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「お兄様!」

「ジーナ、怒るなよ。オレは取れって言ったんじゃない。取れるかと聞いたんだ」

 それにしたって、ルーク様にとって包帯はみんなに火傷を見られないようにするためのアイテムなのだ。

 さらしものにするようなことを、お兄様が言うなんて!


 わたしがプンプン怒っていると、ルーク様が笑って言った。

「ジーナ、オレは大丈夫だ」

 そうして、くるくると包帯を外していった。


 火傷を消す力は、腕にしか使っていない。

 だから、ルーク様のお顔半分は、今も火傷跡が残ったままだ。

「取りました」

 ルーク様は真っ直ぐにお兄様とお姉様に顔を向けた。


「うん。ジーナの言う通り、普通だな」

「そうね、普通ですわね」

 ふたりは驚きも怯えもなく、ルーク様を見てそう言った。


「……え?」

 ルーク様は掛けられた言葉に目を丸くする。

「いや、ルーク様があまりに表に出て来ないから、貴族の子どもたちの間では、噂が広がっていたんだ。デイヴィス家のルーク様は、化物のようだと」

「お兄様!」

 わたしはお兄様をキツくにらんだ。


「ジーナ、落ち着け。それで、うちのジーナがルーク様と婚約しただろう? 母上に連れられて行く茶話会で、他の貴族の子どもに聞かれるんだ。本当に化物のように気味悪いのかって」


 貴族の子どもは貴族の子どもで交流がある。

 将来、社交界で生きて行く為に、母親に連れられて行く茶話会で、他の貴族の子どもたちと交流をするのだ。

 これが、小さな貴族社会と言われている。


「だけど、オレはルーク様に一度も会ったことがなかったから、何も言えなかったんだ。でも、今度は言えるぞ。別に普通だったって」

 ルーク様はお兄様をじっと見つめた。

「え? 普通?」

 そして、ぽかんと口を開ける。


 今度はお姉様が話し出す。

「そうですわね。化物なんかに見えませんわ。普通ですわね」

「え? え?」

 ルーク様は2人の話を聞いて、キョトンとしている。

 きっと、キツい言葉を覚悟していたんだろう。


「ルーク様、オレたちは、転べは血だらけになるし、火傷したら跡が残るんだ。みんな、誰でも。だから、火傷跡があるからと言って、化物だと言うのはおかしいだろう。これで、オレはオレの目で確認した。今度茶話会で聞かれたら、普通だったって、ちゃんと言える」

「わたくしもきちんと答えますわ。うちの妹の婚約者は、普通の男の子だったって」

 2人はルーク様へ優しく微笑んだ。


「さあ、ケーキを食べたら鬼ごっこしようぜ! ルーク様はいつもジーナと2人じゃ鬼ごっこもできなくてつまんなかっただろ?」

 お兄様はわたしをいじわるそうな顔で見る。

 そして、そんなお兄様にお姉様がかみつく。

「お兄様! わたくしは走れるようなドレスではありませんわ」

「ジーナも似たようなドレスだけど多分走るぜ。だったら、ドレス組にはハンデをやろう」


 お兄様はとっととケーキを口に放り込んで席を立った。

 もちろん、ドレスだからと言っていたお姉様も結構ヤル気だ。


「最初はオレが鬼な。ルーク様、必死で走れよ! いーち、にー、さーん」

 お兄様が数を数えはじめたので、わたしとお姉様はパッと走り出した。


「ルーク様、早く逃げないと捕まっちゃうよ。うちのお兄様は足が速いんだから!」

「あ、ああ」

 わたしが差し出した手を、ルーク様は掴んで走り出した。

 花壇の中、花が植えてある所は絶対に入らないようにして、駆け抜ける。


「なあ、ジーナ」

「なんですか? ルーク様、走りながらしゃべると舌噛みますよ」

「オレはおまえにもらってばかりだな。温かさを」

「え? なんですか? あっ、きゃーっっ! もうあんなところにお兄様が!!」


 きゃーっと悲鳴をあげながら逃げたけど、結局わたしは捕まってしまった。

 ルーク様が、オレのせいだから、と言って鬼を代わってくれたので、わたしは本気で走った。


 走って走って、お兄様とは反対方向に逃げたのに、ルーク様はわたしを追ってきて、わたしたち2人の他には誰もいない、バラの区画で手を掴まれた。

「ジーナ! 捕まえた」

「もおー。ルーク様、速いです。ハンデって、もらえるんじゃなかったでしたっけ? ハンデってなんですか?」

 わたしはぶーたれる。

 だって、お兄様はハンデくれるって言ったけど、結局もらってない気がする。

「ハンデがあってもなくても、ジーナはオレに捕まる運命なんだよ。誰がなんて言っても、もうジーナのことは離せない」

 赤いバラに囲まれたお庭で、ルーク様がわたしをぎゅってした。


「どうしたんですか? ルーク様」

「なんでもない。さあ、みんなのところへ行こう」

「はい」

 わたしたちは手を繋いで、ガゼボのあるところまで歩いて行った。


 ガゼボまで行くと、走り疲れたお兄様とお姉様が、優雅にお茶を飲んでいた。

「ずるい! お兄様もお姉様も。わたしもお腹が空きました」

「食べればいーじゃん」

 お兄様がわたしが座った席の前に、クッキーをバラバラと置く。


「いただきまーす」

 大きな口を開けてクッキーを食べていたら、ルーク様が目を丸くしてわたしを見ていた。

「あれだけ走り回った後に、よくそんなに食えるな」

「運動の後のお菓子はおいしいです。ほら、ルーク様もあーん」

 わたしがルーク様の口元までクッキーを持っていくと、ルーク様はお顔を赤くして固まったけど、すぐに口を開けてクッキーをもぐもぐ食べていた。


 今度は、その様子を見ていたお兄様とお姉様が、固まった。

「み、見たか? エマ」

「見ましたわ、お兄様。まだ5歳だというのに、もうラブラブですわ……」


 ラブラブ?

 なんのこと?

 わたしはわからずルーク様を見たら、ルーク様はラブラブの意味がわかっているようで、赤い顔のまま、クッキーをもぐもぐ食べていた。

「ルーク様、ラブラブって?」

 ルーク様はビクッと体を震わせる。

「えー、なんだ。仲良しってことだよ」

 ルーク様は顔を赤くしたまま、そっぽを向いて言った。

「へぇ。仲良しをラブラブって言うんですね。じゃあ、わたしはお姉様ともラブラブ?」


 首をコテンと傾げると、お姉様は笑った。

「そうね。わたくしとジーナもラブラブですわ」

「あ、じゃお兄様もラブラブに入れてくれ」

「えー、だめだよー。お兄様はハンデくれなかったからラブラブに入れてあげません!」


 ガゼボに笑い声が響く。



 暖かい陽だまりの中、その人はやってきた。



「あら、ずいぶん楽しそうじゃない? オバケのくせに」

 そう言って、いじわるを言うお兄様なんて比べ物にならないくらい、いじわるそうな笑みを浮かべた、末の姫様ローゼリア様がゾロゾロと護衛や侍女を引き連れて、わたしたちの前に現れた。

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