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ルーク様は、ローゼリア様の言うことを鼻で笑った。
「何が婚約だ。オレとの婚約を断ってきたのはそっちだろ」
ローゼリア様は、ルーク様の冷たい視線をものともせず、淡々と話す。
「おまえのその顔が気持ち悪かったのだから、しようがあるまい。でも治すことができ、もうじき跡も全部消える。おまえは学園での成績もいいようだし、傷跡さえなければ顔も悪くはない。剣も一回生で剣術大会三位と聞く。わたくしが降嫁するとしても、侯爵家ならば公爵に爵位を上げることもできる。おまえとて、子爵のような平民に近い身分の者より、わたくしのように美しく血筋も確かなものと婚姻を結ぶ方がどれだけ良いか」
ルーク様はわたしを後ろ手に隠したまま、わたしの手を握る。
「あいにくだが、爵位が上でも下でも関係ない。オレはジーナとの婚約を破棄しない」
「それではわたくしが困る」
困る?
「それは何故だ?」
わたしの疑問をルーク様がローゼリア様に投げかける。
「わたくしにも婚約の話が出てきている。ソフィアお姉様は隣国の第一王子との婚約が決まっている。第一王子は、お姉様との婚約を持って、王太子となることが決まっている。わたくしは光の術者だから、ルークがジーナとの婚約を万が一破棄した時に婚約できるように、婚約者を決めていなかった。だが、ルークがもう12歳になるというのに、ジーナとの婚約は破棄されない。王室はもうルークがこのままジーナとの婚姻をすることを認め、わたくしが英雄に光の加護を与える役目を諦めたのだ」
いやあ、まだローゼリア様との婚約を王室が企んでいたとはびっくり。
にこやかにわたしたちミラー子爵家を応援する一方、隙があればローゼリア様をルーク様の婚約者に再度推そうと思っていたのか。
「そこでわたくしも、別の婚約者を探さなければならなくなったが、ルーク以外で政略結婚が成り立つのは海の向こうのペルジャ国の王太子くらいだ」
ローゼリア様は、眉を寄せて吐き捨てるように言った。
ペルジャ国の王太子様。
わたしも話は聞いたことがあるけど……。
ペルジャ国は王と王妃の間には王太子一人しか子どもが生まれなかった。
甘やかしに甘やかして育てた15歳になる王太子は、とても太っていて15歳には見えないほどらしい。
厳しく育てられなかった王太子は、学園にも真面目に通わず、頭の出来もよくないそうだ。
それでもたった一人の後継者は、そのまま王太子として不動の地位を築いている。
ただし、現国王が崩御すれば瞬く間にその地位は奪われるだろうというのが、近隣諸国の見方だ。
そうならないために、後ろ盾のしっかりした国の王女を王太子妃として迎えたいと、やっきになって王太子妃候補を探していると聞いている。
ルーク様はニヤリと笑ってローゼリア様を見た。
「いいじゃん。ボンクラ王太子と結婚して幸せになりなよ」
ローゼリア様はカッと顔を赤くして、パチンと扇子を鳴らした。
「ルーク、不敬であるぞ」
不快感を露わにしたローゼリア様は、扇子を持つ手をワナワナと震わせる。
「どちらにしても、オレには関係ないんで。いくぞ、ジーナ」
ルーク様はわたしの右手を取る。
「痛っ」
「ごめん」
取る手を左手に変えて、ルーク様はわたしを連れて部屋を出た。
ドアを開いた所で、モニカ様が紅茶をワゴンに乗せて押してくるのが見えた。
「ルーク様、もうお帰りですか? お茶が入りますが」
ルーク様は、またわたしを後ろに隠す。
「モニカ嬢。君はローゼリア殿下の侍女にでもなったのか」
モニカ様はにこりと笑う。
「侍女? 侍女ではありませんわ。でも、自分の意思を通すためにはプライドを捨てることも必要だと思っていますのよ」
「……ジーナへの復讐か? それは逆恨みだ」
モニカ様はにこやかだった笑顔を、薄暗い笑みに変える。
「さぁ? どうでしょうかね」
「行くぞ、ジーナ。こんな胸糞の悪い所には、1秒だって居たくない」
ルーク様はモニカ嬢からわたしを庇うように、わたしの腰に手をあてて、ピッタリと体をつけたまま、外まで急いで出た。




