夜勤明け看護師、何故か男勇者になるの巻
1日目の日記
なんか今流行りの異世界転生とやらをしてしまったらしい。いまだに混乱していてよくわからないのでとりあえずこうして日記を書いていこうと思う。それにしても異世界転生ってラノベで読んだことがあるけどチートだな。今も貰った日記帳に文字を書いているのだけれども、私は日本語を書いているはずなのに勝手にこの世界の文字に変換されている。そしてその文字が何故か理解できている私の頭。これをチートと言わずに何と言おうってんだ。都合がいいにもほどがあるだろこれ。
冷静になれ、私。
とりあえず今日あったことから順に記しておこう。いつか何かに役に立つかもしれないし。
まず私の名前は虻川美佐子。32歳、独身。職業は看護師。血液型はA型。今日……というか前日が夜勤明けだったのでひとまずスーパーで食料を買い込んで一人暮らしのワンルームマンションに帰宅。愛猫モフ吉にご飯をねだられデレデレした後入浴。自分のご飯は食欲なかったんで納豆ご飯にしたんだった。32歳にもなると夜勤というものは辛い。この間まで夜勤後であろうと脂ぎった安い焼肉を貪るように食べていたのに、30過ぎたあたりから夜勤後は日本食しか私の胃はうけつけられなくなっている。この事実も辛い。
話を戻そう。
納豆ご飯を食べて昼のニュース番組を見て、もう寝ようと思いモフ吉を布団に誘うが一瞥もされずに断られる。猫はこのそっけなさがたまらん。時々は布団に入ってくれるし餌が欲しい時には甘えてくれるし……というかこんな異世界転生とかしてる場合じゃない。モフ吉……モフ吉のごはんはどうなるんだ!混乱していたから物事をよく考えられなかったけどモフ吉のピンチじゃないかこれ。やばい、早く魔王を倒して帰らないとモフ吉やばい。今、元の世界で私の身体がどうなっているのかはわからないけど、彼氏もいないしマンションを訪ねてきてくれるほど親しい友人もいないし実家の親ともしばらく連絡とってないしでやばい。モフ吉詰んでる。
(しばらく震える筆跡でやばいヤバイの文字が続く)
と、とにかく話を戻す。とにかく私は一刻も早く元の世界に帰らなければならないと改めて決意した。
愛猫、モフ吉のために。
この異世界に来たことに気づいたのは目が覚めてからだ。なんかまぶしいな、西日かな?とか思っていたら白いズルズルとした服を着た中年男性に「勇者様、よくおいでくださいました」とか言われて起こされた。思わず「は?」と声が出たのだが、これがいつもの私の声でなくやたらと低い男のような声だった。最近自分のオッサン化(座るときに自然とよっこいしょういちとか口走ってみたりしている)には薄々は気づいていたけれどさすがにこれはないだろ私、とか思っているとひとまずこれをお召しくださいとか言われて一揃えの服を渡された。そこではじめて気づいたんだが、なんと私、素っ裸だった。しかも何故か男性の身体になってた。いやあ、思わず「は?」と低い声が出たね。とはいえこの年になって男の身体に恥じらいながら赤面して「キャー」というわけもあるわけがないし、そもそも看護師という職に就いている人間とくれば老若男女の身体なんぞ見慣れている。単に最上級の疑問形の「は?」だった。
白い服の人たちは自分たちをこの国の神官だと名乗った。この国、というのは「イーベルン」というらしい。そしてイーベルンがあるこの世界は「フェリステル」ということだった。ああもう覚えるのが面倒くさい。横文字禁止令を出したい。
私は基本的に沈黙を守っていた。社会人10年目にもなれば身にしみて理解できる「沈黙は金なり」を実践したのである。そして質問は簡潔に。これにより仕入れた情報と言えば、どうやらこの世界が異世界であるということ、私は「召還魔法」によるこの世界に呼び寄せられた「勇者(男)」であるということだった。そして何故「勇者(男)」を呼び寄せたのかと言えば、世界に「魔王」が出現したかららしい。まるでドラ○エである。というか私はRPGというゲームはドラ○エしかしたことがないんだけど。
「何故私が?」という質問には「神が貴方を選んで使わされたのだ」との答えが返ってきた。なんじゃそりゃ。日本の片隅でひっそり真面目に生きているだけのアラサー喪女を選ぶ神様何ているものか。どうせならジョブ○さんとかソフト○ンクの社長とか呼んだ方がよほどこの世界の為になると思うのだが。
あと最重要事項をひとつ手に入れた。私がこの世界から帰ることが出来る方法である。これもまさにドラク○っぽかった。いわく、「世界を救えば帰ることが出来る」。
嫌だ何でと駄々をこねても仕方ない。私には私の帰りを(たぶん)待ってくれている猫がいる。それゆえ私は決意したのだ。できるだけ短期間で魔王を倒し、世界を平和にして愛猫の元に戻ると。
<追記>
どうでもいいが身体がクソ軽い。通常、男の身体というのは女の身体より筋力量が多いが、ここまで男の筋力で身体を支えることが楽だとは思わなかった。コップの重さすら違う。なんじゃこりゃ。まあ考えてみれば荷物一つ持っても子供の頃と大人になった時では重さが違うと感じるのだから、男女の体格差と筋力比から考えると当然のことである。おいおい、男って生まれた時からイージーモードかよ羨ましい。とりあえず目についた女性が重いものを持っていたら率先して自分が持とうと決意する。