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結局、何度も婚約解消するようにフリーク侯爵家からは圧力を掛けられてたが、子爵家にしては資産も権力もあるお父様は、それを跳ね除けてくださった。
どんなにフリーク侯爵家の方がうちより身分が高くても、ルーク様の家が同じ侯爵家である限り、デイヴィス侯爵家がうんと言わなければ、フリーク侯爵家にはどうすることもできないのだ。
デイヴィス侯爵様は、ルーク様の意見を汲んで、わたしとの婚約をこのまま進めてくださると言っていた。
心配ごとがなくなり、わたしとお姉様は建国祭のことで頭がいっぱいだ。
建国祭では、年に一度だけ、子どもでも夜のパーティーに参加してもいいことになっている。
その代わり、始まりの時間は早く、終わりの時間も早い。
それでも、わたしたち子どもは夜更かしができる唯一の日であり、大人のように着飾れるとても楽しみな日なのだ。
「ジーナ、建国祭のパーティで着るドレスはお揃いにしましょうよ」
「お姉様、わたしがお姉様と同じドレスを着たら、比べられてしまうじゃないですか。お母様似のお姉様は美人と噂されていていいですけど、お父様似のわたしは、比べられるのがつらいです」
家に仕立て屋を呼んで、家族みんなの衣装を作ることになった我が家では、久しぶりにお兄様も帰って来て、仕立て屋さんのいる応接室は大賑わいだ。
お父様が悲しそうな顔で、わたしの隣にやってきた。
「ジーナはお父様に似ているのは嫌かい?」
「そういうことではありません。美人と誉れ高いお母様に似たらわたしも美人だったかなって思っただけです。お父様のことは大好きですし、お兄様もお父様に似ているんですもの。この顔は気に入っています。でも、美人じゃないのも知っているんです」
お兄様も悲しげな顔で、わたしのところに来た。
「それは暗にオレもイケメンじゃないって言ってるのか?」
「そうじゃありません。お兄様のお顔も大好きですよ。男らしくて。ただ、女の子向けの顔じゃないですよね」
お兄様は、14才になり、お顔が凛々しくなった。
背も伸びて、ちょっぴりカッコよくなったかもと思っているのは内緒だ。
「そういうことならいいか。でも、女の子は成長と共に顔が変わるぞ。ジーナも年頃になったら母上の顔に似てくるかもしれないからな」
「そうですか? だといいんですけど」
お兄様の話によると、10才で入学した時の同級生は、蛹が蝶になるように別人になった娘もいるらしい。
10才と14才では、やっぱり違ってくるのかな。それなら、8才の今イモムシでも、14才になったら蝶々になれるのかな。
お父様似のわたしは、せめてドレスくらいは女の子らしいものをと、ピンクのレースのドレスに決めた。
「と、言うわけで今年のわたしはピンク魔人です」
わたしがルーク様にこの間のドレスの話をすると、ルーク様は笑い転げた。
「言うなあ。ジーナは。ミラー子爵殿は、さぞかし落ち込んだだろうな」
「本当の話ですから」
わたしがツンとすましてそう言うと、ルーク様は笑いを嚙み殺し……嚙み殺し切れずに、クックッと笑っていた。
今日は、わたしはルーク様のお屋敷に遊びに来ている。
ルーク様の家庭教師が来る日数が増えた関係で、最近は週に一度か二度くらいしか遊びに来られない。
でも、普通の貴族の婚約者同士は、もっと会う機会が少ないというので、不満はない。
コンコンと、ノックの音がして、メイドさんが紅茶を持って入ってくる。
「ああ、ありがとう。サリー」
ルーク様はメイドに声をかける。
「いいえ、ぼっちゃまが楽しそうでよかったです。今日のお茶菓子は何にいたしましょうか?」
「この前、サリーが街に出た時に買ってきてくれたクッキーの砂糖がけがまだあっただろ? あれにしてくれ」
「かしこまりました」
サリーと呼ばれたメイドさんは、腰を折り部屋を出て行った。
わたしはそんな二人のやりとりにびっくりする。
「すごい! ちゃんとルーク様がわたし以外の人ともお話ししてる! 」
わたしがそう言うと、ルーク様は照れ臭そうに笑った。
「前にジーナに怒られただろう? あれから使用人とも少しだけでも話すようにしたんだ。そうしたら、少しずつたわいない話もできるようになった。この屋敷にいても、一人じゃなくなったんだ」
嬉しそうに話すルーク様に、わたしも嬉しくなる。
ルーク様は今まで、ご両親とは違う別館で暮らしてきた。
直接ルーク様から聞いたわけではないが、本館に行けば、ルーク様の弟君がお母様に甘えているところを見ることもあったようだ。
心を閉ざして、本館に行っても、別館に戻ってきても誰とも話さず、一人で耐えていらっしゃった。
それが、別館の使用人と笑い合うことができるなんて、すごいと思った。
「ただ、執事のフランクからは、外では使用人と親しく話しちゃダメだと言われた。この屋敷の中だけだ」
「そうですね。外では気をつけた方がいいですね。わたしも、メルと仲良く話すのは、自分のテリトリー内だけです」
それでも、味方がいてくれるというのは心強いことだろう。
「ルーク様のお衣装は今年はどんなのですか?」
建国祭は国を上げての行事だ。
貴族は大人も子どもも全員お城で開かれるパーティには出席しなければならない。
ルーク様は去年も一昨年も、開会式が終わったらさっさと帰ってしまったけど、入場の時はわたしをエスコートしてくれている。
「一緒にいるのは一瞬なんだ。別にどんなものでもいいだろ」
「一瞬でも一緒に並び立つんですよ? お似合いカップルに見えるようにしましょうよー」
「お似合いカップル……」
ルーク様は顔を真っ赤にした。
「バカなこと言うなよ。オレは顔に包帯を巻いての出席だぞ。どんなに衣装だけ合わせても、お似合いになるわけがないだろ」
「そうかなあ。あ、ルーク様、今年は包帯をやめてみたらどうですか?」
わたしが目をキラキラさせて提案すると、ルーク様は嫌そうな顔をした。
「バカ。オレが素顔を晒してパーティに出席したら、ローゼリアにまたバケツ被らされるだろ」
土の入ったバケツを頭に被らされたのは、ルーク様にとってトラウマのようなっている。
「素顔を見せるのではなく、仮面をつけたらどうですか? あの、仮面舞踏会につけるような金とかでキラキラなマスクです。こう、こっちの火傷のないほうにはつけないで、火傷を隠すところだけの仮面を作るのです。包帯は頭全体にぐるぐる巻かないと火傷は隠れませんが、仮面なら火傷の部分だけ着けていればいいのですから」