今日はイベントが多い日である
「――ぐあぁぁぁ」
「や、やめてくれ!! 今までのことは全部謝るから!」
「ゆるじでぐだざぃ……」
俺は今、学園の薄暗い校舎裏にいる。学園長室を後にして、廊下を歩いていると、授業をサボってた不良達が俺を発見して、連行したのだ。抵抗もせずにわざと、着いていった今の状況はというと……。
「お前らが、俺を楽しいパーティーに招待してくれたんだろ? 俺はそのお礼をしてるだけじゃないか。素直に受け取ってくれよな」
地面には俺に教育的暴力を受けて、うずくまった者が五人存在している。ちょっと前なら、この逆の構図だったんだよな~。
「た、助け――ぎゃぁぁぁ!!」
「ん? 何言ってるか聞こえないや」
俺の片足は地面ではなく、一人の不良の背中を踏み潰している。不良が泣き言を発すると強く踏み潰す。このまま終わるわけない。考えが甘いんだからまったく。
「つうかお前らさぁ、俺のこと弱虫やらストレス解消道具とか言って、散々暴力振るっておいて、自分達が酷い目にあったら、やめてくださいって……筋が通らねえだろ」
俺は転がってる不良達を見渡しながら、冷酷に氷のように冷たい声音で言った。
「だから謝っ――」
「はっ? 口答えすんなよ」
俺は殺気を全力で、喋った奴に直接ぶつけた。
刺激が強すぎたのか、白目になって失神したようだ。
「ば、化け物!」
恐怖の表情を浮かべて、顔を青ざめさせるまでは良かったのに、その言葉を発するとはな。
「おいおい、お前失礼な奴だな。お前らは毎回俺を複数人で囲んで貶しめ、暴力を振るい、精神的にも肉体的にも追い込んでくれた癖によく言えるな。特大な鏡だってことを理解しろ」
俺は踏みつけてた奴の横腹を、ポイ捨てされたゴミのように蹴り飛ばし、文句をつけた奴の場所までゆっくりと数歩で辿り着く。あえて、遅く歩くことで恐怖感を与えるためだ。
「ご、ごめんなさ――」
「うん、許さない」
俺は悪魔のような邪悪な笑みを意識して、ニコニコすると、そいつの髪を掴み、「痛い痛い痛い!」と喚く声を無視して、地面と熱烈なキスを三度ほど繰り返させてあげた。どうやら嬉しすぎて失神したようだ。
地面の土という優しい大地と良い思い出ができたねー、良かったねー。毎日生き物に踏まれても、文句なんて決して言わない優しい子だから、きっと君の愛も受け止めてくれるよ。
よし、後二人だな。どちらもプルプルと震えているが、少し趣向を変えてみるか。
「おい」
一声掛けただけでビクッとなりすぎだろ。そんなに俺が恐いかよ。人にやられて嫌なことを俺にしたからお前らは、仕返しされてるんだが、それに果たして気づいているのかな。
「な、何ですか……?」
涙で目が真っ赤だな。こんな奴らの涙とか何の価値もない。
しかも怯えすぎだ。敬語になってるじゃねえか。
「お前らにチャンスをやるよ」
「チャンス……ですか?」
「そうだ。見逃すチャンスだ。……ほしいか?」
『はい!』
二人で元気よく返事をしたな。何よりだ。フフフッ。笑いを堪えるのが大変だよ。その希望が掴めるといいな。
「じゃあ選べ。一つ目、俺に二人ともボコボコにされるが、手加減してやる。二つ目、片方を俺の気が済むまで永遠にボコるから、片方は逃げてもいい。三つ目、そこに転がって意識をなくしてる仲間を起こすから、その後でお前ら二人が、更にボコボコにして気絶させる。四つ目、俺から逃げてみる。さあ、どれにする?」
俺の問いに絶望的な顔をする二人。どれを選んでも悲惨だもんなぁ。一つ目は、仲間と苦痛を共にする。二つ目は、仲間を見捨てることになる。これを選択したらこの二人は、一生元の友情は取り戻せないだろう。三つ目は、二人が傷付くことはないが、残りの仲間との決別を意味し、ひょっとすると報復される可能性もある。四つ目は、一番簡単そうに見えて、一番無理なものだ。そもそも負傷した今の状態では、万に一つも逃げ切れない。
どれを選択するのか、楽しみだ。さあ、お前ら二人の本性はどんなのか、じっくりと見せてもらおうか。
「ど、ど、ど、どうする!?」
「こ、こんなのって……。お、お前さ、この前俺に借りた一万コルタは返さなくてもいいから、俺の代わりになってくれないか?」
「は、はあ!? ふざけんなよ! お前それでも友達か!」
ついに、二人は取っ組み合いを始めた。醜い争いだな。一度ですら、自分が代わりになるとかもなく、話し合いすらまともにしないとは。
「友達だからこそだろ! 身を呈して俺を助けてくれよ! それに一万だぞ! 一万!」
「なら、俺は利子つけて二万コルタにして返すから、お前が犠牲になれよ!」
「て、てめえ! とうとう犠牲って言いやがったな! ……お前なんてもう友達なんかじゃねえ。さっさとうせろ!」
おいおい、最初にコルタの話を持ち出したお前は馬鹿なのか。何、キレた拍子に、仲間逃がしてんだよ。無意識に犠牲になるとか、どんな才能だ。
「ああ! じゃあな!」
「くそっ、あんな奴だとは思わなかった」
まじか……。本当に一人校舎裏から消えたぞ。ここに残ったコイツ、相当頭が残念なんだな。
「そうか。お前は良い奴だな。そんな嫌な奴を逃がして、俺の前に残ったんだからよ」
俺は残った方の肩を叩き、振り向いたところで、現実を突きつけてやった。
「あっ……ま、待ってくれ!」
「ん? 何だ? 覚悟が決まったか?」
「ち、違うんだ! 俺はアイツらをボコボコにする……。だから俺を殴らないでくれ!」
逃げた奴も、コイツも屑確定だな。どんだけ関係が浅いんだよ。本来なら、さっき逃げた奴も含めて二人っていう条件だが、まあ、特別に認めてやるか。
「いいだろう。じゃあ起こすぞ」
俺は一回ずつのビンタで、気絶してた三人を目覚めさせた。
「うう……」
「な、何だ……」
「お、お前は!」
「黙れ。起きてそうそう悪いが、お前らにはまた気絶してもらう。だが、心配するな。やるのはコイツだ」
俺は、不良達を威圧して黙らせ、主役の肩を押した。
「お、おい。な、何の冗談だよ」
「そ、そうだ。俺ら仲間だろ?」
「何、近づいてきてんだよ。お前、俺らを裏切る気か!」
後ずさろうとする三人だが、ダメージの蓄積で、思うように体が動いていない。諦めろ。お前らの仲間は既に、魂を売り渡している。自分が一番可愛いんだよコイツはな。
「うるさい! もとはと言えばお前らが、この人を見つけて絡んだんだろうが。俺は嫌だったんだよ!」
「は、はあ!? 嘘つくなよ。お前もノリノリだったじゃねえか!」
コイツの大声を上げて話す内容からして、俺への印象を下げないようにしてるな。
無駄なことを……。お前ら全員の評価は、最初から最後まで変わることないマイナスだ。プラスに上がることは、これから先もない。だが、安心してくれよ。約束だけは守るから。
「だ、黙れぇぇぇぇぇ!!」
裏切りの不良は、仲間の言葉にキレると、獣のような叫び声を上げて、仲間に突撃した。
「ぐはっ、や、やめろ! ゲホッゲホッ。うあ……」
不良の一人を殴る蹴るしながら顔から足まで、滅茶苦茶に攻撃しまくる裏切りの不良。仲間は苦しそうにして、再び失神し、地面に崩れ落ちた。
「ほ、本当にやりやがった……」
「ま、まじかよ……。てめえ! 絶対許さ――」
「うるさいうるさいうるさぁぁぁい!」
仲間の、いや――元仲間の声に、耳を貸すことをせず、壊れたように叫びながら、残りの二人も同じように、気絶するまで、暴力の限りを尽くした裏切りの不良。
「……」
仲間はぴくりともしない。まるで、しかばねのようだ。腹が上下する動きがあることから、ただの気絶であることには間違いはない。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
裏切りの不良は、肩と口で大きく息をしている。
「よくやったな。お前は最高の自己保身野郎だよ」
俺はその言葉を言い残すと、校舎裏から離れた。
やっぱり屑の仲間は屑なのかね。仲間をあっさりと裏切り、罪悪感に苛まれることもなく、自分が助かるためなら、これまでの関係を切り捨てる。薄っぺらな友情だ。これからもそんな素晴らしい関係を築いていけばいいと思うよ。
現在、俺は授業をサボり、階段を上っていた。目的地である屋上の扉の前へと着く。扉を開くと、風が吹き抜けると同時に、大空が広がる。
空と近い位置にいる筈なのに、手を伸ばしたり跳躍したりしても、決して届くことのない距離の遠さを感じる。
言魔法を使って、擬似的な羽を作れば、かけ離れた雲すらも掴むことができるのだろうか。
そんなことを考えつつ、フェンスに腰掛け座り、上を眺めていた。青空に混ざり、雲も少しだけ浮かんでいる。
「こんなにのんびりと空を眺めるのは、本当に久しぶりだ。落ち着けない日々を過ごしてたからな~」
周りは、ほぼ全て敵。心の支えとなる者はいない。今思えばよく耐えたな。
「もう、俺を脅かせるような存在はこの学園にはいない。勘違い野郎が何人こようとも、地獄を見せて終わりだ」
力には力で対応する。それで解決するのが効率的で楽な方法だ。とにかく、もう怯えることも、ストレスを抱えることもない。ようやく安心して日常を過ごせるようになったのだ。
「何だかポカポカして眠たくなってきたな……」
俺はフェンスから立ち上がると、壁に日陰を発見して、そこに腕を枕にして寝転がる。
少し昼寝でもするか。この時間に屋上に来る奴もいないだろうし、のんびりと休ませてもらいますかね……。
こうして俺は睡魔に誘われ、眠りにつくのだった。
う~ん。ん? 何だこの感触は? 頭の下が……柔らかい? 確か、俺は手を枕にしていたが、こんなに弾力性のある柔らかさだったか。というか、俺の手は今、俺の頭の位置にはない。
じゃあ、何だ? 取り敢えず状況を確認してみるか。
ゆっくり目を開けると、夕日に照らされた綺麗な白銀髪の持ち主である、ミシェルさんの整った顔が映った。美人だな……。人気があるのも頷ける。
察するに俺は膝枕というものをされているらしい。ミシェルさんは、膝枕したまま目を瞑っている。つまり、何故か知らないが、俺に膝枕をしてから、そのまま自分も寝てしまったのだろう。
昼寝するつもりが、俺はこんなにも眠っていたのか。予想外だな。昨日の疲れがまだ残っていたのかもしれない。
俺は事情を聞くため、起き上がると、ミシェルさんの肩を軽く揺らした。
「……あら、私は?」
目を覚ましたミシェルさんは、起きたてで、まだ上手く頭が働いてないようだ。
「良い夢見れたか、ミシェルさん」
「リオル……さん。ご、ごきげんよう」
ミシェルさんは、正面の俺を認識すると、意識が徐々に正常に機能しだしたようだ。
「うん、どうも。早速だけど、何で屋上に来て、俺を膝枕してた?」
「そ、その前に一つ。ね、寝顔見ましたか?」
ミシェルさんが、少し頬を染めて訊いてきた。
「あっ、うん見た」
「恥ずかしいです……」
俺の答えを聞くと、更に頬を染めて、顔全体の温度が上昇しているように見えた。
女子って寝顔を見られたくないものなのだろうか。それなら少し悪いことをしたな。まあ、膝枕から起きて、ダイレクトに映ったから避けようもなかったんだけどな。
「そんなに気にしなくても、大丈夫。見たのもほんの少しだ」
「ほっ、そうですか。じゃあ話しますね。私は、リオルさんを探していて、屋上で発見しましたら、眠っていらしなので、僭越ながら膝枕させていただきました。……恥ずかしながら、途中で私も眠気に襲われてしまいましたけどね」
ミシェルさんは、俺の無難な返答に安心すると、理由を話してくれて、最後はニコッと笑顔を向けてきた。
普段なら膝枕してもらう瞬間に起きる筈だが、俺は相当熟睡していたようだ。悪意に敏感な俺が気づかなかったのだから、ミシェルさんは、純粋な心遣いからしてくれたのだろう。
「膝枕ありがとう。お蔭で、気持ちよく眠れたよ」
俺は少し微笑むと、感謝の言葉を口にした。何気に母親以外で、初の膝枕だったかもしれない。
「い、いえ。そんな私は……」
褒められなれてる筈なのに、頬を染めてるミシェルさん。何となく、その意味は理解してるが……。
「それで、用事の方は?」
「私はリオルさんに謝りたいのです」
「……何を?」
謝りたいことか……。きっと、リラと同じだろう。別にもういいんだけどな。
「私が関わることで、リオルさんが辛い目にあってるだなんて想像もしてませんでした。リオルさんは、ずっと苦しんでたのに私は……。気づけた筈なんです。だから、ごめんなさい」
目元が少し赤くなっている。彼女は彼女で、俺の豹変具合に責任を感じたのだろう。
「俺はもう前の自分には戻れないし、戻る気もない。それで良いと思ってるし、否定もさせない。だからもう気にやまなくてもいい」
「はい……。ありがとうございます」
ミシェルさんは、俺の言葉を聞いて、顔に笑顔が少し戻る。
こうして一応、わだかまりのようなものは無くなった。
そもそも俺は許すとか許さないとか、リラとミシェルさんに対して、最初から思っていない。
俺が二人と仲が良いことで、嫉妬の視線を受けたり、直接苛められたりもした。それは、確かに嫌なことだった。
それでも助けてくれたり、庇ってくれたことには違いない。それを逆恨みするような馬鹿にはならない。
俺はあくまで、直接的間接的に意図して、俺を害する者を許さないことにしている。
二人はその枠組みには入らない。
でもこれから先、敵として、あるいは行く手を阻む者として、俺の前に現れることがあるなら、その時は…………まあ、そうならないことを俺は祈ってるよ。