陰キャの思い
僕は高校1年生だ。
僕について説明すると、容姿は中の下、頭の良さも平均的で、運動は出来ない、背も低い、こんな僕を今の言葉で表すとすると「陰キャ」だ。休み時間も他の陰友とアニメやラノベの話をすることがほとんどだ。
昼は食堂でご飯を食べる。
部活に入ってないため放課後も一人でさっさと帰っている。
今は9月だ。
この時期は文化祭の準備があり放課後は忙しいらしい。らしいというのは僕は準備を手伝っていないからだ。これを俗に「屑野郎」というらしい。だが僕にはほとんど友達がいないためそんなことを言われたことがない。けど何を言われようとも変わる気はない。
何をもって人は変わるのだろうか、結局のところ人の本質は変わらないのだ。例えば、中学校の時「陰キャ」だった人が高校デビューをして「陽キャ」になったところでその人は陰キャだということを隠しているだけだ。そんなの変わったとは言えない。それに陰キャだとか陽キャだとか言っている時点でその人の本質は変わっていないだろう。変わるというのは表面だけだ。それでいいではないかという人はいるだろう。けど塗装が剥げるように表面だけならすぐに剥げてしまうそしてまた表面を塗りなおすのだろう。そんなもの変わったとは言えないだろう。
厚く塗りたくった化粧が剥げた後には何が残るのだろうきっとその人の本質が出てくると思う。
そして文化祭当日になった。
文化祭とは相応にしてめんどくさい手伝ってもいないクラス展示の受付をやらされたりフリーと言いながら男子とはハグしない女子がするフリーハグ何も楽しくないのにはしゃぐ男子うるさくて相手にするのがめんどくさい。
僕はクラスの役割の時間まで図書館で本を読むかスマホを使っていた。そんなこんなで文化祭は終わった。ここまで言って文化祭を一文字で表すとすると「楽」だ。あれさっきめんどくさいと言っていただろとつっこまないでほしい。あれは一般的な陰キャの話だ。僕は、自分で言うのもなんだが陰キャの中でも友達が少ないボッチの陰キャだ。ボッチの陰キャに一般常識は当てはまらない。(※文化祭はめんどくさいと言うのは一般常識です)
ボッチはサボっても何も言われない。だから楽なのだ。
そして文化祭の次の日は体育祭だ。これは、ボッチだろうがボッチでなかろうがめんどくさい。なぜなら強制的にやらされるからだ。それに体育祭はイライラする。文化祭でできたカップルや陽キャどもがそこらじゅうで写真を撮る。
僕の学年の一年生はかわいいと思える人が全然いないなのに先輩にはかわいい人がたくさんいる。そんな人たちと写真が撮りたいと思ってもそんなことが起きるのはラノベの中だけだ。僕ができるのは、そんな人たちと付き合った時の妄想だ。
そんなことをしていてもむなしいだけだ。
そしてこの世界は僕に厳しいといえるだろう。
だがそんな体育祭でも僕のかけがえのない人生の1ページと言えるだろう。




