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 着いた侯爵家のお屋敷は、うちとは比べものにならないほど、立派な物だった。


 ものおじしないと言われるわたしも、今日ばかりはお母様のスカートにしがみ付いて歩いた。


 庭園のガゼボにお茶の用意がしてあり、わたしたち3人はそこに通される。

「お顔合わせが終わったら、この庭園でルーク様と遊んでいいそうよ」

 お母様がそっと耳打ちする。


 馬車の中で、ルーク様はわたしと同じ5歳と聞いていたので、わたしは良い遊びともだちになれればいいなと思っていた。


 そこに、ディヴィス侯爵と夫人がやってきた。

 わたしとお父様、お母様は立ち上がり、侯爵様にご挨拶をする。


 もちろん、わたしもたくさん練習したように、上手にカーテシーをした。……つもり。

「ミラー子爵家次女、ジーナ・ミラーと申します。以後、お見知りおきを」

「そう、よろしく」


 わたしが一生懸命に挨拶をしているのに、にこりともしない侯爵夫妻は、それだけ言って席についた。


 お茶会が始まったけど、今日はわたしのこんやくしやとの顔合わせだったはずなのに、まだここには現れなかった。

 薔薇が見事に咲いているこの庭園には、わたしたちミラー家の3人と、侯爵夫妻。

 あと、侯爵家の使用人が何人かいるだけ。


 キョロキョロとあたりを見回すと、侯爵夫人がわたしをチラリと見た。

 その視線に気がついたお母様が、そっとわたしの手に触れて、しっかり前を見るようにと視線で言う。


 ティーカップのお茶を、半分いただいたところで、侯爵家の執事らしき人がやってきて、侯爵に耳打ちした。

「ルークがきたようだ。ジーナ嬢、お待たせしたね」

 侯爵にそう言われて、後ろを振り返ると、侍従に先導されて、小さな人影が近付いて来るのが見えた。


 あれがわたしのこんやくしや様ね。

 わたしはイスから降りて、カーテシーをする。

「ミラー子爵家次女、ジーナ・ミラーと申します。以後、お見知りおきを」

 わたしがご挨拶したのに、相手からはなんの反応もなかった。


 不思議に思って顔を上げると、わたしはびっくりして悲鳴を上げてしまった。

「ひっ!」

 こてんとその場に座り込んでしまう。


 わたしの目の前に立っていたのは、顔半分が酷く焼け爛れ、肉は引きつれてケロイド状に赤黒くなった皮膚に覆われた男の子だったのだ。


 金色の髪に深い森のような緑色の瞳がとても綺麗だったけど、先に火傷の跡が目に入ってしまい、へたり込んでしまった。


「ちっ!」

 男の子は舌打ちをすると、庭園の薔薇の向こうに走り去ってしまった。


 どうしよう。

 傷つけてしまったかもしれない。

 だって、舌打ちをしたあの子目は、泣きそうだったのだ。



 侯爵夫人は扇を口元にあて、ため息を付いた。

「またですの? これで6人目。いつになったら婚約者が決まるのかしら。だから、火傷は隠すように言ってもあったのに」

 侯爵は夫人の言葉に眉を寄せる。

「口に出すんじゃない。小さな子があの子を拒絶しても責められるものではない。貴族の子女は諦めて、平民の光の術者を探すしかないだろう。なに。礼金をはずめば、誰かしらが婚約してくれるさ。すまなかったね、ミラー子爵。ご足労いただいたが、もう帰っても良いよ」


 侯爵の物言いにわたしは改めて驚く。

 ……6人目?


 わたしはあの子を酷く傷付けたと思った。

 これが、過去5回も同じことがあったと言うのだ。

「わたし、ルーク様とお話ししてきます!」

 わたしは立ち上がると、ルーク様が走って行った方へ駆け出した。


 後ろからわたしを呼ぶお母様の声が聞こえた。

 きっと、侯爵様の前で走るなどという淑女のタシナミに反することをしたのを怒っているんだわ。

 でも、それどころではないもの。

 舌打ちをしたあの子の、とても傷ついた目が、わたしの頭から離れない。


 庭園の中の細い道を走り、キョロキョロすると、小さな池のほとりで、あの子が膝を抱えてうずくまっていた。


「ルーク様? ジーナです。驚いてしまってごめんなさい」

 わたしはルーク様の左側に膝をついた。

 ケロイドの皮膚の奥にある、深い海のような青い瞳が、こちらをチラリと見た。

「なんのようだ。オレが怖いんだろう? 傷が汚いと思うんだろう? だったら、放っておいてくれ。お前、子爵家の次女だったな。大丈夫だ。次はまた男爵家あたりの女が来るだろう」


 いえ。次は平民です。とは言えず。


「最初は王家の2番目の姫だった。英雄になる男の婚約者だからな。位の高い娘が王からあてがわれた。だが、オレの顔を見た途端、バケモノと罵り、泣きながら婚約などできないと逃げて行った。あとは侯爵家と二度、伯爵家と二度こんやくの話が出たが、全部同じだ。お前もオレの顔の話は聞いていたんだろう。だったら、最初から来なければいいんだ」

 両手で膝を抱え、ルーク様は膝の間に顔をうずめた。


 なんだ、このいじけ虫。

 わたしは段々と腹が立ってきた。

「てぃっ!」

 ここにはルーク様と二人きり。

 誰も見ていないことをいい事に、軽く頭を叩く。

「何するんだ! 無礼だぞ。子爵家の分際で」

「うるさいです。結婚したらわたしだって侯爵家の人間になるんだから、身分なんて関係ないわ」

「なっ!」

 顔を隠すように膝を抱えて伏せていたルーク様は、驚いたようにこちらを見上げた。

「だって、仕方ないでしょう! 包帯で白いって聞いていたんですもの。白じゃなくてケロイドだったらビックリするわ。色が違うんですもの」

「……は? 色?」


「例えばよ、夕陽はあかね色だってみんな知ってるじゃない? それがある日いきなり緑色になったらビックリするでしょうが」

「は? 緑色?」


 わたしは腕を組んでルーク様を睨みつけた。

 ルーク様はぽかんと口を開けてこちらを見ている。

「色が違うから驚いたのか」

「そうよ。最初からケロイドを想像してたら驚かなかったわ。火傷したらそうなるのは当たり前だし」

「当たり前か……?」

「そうよ。みんなそうなるわよ。知らないの?だいたい、なんで包帯巻いて出てくるって予告したのよ。だから余計にビックリしたわ。見てください。この前、転んだんですけど、膝から血がたくさん出るほどのケガだったんです。治ったんですけど、傷跡が残ってボコボコしてます。わたしだって、ケガしたから皮膚が歪んでます。ルーク様と同じでしょ?」

「自分で治さなかったのか? 光の魔力を持ってるんだろう?」

「たいしたケガではないですし、自分で自分に治癒魔法はかけられないんですよ」

「……そうか」


 ルーク様はまた膝の間に顔をうずめた。

「お父様が勝手に包帯を巻くと言っただけだ。最初の時はオレだって包帯を巻いたさ。でも、王家の姫は、顔が見えないのはミイラみたいだって言うから、包帯を取ったら、悲鳴を上げて倒れたんだ。だから、いっそ最初から隠さずにいようと……」

 ルーク様はこちらを見ていなかったけど、わたしはルーク様に微笑みかけた。

「では、次会う時は、このお顔がルーク様だと覚えておきます。これでもうビックリしたりしません」

「……次って、また来るのか?」

「そうですよ。わたしはルーク様のこんやくしやですから!」

 わたしか胸を張ってポンと胸を叩くと、ルーク様は小さい声で「勝手にしろ」と言った。

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