を掃除してたりする?」
「はい。こちらのお庭は、どなたもご覧にならないとは聞きましたが」
昔のお庭を知っているから、悲しくて。
わたしは言葉を途中で止めた。
ルーク様はそれに気がつき、何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。
「は、くちゅん!」
わたしがくしゃみをすると、ルーク様は慌ててわたしを横抱きにした。
「すまん。濡らしたままで話し込んでしまった。急いで屋敷に戻るぞ」
急に抱き上げられてびっくりしたわたしは、うっかりルーク様の首に抱きついてしまった。
「あっ、申し訳ありません。あの、大丈夫ですから下ろしてください」
わたしを抱き上げたまま、颯爽と歩くルーク様は、ちらりとわたしを見た。
「バカか。このままでは風邪をひく。早く着替えをして、暖かい部屋で休め」
久しぶりにルーク様からバカと言われた。
今世でも、わたしはルーク様からバカと言われる運命らしい。




