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 最悪な茶話会の翌週、ルーク様の家に行くと、ルーク様がわたしの頬を見て目を丸くした。


「どうしたんだ? それ」

「ちょっとね。名誉の負傷よ」

「おてんばだなあ」

 くすくすと笑うルーク様。

 ふん。何も知らないで。

 女の戦いがあったんだからね! ……とは言えず。


 ルーク様の部屋で寛いでいると、コンコンとノックの音がした。

 メイドがお茶を持って来てくれたんだ。

 ルーク様はわたしと話していたのとは別人のような冷たい表情で、「そこに置いてくれ」と言った。


 わたしはメイドが部屋を出て行ってから、ルーク様に言う。

「ルーク様、使用人といえど、あの態度は良くないと思いますよ。誰だって冷たくされたら悲しいです」

 ルーク様はわたしのお小言に頬を膨らませる。

「でも、オレだって顔に火傷があって、屋敷中に冷たくされてたんだ。いい顔ができないのは当然だろう」

「それでも、何かしてもらったら感謝の気持ちを持たないと。やられたらやり返すでは、いつまで経っても良好な関係は築けませんよ」

「……わかったよ。ジーナがそう言うなら、改める」


 わたしはルーク様がわかってくれて、思わず笑みが溢れた。


 タイミング良く、お茶菓子を持ってメイドが再度部屋を訪れた。

 まだ年若いメイドは、ビクビクとしながらテーブルにお茶菓子のシフォンケーキを置いた。


「あ、ありがとう」

 ルーク様は耳を真っ赤にしながら、メイドにそう言うと、メイドは目を見開いた。

「は、はい! ぼっちゃま。他にご入用のものがあれば、お申し付けください。では、失礼いたします」

 メイドは一度目のような怯えた表情ではなく、笑顔で部屋を出て行った。


 ルーク様は、メイドが入れてくれた紅茶を飲んでわたしを見つめた。

「やっぱり、ジーナだな」

「何がですか?」

「いや、オレの婚約者はジーナ以外では務まらないということだよ」

「なんですか? 当たり前でしょう。わたしが婚約者なんだから、他の人に務まったら困ります」


 メイドさんが持ってきてくれたシフォンケーキに手を伸ばす。

 そういえば、この前の茶話会ではケーキを食べられなかったから、シフォンケーキが食べられるのは嬉しい。

 デイヴィス家のお菓子は何を食べても美味しい。

 さすが侯爵家だ。


「この前、フリーク侯爵夫妻が娘を連れてうちに来た」

「えっ」

 フリーク侯爵といえば、この前の茶話会でのことを思い出す。

「まさか、婚約者のことで何か言いにきたんですか?」

 わたしが心配そうに尋ねると、ルーク様は目を丸くした。


「よくわかったな。婚約者として名乗りをあげるから、ミラー子爵家との婚約を解消するように言ってきた」


 やっぱり……。

「それで、どうしたんですか?」

 ルーク様はことも無げにため息をついてから、シフォンケーキを手で摘んで口に放り込んだ。

「ルーク様、いくら一口サイズに切ってあるからって、手で食べてはいけません」

「まったく。大事なことを話してるのに、ジーナはジーナだな。もちろん、フリークの申し出は断ったよ。親は乗り気だったけど」

「えっ」


 デイヴィス侯爵様と侯爵夫人が乗り気だったのはショックだ。

 別段、仲良くはなかったが、婚約者として認められていると思っていたのに。


「父上は、オレの後ろ盾になる家は強い方がいいと考えたようだな。オレは魔物を討伐するまでは剣技に全てを注ぐが、その後は侯爵家の執務を執り行う必要がある。実際はどうなるかわからないが、魔物討伐に全てを注いだオレが、執務を執り行う技量が備わっているとは思えない。となると、オレの結婚相手や実家が代わりに執務を助ける必要があるからな。オレとしては、ジーナはオレを助けてくれると思うし、義兄上ももちろん助けてくれると思っているから、別にフリーク侯爵家のような後ろ盾は必要ない。だいたい、ジーナ以外の婚約者はもっと必要ない」

 わたしはルーク様の言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。


 侯爵家と子爵家を比べたら、身分の差は比べるまでもないくらい明らかに我が家が劣る。

 うちは子爵家にしては資産は潤沢にあり、伯爵家に近い家ではあるが、どうがんばっても侯爵家には敵わない。


「どうして、今頃ルーク様の婚約者になりたいなんて思ったんでしょうね……」

 わたしが俯いて呟くと、ルーク様は物知り顔で答えた。

「フリーク侯爵が賭博で借金を作ったからだろ」

「借金? わたしもその話は聞きましたが、借金と婚約とは関係ないでしょう?」

「バカだな、ジーナ。たっぷりと関係あるだろうが。オレと婚約したら、デイヴィス侯爵家からの援助金が期待できるし、英雄の婚約者には国から奨励金が出る」

「えっ!」


 奨励金……そんなものが出ているなんて知らなかった。

 ただ、わたしはルーク様と婚約しただけのつもりでいたのに。


「ああ、誤解するなよ? ジーナの家は奨励金は受け取っていないからな。王家から話は出ていたが、ジーナのご両親は辞退なさった。分不相応なお金は身を滅ぼすからと。実際、ミラー子爵家は地道な努力で資産は伯爵並みにあるはずだから」

 もぐもぐと口を動かし、わたしへの話も止めず。

 ルーク様は器用な方だ。


「なんでそんなにお詳しいのですか? わたしなど、社交の場に多少なりとも出ているのに、あんまり知らなかったです」

 わたしの方が外の世界には詳しいと思っていたので、ちょっと悔しい。


「オレは家庭教師の講義の時に、本館に行くだろ? その時に、使用人達が話していることには耳を傾けるし、家庭教師も社交界での話題はオレに教えてくれる。それに、オレは本館ではあまり喋らないからな。オレをいないものとして噂話をするメイドも多い」

 なるほど……。ルーク様の情報源は、侯爵家の本館だったのか。


「それに、娘にも会ったが、ジーナの方がかわいいしな」

 ルーク様が心から笑ってそう言うので、わたしは頬を赤く染めた。

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