1
この国には数十年に一度、力の強い魔物が必ず生まれる。
魔の森に住んでいる魔獣を従えて、森を蹂躙し、人間の住む街をも侵略しようとする。
普段は、魔獣と人間はお互いの地には干渉せずにいるのだが、森の力が強まり、魔物が生まれた時だけは、人間の地を奪いに来るのだ。
人間も、ただ奪われるだけではない。
均衡を守るべく、魔物が生まれるのと同時に、人間にも魔物討伐の力を持つ者が必ず生まれる。
その者が育ち、魔物と対峙してこの世の中を救ってきた。
毎回防げた訳ではない。
英雄が負ける時も当然あった。
その時は、人間は魔獣に食べられて、街中に死体が転がる事態となった。
国王は慎重に英雄を育てる。
魔物に負けないように。
赤い月が出た晩に、同時に7つの流れ星が流れた日に、魔物と英雄は同時に生まれると言われている。
今世の英雄は、侯爵家に生まれた者だった。
ディヴィス侯爵は夫人とは政略結婚であった。
愛のない結婚に、夫婦としての義務を果たして跡取りを作った。
しかし、運命の悪戯によって、その子どもが生まれる時に赤い月が出て、7つの流れ星が流れてしまった。
ディヴィス侯爵家の長男、ルークは英雄としてこの世に生を受けてしまったのだ。
ディヴィス侯爵夫妻は、戸惑いながらも国王にそのことを告げると、当然国王からは大切に育てるようにと王命が降りた。
ディヴィス侯爵夫妻は国王からもらった支援金で別棟を建て、王城から派遣されたナニーや侍女と護衛騎士をそこに住まわせ、彼らに育児の全てを任せた。
ルークは強固な護衛騎士に囲まれて、守られているはずだった。
しかし、英雄の誕生を察知した知能の高い魔獣によって別棟は襲われた。
守られていたはずの赤子は、命に別状はないものの、ひどい怪我を負うことになる。
顔の半分は焼け爛れ、左の肩から左肘に掛けて、酷く跡の残る火傷を負った。
ルークが生後10ヶ月になった時のことだった。
「ジーナ、支度はできたのー?」
遠くからわたしを呼ぶお母様の声がする。
「待ってー! まだリボンが決まらないのー」
私は鏡を見ながら青いリボンとピンクのリボンの両方を、ふんわりカールさせた栗色の髪にあてて考えていた。
「お嬢様、まだお決まりになりませんか?」
侍女のメルがあきれ顔で鏡越しに私を見た。
「だって、せっかく綺麗なドレスを着たのよ。気に入ったリボンで髪も結びたいの」
メルはにっこりと微笑むと、ピンクのリボンを私の手から取り、髪に結んだ。
「お嬢様、こちらが合うと思いますよ。まだ5歳の可愛らしいお嬢様には、淡いピンクがよくお似合いです」
先月18歳になったばかりのメルは、わたしに子どもらしい可愛さを教えてくれる。
「うんっ! じゃ、ピンクにする~」
華やかな茶のジョーゼットのドレスに、子どもらしさを印象付けるピンクの差し色はとても似合って満足した。
メルについて来てもらい、子供部屋を後にして、屋敷の外に停めてある馬車に乗り込む。
馬車の中には、お父様とお母様がニコニコしながらわたしを待っていてくれた。
「お父様、お母様、お待たせしました。お兄様たちはどこですか?」
向かい合って座っているお父様とお母様。
いつもならお父様の隣にはお兄様とお姉様が座っているのに、今日は姿が見えなかった。
わたしのぷくぷくと幼児らしい手を取り、お母様が微笑む。
「今日はジーナの婚約者になる人と、初めてお会いする日なの。だから、オリバーとエマは家でお留守番なのよ。お父様とお母様とジーナの3人でディヴィス侯爵家に行くの」
静かに馬車が走り出す。
「こんやくしゃ?」
「そうよ。ジーナの旦那様になる人なの。そして、婚約者のルーク様は、大きくなったら国をお守りする英雄になられる方なのよ。ジーナは光の魔術を持ってでしょう? 英雄は光の魔術を持つ者と結婚して、光の加護を得て戦いに行くの」
この国では、誰もが少しだけ魔法が使える。
例えば、お母様は少しだけ水を操ることができるし、お父様は風を操ることができる。
と、言っても、ほんの少しなので、水は生活に必要な分だけの綺麗な水を出すのが精一杯で、風は干した洗濯物の水気を取るくらいした吹かせることができない。
しかも、使えばそれだけ体力を使って疲れるので、みんなあまり魔術を使おうとはしないけど。
水火風光
4つに魔法は分類されるけど、光の魔法だけは少し需要がある。
他人を癒す力があるから。
自分の傷を癒すことはできないけど、他人の擦り傷くらいなら、頑張れば治すことができる。
それでも、かなり魔力の多い人でもたくさんの傷を治すことはできないから、やっぱり使おうとする人は少ない。
しかも、魔法を使うととても疲れるため、子どものうちは魔法の使い方を教わらず、学校に通うようになってから教わる。
だから、5歳のわたしは、まだ魔法をつかったことはない。
「お母様? でも、こんやくしや様が傷ついても、わたしは治せないわよ?」
まだ誰も治したことのないわたしに、今度はお父様が優しくわたしに言い聞かせるように微笑む。
「それでも、教会で生まれた時に測定してもらった魔力は、多い方だったんだよ。それに、戦いに一緒に行く訳ではない。妻は加護を与えられれば、それでいいんだ」
ふーん。
わたしは、こんやくしやが、将来結婚する人のことだとは知っているけど、それだけしかわからない。
でも、お父様がそれでいいと言っているのだから、それでいいんだろう。
「あとね、」
お母様が真剣な顔をして、わたしの両腕を支えた。
「あと、ルーク様はお顔と腕に酷い火傷をされているの。包帯で真っ白なお顔をしていても、驚いてはいけませんよ」
「大丈夫よ、お母様。怪我をしている人に、酷いことは言わないわ」
「そうね。ジーナは優しい子ですものね」
「そうよ! わたしはやさしいのよ!」
わたしが胸を張ると、馬車の中が笑いに包まれた。
「あなたに逢いたくて」をお読みいただきありがとうございます。
拙い文章ではありますが、精一杯がんばりますので、また次話もお読みいただけたら嬉しいです。