男勇者(女)、まさかの仲間(荷物持ち)を得てヤツと再会するの巻
10日目の日記
なんやかんやで忙しかったので久しぶりの日記となる。もうすこしこまめに書いていきたいのだが勇者は忙しいので仕方がない。具体的に言うとレベル上げとかレベル上げとか看病とか。ああ、早くモフ吉の元に帰りたい。
まずは私に仲間が出来たことを記しておく。仲間と言ってよいのかわからないが、きちんと生きて存在している仲間だ。無表情で無口で無個性でモブキャラとして生まれてきたような存在感だが、それは彼の職業が「荷物持ち」だからかもしれない。
ゲームでは勇者にそんな仲間はできなかったような気がするが、現実的に考えると「旅」ってのは大量な荷物が必要になるわけだ。都合の良いように村や町が点在しているわけもなく、都合の良いように宿屋や食堂があるわけでもない。というわけで基本は野宿になるのだが、となると食事をするだけでも一通りの調理道具や食料が必要になる。あとは水。生水何て飲めたものではないので鍋で沸かす必要があるし、川や湧水がみつからない時のことを考えて保存しておく必要があるのだ。つまりのところ、魔王討伐の旅には大量の荷物が必要になる。そしてそれらを運ぶには馬車と、それを運転する御者が必要になるというわけだ。考えてみれば当たり前なのだが、ゲームの勇者が手ぶらで旅をしていたこと自体が不思議だったのだ。
というわけでこの世界に召喚された次の日、私に用意されたのは一振りの剣と袋一杯の金貨と馬車、そして一人の荷物持ちの青年だった。名前はグレイ。年の頃は20と少しか。先述したが、モブとして生まれたとしかいいようがないくらい無個性な青年であった。くすんだ灰色の髪にくらい灰青色の瞳をしていてよくよくみると端正な顔をしているような気がするのだが、なぜか顔の印象が残らない。というか存在感が異常にない。もしかしたらゲームでも彼のような荷物持ちのキャラが居たのかもしれないが大冒険に直接かかわっていないので省略されたのかもしれないなあと思わず考えてしまった。
酒場とかにいって仲間集めをしたりするのかと思いきやそんなシステムはないらしい。だったら一人で魔王退治に向かうのかとショックを受けていると、神官長が重大な情報を教えてくれた。世界には国がいくつかあって、それぞれの国の王様が選んでくれた「選ばれしもの」が勇者の仲間となってくれるらしい。すごい。ドラク○4じゃん。
ちなみにこの国「イーベルン」からは「巫女姫」を出してくれるとのことだった。巫女姫とかもう名前だけですごい。美少女感もすごい。異世界転生って美少女ハーレムが自動的に付属してくるイメージなんだけど、もしかして私もそうなってしまうのだろうか。ぶっちゃけどうでもよい。
巫女姫を仲間にするためには今いる「イーベルン」の首都から西にある山脈の頂上神殿にいかなければならないとのことだった。しかし道中には魔物がわんさかと出てくる。
そういえば私にはパラメータというものが見える。これも神官長が教えてくれたのだが、せいやっと意識を集中すると、ゲームのパラメータ場面のようなものが見えるのだ。異世界転生超便利。ドラク○というよりMMO?とやらに近いのかもしれない。やったことないけど。
ともかくそれによると私のレベルは「1」だった。これはひどい。一応、グレイのパラメータを見てみたが名前と職業意外はすべて「?」で覆われていた。勇者の戦闘メンバーではないからだろうか。
ひとまず私にできることはレベル上げである。私はグレイと馬車を連れて近くの森でレベル上げをはじめた。魔物を切るのが怖いとか血が怖いとかは割り切ることにした。気持ちの良いものではないが、魔物は問答無用で人間を襲ってくるし、手術室担当として勤務していたこともある看護師としては血も内臓もべつに「キャー」という対象ではない。
グレイはやっぱりというか案の定というか、戦闘には協力してくれなかった。けれど馬車と荷物を守ってくれるだけで充分であるということはすぐに理解できた。これらがなけれが私は旅が出来ない。
食事についてはすべてグレイが行ってくれた。私にはキャンプ知識がほとんどないのでありがたいことである。私もできるようにならねばと「良ければ火のおこしかたを私にも教えてください」と頼むと少しだけ不審そうにされた。おっと、勇者らしくなかったか。
グレイは無口で無表情で、私が質問したことにしか答えてくれない。最初の内は気を使ってそれなりに雑談をふってみたりしたのだが、あまりに反応がないのでそのうちにやめた。私の今の外見はグレイと同じ年頃の青年なのでお友達になれるのではと思ったのだが、もともと喪女の私は男性と長々と話すことに慣れていない。仕事上では全然平気なのだが、プライベートでは話すことがさっぱりわからない。
悩んだ結果、私は決めた。グレイは仕事としてここにいるわけだし、こちらも仕事として割り切った付き合いをする方がお互いにストレスがたまらなくてよい。ストレスは万病の元である。それは元の世界でも今の世界でも同じことだろうと思ったのだった。
そんなこんなで4日が過ぎた。パラメータを確認するとレベル「12」になっている。これはそろそろちょっと良い武器とか防具とか買っちゃったりしてもよいのでは、と私は首都から一番近い海辺の村に向かうことにした。そしてそこで私のテンションは爆上がりした。なんと、なんと牡蠣によく似た貝が売っていたのである。
自慢じゃないが私は牡蠣が大好きである。炭焼きでパクっと開いた牡蠣にレモン汁を絞ってつるんと食べるときには生きてきてよかったと思わず涙ぐむほどなのである。それによく冷えたビールをきゅーっと流し込むと思わず床にひれ伏すほどうまい。ひれ伏した私をモフ吉が我関せずに踏んでいくのがまた良い。家では炭焼きなんぞできないが、電子レンジでお手軽にできる。時期になるとわざわざ電車を乗り継いて海の近くの道の駅に牡蠣を大量買いをしに行くのが私の冬の楽しみだったりする。
私はその村で牡蠣を山ほど買い込んだ。グレイは牡蠣を食べたことがなかったらしくやや渋い顔をしていたが、私のテンションに歯止めをかけることはできなかった。フライパンに牡蠣を投げ入れては食うことを繰り返す。なんという幸せ。男の力で牡蠣の殻を開けるのも容易い。ああ、男に生まれてよかった。
ためらうグレイにも勧めると、しぶしぶといった体で牡蠣を口に運んだ。それからは眉間に刻まれていた皺がちょっとだけ緩んでいたのでたぶん美味しかったのであろう。ああよかったよかった美味しいねえ嬉しいねえと思いながらさんざん飲み食いしたその日の次の日の夜にヤツはやってきた。
「う」
さて寝ましょうかと寝袋を広げていた時にそれは起こった。無口なグレイが起こす聞いたこともないような苦悶に満ちた声に私が振り返った直後のことだった。
グレイは見事にマーライオンと化していた。
そう。牡蠣のお供、ノロウイルスさん参上である。