男勇者(女)、はじめての仲間を看病したり穴を掘ったりするの巻
11日目の日記
グレイがノロウイルスにかかってしまい、大変なことになってしまった。
ノロウイルス、病名で言うと感染性胃腸炎というのだが、主に魚貝類を食した時にノロウイルスが体内に入り発症する病気である。まあ今回は牡蠣(のような貝)が原因とみて間違いないわけで、それはしぶるグレイに無理やり牡蠣をすすめた私のせいであることは疑う余地もないわけであり……ごめんねグレイ!
とりあえず昨日のグレイは酷かった。ノロウイルスって激しい嘔吐と腹痛、下痢が主な症状なんだけども、まずはものすごい勢いのある嘔吐から始まることが多いのだ。グレイも例外ではなく、「う」と言った次の瞬間には身体を丸める暇もなくあらゆるものを口から噴出していた。こんな経験ははじめてなのだろう。グレイは青灰色の瞳を見開いて呆然としていたが、間髪入れずに第二射を噴出することになった。あたりは吐瀉物でひどい有様になっている。
私はといえばその瞬間に「異世界にもノロウイルスがいるのかよ!」と絶叫していた。看護師たるものこの嘔吐の仕方、そして食事が牡蠣というだけであらかた予想はつくというものである。というか私も去年にかかったことがあるし。
とりあえずグレイの噴出が終わるまで背中をさすりながら謝りまくる。ノロウイルス感染は運である。しかし牡蠣はノロウイルスの危険をある程度認識して食すべきギャンブラーの食べ物なのだ。心得のないグレイを巻き込んでしまったことが本当に申し訳ない。
「……これはあなたが仕込んだ毒ですか」
グレイが真っ青な顔で低く聞いてくるのも申し訳ない。いや違うんだよこれはたぶんウイルスでね、と言っても通じるわけがない。牡蠣は美味しいけど食あたりになりやすい食べ物なんだよというと遠い目をしていた。ごめん……。嘔吐の後はたぶん酷い下痢とものすごい腹痛があるからね、でも体内からウイルスをぜんぶ出さないと治らないから頑張って出し切ろうねというとさらに遠い目をしていた。ごめんて……。
グレイを寝かせ、その隣にとりあえず嘔吐するための穴を掘り(馬車にはもちろんスコップも常備しているのだ)、茂みの向こう側にももう一つ大きめの穴を掘った。簡易トイレである。グレイはすでに口から5射目ぐらいに噴出をしており、遠いところを見ていた目はすでに死んでいた。そろそろ腹痛と下痢が来るはずだ。結構イケメン(な気がする)のにごめんよグレイ。がんばれグレイ。
私はなんとか火を起こして大なべを取り出し、お湯の中に塩と砂糖をぶちこんで大量の経口補水液を作りながら腹をくくっていた。今回の牡蠣では私は大丈夫だったが、ノロウイルスの感染力はすさまじい。アルコール消毒は効かず、塩素性漂白剤、つまりキッチン○イターなどが唯一ノロウイルスを殺せるのだが、こんな異世界にそれはない。とはいえグレイをほおっておくことなどできるわけがないし、おそらくはグレイと時間差で私もノロウイルスに感染するだろう。となると私の分の経口補水液も大量に作っておかなければならない。嘔吐と下痢により水分を急激に失うのがこの病気の特徴である。とにかく出した分だけばんばん水分を補給しなければならないが、飲んだはしから再度嘔吐してしまうのもこの病気の特徴なのだ。なので砂糖と塩を効率よく溶かし込んだ、ただの水よりもナトリウムカリウムともに吸水率が良い経口補水液は、これからの数日間はグレイと私の命の水となるのである。勇者が脱水症で死亡なんて目も当てられない。
夜も更けてくるとグレイの腹痛が酷くなってきた。経験者は語るが、これがまた本気で痛いのだ。胃から腸にかけてナイフで差し込むかのような痛みが波のようにやってくる。そして特効薬はない。私はせめてもとグレイの腹を手でさすっていた。考えてみれば男が男の腹をさすっているという地獄絵図だが、これがないよりましなのだ。手当てともいうし、普通に摩擦熱で温熱効果もあるし、接触により痛覚を少しは他に散らせる。もっとも外見男で中身おばさんの私よりもまだみぬ巫女姫(たぶん治療魔法とか使えそう)の「よちよち」のほうが男にはよいのだろうが今はもう私で勘弁してほしい。
やはり腹痛は酷いらしく、グレイは脂汗を浮かべて眉をひそめている。うめき声をあげないのは我慢しているせいだろう。もしかしてグレイは我慢強いのだろうか。私なんて罹患時には「いたいよ~いたいよ~モフ吉なんとかしてえ~」と半泣きになりながら布団の上を転げまわっていたというのに、えらいものである。脂汗でくらい灰色の髪が額に張り付いていたので冷たく濡らした布で拭ってやると驚いたように私を見つめてきた。お腹をさするときも驚いていたので、やはりこの世界でも男が献身的に看護するのはおかしく見えるのかもしれない。しかしこれまで無表情で無感情な顔をしていたので、驚いた顔はちゃんと人間みがあってよいなあとも思う。痛みをこらえている顔は流石に可哀想でそんなことは言っていられないが。
それにしてもグレイの灰色の髪はちょっとだけモフ吉を彷彿とさせる。モフ吉はゴミ捨て場で拾った雑種の子猫だったのだが、毛並みが灰色なのだ。やせっぽっちだったモフ吉だが、今ではビロウドのような手触りの毛並みをふくふくと見せびらかしてくるのがまた可愛い。見せびらかしてくるくせに容易に触らせてはくれないというツンデレ猫だが、モフ吉はそこがよいのだ。それでよいのだ。その飼い主にすら媚びぬ姿勢は今の現代日本社会において素晴らしいことではなかろえか。などとモフ吉のことを考えていたので思わず目の前のグレイの髪をモフ吉にするように撫でると、思い切りビクッとさせてしまった。これではセクハラである。ごめんなさい。
そして現在、この日記を書いているのは11日目の昼である。
グレイの症状はなんとかおさまってきたが、なんか今度は私のお腹の調子が悪い。あっ来るなこれ……という雰囲気がギンギンにきている。とりあえず動けるうちに追加の経口補水液を作って、今度は私用の穴を掘らねば……。さすがに恥ずかしいのでちょっと遠いところに掘るか……異世界まで来て何やってんだ私は……。
とりあえずさっき、横になったままぼんやりと私を見ていたグレイにお願いはしておいた。あのですね、たぶん私ももうすぐノロウイルスになるので申し訳ないんですが私にも同じように看病お願いします、と。
絶句したグレイが再び遠い目をしてしまったのには見てみないふりをした。ごめんて……。