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 自室に戻ってまだ止まらない涙を拭っていると、コンコンっと軽くドアがノックされる。


 さっきまで大泣きしていたわたしは、鼻声で返事をした。

「ジーナ、どうした?」

 入ってきたのはオリバーお兄様とエマお姉様だった。


「まあっ、こんなに目が赤くなるまで泣いて! そんなに婚約が嫌なら、わたくしがお父様に言って、破棄していただくようにお願いしますわ!」

 わたしの目を見てビックリしたお姉様は、ベッドに座っていたわたしの手を取り、両手をしっかり握りしめてくれる。

「違うの。お兄様、お姉様。わたしのこんやくしやとなられたルーク様の生い立ちを聞いて、悲しくなったの。こんやくが嫌で泣いていたんじゃないの」

 エマお姉様がわたしの隣に腰掛けると、オリバーお兄様はわたしの文机のイスに腰掛けた。


「まあ、オレも噂でしか聞いたことしかないけど、侯爵家は大変そうだけど……ジーナが選んだ道なら、オレは応援する」

「お兄様! まだジーナは5歳ですのよ? わたくしは反対いたしましたのに、婚約してしまって……」

「エマ、貴族の政略結婚とはそういうものなんだけど……。生まれた瞬間から相手が決まっているのも普通だし」

「そんなの、知りませんわ」

 エマお姉様は、プイッとオリバーお兄様から視線を逸らした。


「オリバーお兄様、エマお姉様、まだルーク様とはお会いしたばかりなので、好きも嫌いもありませんが、こんやくしやとして良い時間を過ごそうと思っています」

 まだ目は赤いけど、わたしはしっかりと2人の目を見て言った。


「でも、ルーク様のお顔は、とても恐ろしいと聞きましたわ。大丈夫ですの?」

 お姉様が心配そうにわたしの顔を覗き込む。

「大丈夫です。ルーク様の瞳はとてもきれいでした。ただ、顔に火傷の跡があるだけです」

「そうなの?」

「そうです」


 うちのお兄様とお姉様も、わたしと同じ考えらしく、火傷の跡くらいではなんとも思わない人たちだ。

「とても恐ろしいと聞いていたので、口が耳まで裂けているとか、ツノが生えているとかなのかと思っていましたわ」

 お姉様が大袈裟にホッと胸を撫で下ろすと、お兄様があきれたような声を出した。

「エマ、それはみんなが噂している、学園の七不思議に出てくるモンスターじゃないか」

「だって、恐ろしいって言ったら、こういうのしか思い浮かばなくて」


 頬を膨らますお姉様が年上なのに可愛らしくて、わたしは思わず笑ってしまった。


「もうっ! ジーナまで酷いですわ!」

「ごめんなさい」

 わたしが謝ると、すぐにお姉様はわたしを抱きしめた。

「ジーナ、婚約しても、結婚しても、あなたがわたくしの可愛い妹であることに変わりはないのよ。何か困ったことがあったら、必ず相談してね」

「そうだぞ、ジーナ。いつまでもジーナは可愛いオレたちの妹だ。何があっても、それは変わらないからな」


「……はい。おにいさま、おねえさま」

 暖かいその感触に、これをルーク様にも分けてあげられたらいいのにと思うと、また涙が溢れそうになった。





 こんやくしやとなって、初めてディヴィス侯爵家を訪問することになった今日、おひさまはサンサンと輝いて、いいお天気だった。


 侍女であるメルを連れて、侯爵家の門を叩いた。

 門番さんにメルが、婚約者であるわたしが訪ねてきたと言ってもらうと、侯爵家への挨拶は不要と言われた。

 ミラー子爵家の次女が婚約者であることは家中の者に言ってあるので、好きに入ってくれて構わないと、そう言われたのだ。


 わたしを乗せた馬車は、本館の停車場には停まらず、そのまま奥へと誘導されて行った。


「なんか、挨拶不要ってやな感じですよね」

 メルは少し頬を膨らませる。

「メル、それはわたしの言うことよ。侍女であるメルは、そんなわたしを怒らなくっちゃ」

「でも、うちのお嬢様を蔑ろにされているような気がして、やな感じです」


 わたしは挨拶がいらないと言われたのが、わたしに対してのことなのか、ルーク様に興味がないことの現れなのか、わからなくてそれ以上は何も言わなかった。


 別棟まで来ると、馬車を降りてその中に入った。

 別棟とは言うものの、うちの本館と同じくらいの広さがあって、侯爵家がすごいのか補助金を出した王家がすごいのかよくわからないけど、とにかくすごいなと思った。


 わたしとメルが入ってすぐのホールで待っていると、侍女長らしき人が現れた。

「申し訳ございません。ジーナ様。ぼっちゃまは部屋から出たくないと言っておられて、こちらには来られません」

「え……」

 わたしは会いたくないと言われたようで、ショックで口を開けたまま、その場に立ち尽くした。


 メルが侍女長に、わたしの代わりに尋ねる。

「婚約者のジーナお嬢様が来ているのです。その事は言っていただけましたか?」

 白髪混じりの髪をひっつめて背筋をピンと張っている侍女長は、表情を変えずに「お伝えしました」とだけ答えた。


「お嬢様、仕方ありません。今日のところは帰りましょう」

 メルがため息混じりにそう言うけど、わたしは素直に肯けない。


「わたしはこんやくしやです。ルーク様のお部屋まで、行ってはダメでしょうか?」

「お嬢様!」

 侍女長に食い下がるわたしを、メルが止める。

「いくら幼いとはいえ、婚姻前の男性の私室にはいるなんて! もし、婚約が破棄されたらどうするおつもりですか」

「こんやくはなくならないわ。わたしはルーク様と結婚します」

「お嬢様、結婚と言うものは片方だけの都合でできるものではないのですよ?」

「でも、ディヴィス家にとってはわたしが最後の光の術者よ。ディヴィス家から断られることはないわ」

 わたしがダメなら平民からこんやくしやを迎えると言っていた。

 貴族である以上、貴族との結婚を望んでいるはず。


 多分、わたしが最後の光の術者というのは侍女長も知っていたのだろう。

 わたしをルーク様の私室まで、案内してくれるという。


 でも、貴族の私室に他家の侍女であるメルを連れて行くことはできなくて、メルは一階の使用人待機場所で待つ事になった。

 ブツブツ文句を言っていたけど、わたしはなんとかルーク様に会うことができる。


 そうして、案内されたルーク様の私室は、昼間だというのにカーテンが引かれ、薄暗いところだった。

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