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ルーク様の剣術の授業を見て、ローゼリア様が何を思ったのかは、わたしにはわからない。
それからも、度々理由をつけてはルーク様を眺めるローゼリア様の噂がわたしの耳に入った。
ルーク様を虐める隙を狙っているのだろうか。
そんなある日。
今日の最後の授業である光の授業が終わると、ローゼリア様がモニカ様を伴ってわたしの席に近付いてきた。
「あなたがジーナ・ミラーさん?」
扇子を片手に、興味なさそうにローゼリア様はわたしに声を掛けた。
たった6人しかいない生徒なのに、本当にわたしのことを覚えていないのだろうか。
わたしは教科書を鞄に入れる手を止めて、立ち上がって腰を折った。
「はい。ジーナ・ミラーです。ローゼリア様にはご機嫌麗しく」
「久しぶりね。最後に話したのは、確かバケモノとあなたが城の庭で遊んでいた時かしら。ところで、あなたとルークはまだ婚約者なのよね?」
「はい」
「では、ルークに伝言を頼めるかしら。東棟のサンルームに来るように言ってちょうだい」
わたしは顔をあげてローゼリア様を見た。
扇子で口元を隠しているため、表情が読めない。
教室に残っていた生徒は、わたしとローゼリア様を遠巻きに見て、そそくさと全員教室を出て行った。
「ロ、ローゼリア様。ルーク様に何かご用でしょうか? もし、よければわたしが代わりにいたしますが」
何か使いっ走りにするようなら、わたしが代わりにする。
ルーク様に嫌な思いだけはさせたくなかった。
ローゼリア様は眉を寄せて扇子を右手に持ち替えて、左手に叩きつけてパシッと音を鳴らした。
「わたくしの言うことに逆らうの?」
不快感を露わにしたローゼリア様に、わたしは一歩後ずさる。
「いえ、決してそのようなことは……。何かわたしでできることでしたら、ローゼリア様をお待たせすることもないかと」
「余計な気を使う事はありません。いいからルークを呼んでいらっしゃい」
ローゼリア様はそう言い捨てて、身を翻して教室を出て行った。
どうしよう。
ルーク様に伝えるべきか、それとも先生に言って、助けてもらうべきか。
でも、先生も王族という地位の前に、必ずしもわたしたちの味方をしてくれるとも限らない。
どうしたらいいの……。
鞄を持って、トボトボと自分の本来の教室へ戻ると、ざわめく生徒たちとルーク様が、何かを話して笑っているのが見えた。
やっと、みんなとも打ち解けて楽しそうにする姿を見られるようになったのだ。
東棟へはわたし一人で行こう。
ルーク様は体調を崩されたとか、なんとか言って許してもらおう。
……何をやらされるのかはわからないけど。
入口からゆっくり入り、自分の席に着くと、それに気付いたルーク様がわたしの席まで歩いてきた。
「ジーナ、具合でも悪いのか? 顔が青いぞ」
さっきから、自分でも血の気が引いているのはわかっていた。
原因もわかっているので、曖昧に笑顔を浮かべる。
「なんでもないです。それよりルーク様、今日はお一人でお帰りいただけますか? お待ちいただいていたのに申し訳ありませんが、お顔の治療はまた明日にしてもらってもいいですか?」
わたしがそう言うと、ルーク様はわたしの額にそっと手をあてた。
「熱はないな。具合が悪いなら尚のこと一緒に帰ろう。女子寮まで送っていくよ」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
だって、ルーク様が一緒に来たんじゃ意味がない。
「一人で帰れます」
わたしがそう言って笑うと、ルーク様はじっとわたしの目を見つめた。
「そうか。ジーナがそう言うなら」
それまで優しかったルーク様の瞳は、仮面の奥で震えるくらい冷たい視線に変わり、表情のない顔でわたしを見た。
長い間ルーク様と過ごして来たけど、こんなに冷たい視線を向けられたのは初めてだった。
何か、誤解されてしまったかもしれない。
それでも、ルーク様を連れて、ローゼリア様の前に行く勇気は、わたしにはなかった。