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学園長室での誤魔化し

 学園長室の前まで来て足を止めると、先生がコンコンコンとドアをノックした。


 年老いた低くしゃがれた声で「どうぞ」と許可が下りたので、先生に続いて入室することにした。


 中には二人の人物が存在した。どちらの人物も知名度は高い方だろう。直接話したことはないから、初対面である。


 一人は言わずもがな、この【対魔物学園】の学園長だ。ツルッとして、鏡のような透明度の頭と立派で長い白髭が特徴的な老人である。しわも目立つことから、結構な歳だろうが、俺には何歳なのか予想もつかない。


 学園長は、椅子の背にもたれ、髭を上下に擦っている。


 もう一人は、王都のギルドマスターで、マスターとしては珍しく女性だ。しかも若い。俺を見て獰猛な笑みを浮かべながら、来賓用の長椅子に座っている。俺はこれと同じような表情を過去によく見ていた。この人は両親と同じ戦闘狂だ。


「学園長、特A級魔物から生還したサーファ君を連れてきました」


 先生は、学園長の年季の入った机の前まで移動し、真面目に報告した。俺もその後を歩いて隣に立つ。


「ご苦労。キレレイ先生は、教室に戻って大丈夫です。……さて早速だが、何故呼び出されたのか……もうわかっておるな?」


 学園長は、先生から視線を外すと俺に向けた。先生は、学園長に言われた通り、俺が返答する前に退出した。


「はい。もちろん」


 若干威圧されたが、今の俺にはそよ風のようなものなので、小さく頷き、普通に答えた。


「それは結構結構。サーファ君が昨日疲労で報告が難しかったことは聞いておる。だが、その報告は重要なこと。今からしてもらわねばなるまいて」


 学園長は、厳しめから柔らかな声音になった。


「ええ、良いですよ。まず、キリングタイガーは討伐されました」


「ほう。やはりか。昨日ギルドの調査員が念のため、森の出口を封鎖して見張っておったが、問題なかったと報告がある。君が討伐し――」


 早合点し過ぎだ。実際は間違いじゃなくその通りだが、俺が討伐したことにするつもりはない。


「してませんよ。まだ話には続きがあります。実際に戦闘にまで及びましたけど、歯が立ちませんでした。そんな時、全身を黒のローブで隠した性別不明の者に助けられました。その後、お礼を言う前に、キリングタイガーを空間内に収納すると、その場から立ち去りました」


 俺は、嘘と少しの事実を織り交ぜながら、真実かのように淡々と捏造話ねつぞうばなしをした。


 ふむ。と俺の話を聞いて、目を閉じて少し考えた後、学園長は目をゆっくりと開き、疑いの言葉を掛けてきた。


「本当かのう? あまりにも都合が良すぎる気がするのう。サーファ君は、確か昨日突然戦闘を行えるようになり、性格も豹変したようじゃないか」


 この狸爺が……。あんたと言葉遊びする気なんて俺にはないぞ。ろくな年の取り方してないな。


「そりゃ性格も変わりますよ。犠牲にされ、死にかけたりもすればね。まあ、俺が傷付けられるようになった今なら、学園でも上位になれることは認めます。ですが、あの魔物には逆立ちしても勝てませんよ。そんなの学園長ならわかりますよね?」


 俺は、何故自分を疑うのか? という風に不思議そうな顔を浮かべて学園長を見た。


 経験豊富で生徒を大勢見てきた学園長だからこそ、この言葉に納得する筈だ。というかするだろう。どんなに優秀だろうと、生徒に特A級魔物を倒す力が突然身につく、なんてことは本来ありえないのだから。俺のように力を隠してれば話は別だが。


 そもそも魔物のランクとは、下からF・E・D・C・B・A・特A・S・特S・番外と別れており、特A級はギルドランクSの冒険者が討伐する魔物。一流冒険者と呼ばれるAランク冒険者でも敵わない魔物を豹変しただけの、一学生である俺が倒すということは現実性を帯びてないのだ。


「……確かにそうだのう。それを真実だと仮定して、随分優秀な者が隠密行動しておるな。キリングタイガーを討伐する実力を持ち、尚且つ稀少なボックス収納を使える謎の人物。わしらの味方であることを祈るばかりだのう」


 仮定……ね。俺に意味ありげな視線をいくら送ろうとも、あんたらには絶対喋らねえよ。味方とか知るか。俺は俺を害する者を潰すだけだ。


「そうですね。俺もお礼したいので、味方の方が好ましいです」


 俺は内心愚痴りながらも、一切表に出さず、作り笑顔で心にもない賛同をした。


「次はあたいの番だね。向かいの席に座ってもらうよ」


 学園長の話が終わると、足を組んで静かに待機していたギルドマスターから声を掛けられる。


 随分高圧的で偉そうな態度をとる人だ。元々か、あるいは傲慢なのか。ただ、強者の雰囲気のようなものが漂っており、顔もワイルドな美形ということから、似合ってはいる。まあ、どんな態度であろうとも、早く済ませてくれるならどうでもいいがな。


「わかりました」


 俺はマスターと対面になるよう、長椅子に前のめりで座った。どうやら高級な革製の椅子みたいだ。学園長室というだけあって、家具は豪奢だな。


「まさか、サーファさん夫婦の子供だったとはね。あのSランク夫婦の息子なら、特A級魔物を倒せる。あたいはそう思うんだけどね」


 足を組み直して、ショートパンツから覗く挑発的な美脚に一瞬目が無意識的に吸い寄せられてしまう――なんてこともなく、俺はマスターの俺だと決めつけたような自信ありげの視線を鬱陶しく思っていた。


「へ~。亡くなった両親のこと、覚えてたんですね。まあ、当然か。ランクが高いこともあるだろうけど、何よりも俺がギルドでは有名でしたね――もちろん悪い意味で。比較の対象にしたがるのが人間ですから、ギルドでも苦労しましたよ」


 ギルドには、実習でしか赴いたことがない。というか、学園生の間は実習以外でのギルド活動を禁止されている。これは、若い芽を簡単に潰さないための措置だ。


 実習でギルドを訪れると、こそこそと俺を両親と比較して馬鹿にする者、時々だが堂々と絡んでくる者などがいて、俺にとっては迷惑者の巣窟だ。


 両親は人間だけなら、世界に二十人もいないとされてるSランク冒険者。その息子が戦闘できなかったのだから、見下すことで優越感に浸れる者達にとって、俺は格好の的だったろうよ。


「あたいがあんたの両親を覚えていたのは、単純にSランク冒険者なのと、人当たりの良さからだよ。……ギルドの連中のことは悪いと思ってる。すまないね」


 マスターは組んでいた足を戻して、膝に手をつき、頭を小さく下げた。


 言葉だけの謝罪はいらない。それに傍観者に謝られてもな……。


 確かに両親の人当たりは良かったのだろう。学園に入学するまでは、周囲の人間も優しくしてくれていた。だが、入学してからそれは一変した。


 ギルドに限らず、今まで優しかった人達は、サラには優しいまま。俺には「もっと頑張りなさい」や「サラちゃんは優秀なのに……」とか「あの二人の子供には思えないわ」などと人が変わったように、比較する言葉や無遠慮な言葉を浴びせてくるようになった。所詮この世は、能力重視なんだってことを思い知らされたよ。


「あなたが謝ったところで何も解決しませんよ。ただ警告しておきます。特に、弱いのに吠えるギルドの低ランク冒険者達にですけどね」


「なんだい?」


 顔を上げたマスターの顔を真っ直ぐ見る。


「次から不用意に絡んできた者は、手痛い目に遭わせてあげますので、実力不相応で絡んできた結果、どうなっても知りません」


 俺は晴れやかな笑顔をマスターに向け、その笑顔に似つかわしくない内容を話した。


 マスターは一度驚くも、すぐに肩を震わせ、アハハハッ! と愉快そうに笑い、言葉を続けた。


「そうかい。でも伝える気はないよ。そこで何か起ころうとも、絡んだ奴の自己責任だからね」


「そうですか。言質は取りました。では話は終わりですね」


 俺は自然な流れで、素知らぬ顔のまま退出しようと立ち上がる。


「肝心なことを答えてもらってない。まだ帰すわけにはいかないよ」


 鋭い眼光が、俺に座れと命じてくる。流石の迫力だな。殺気を飛ばしてないのにこのプレッシャー。ギルドマスター兼Sランク冒険者なだけはある。


「はて、何のことでしょうか?」


「あたいは、学園長の話を聞いてもあんたが討伐したと見てるのさ。正直に答えな」


 上手く話題を逸らして終わらせられたと思ったが、そこまで甘くないな。


「根拠は何ですか? ただの勘だと言われても、答えられませんよ。なにせ討伐してませんから」


 俺は革椅子に座り直すと、極めて冷静な口調で話す。


「根拠はあるよ。あんたは、おおよそ一般ギルド員の百人分の魔力をその身に内包している。最初ギルド登録に来た時、検査職員に聞かされた時は驚いたよ。それであんたのことを覚えたのさ」


 ギルドに登録する時は、個室で水晶を使用して魔力測定をする。記録を残すためではなく、自分の保有量を知るためだ。検査職員が一人配置されているのだが、やはりマスターに伝えていたか。


 因みに属性は、簡単な魔法を詠唱させて、少しでも発動すれば適正ありとなる。俺の言魔法のような別枠の特殊魔法は、ふとした時に頭に浮かんで、その魔法の名前やある程度の使い方が流れ込んでくるみたいだ。少なくとも俺はそうだった。他の特殊魔法保持者のことは知らないけどな。


「なるほど、今の俺の魔力を使えば、やりようによっては不可能ではない。そう言いたいのですね。ですが、残念なことに無理なものは無理です」


「……」


 白状する気のない俺を見て、何かを考えてる風に思案顔で話を聞いている。


「俺は強力な魔法を練習したことがありません。精々B級魔物を討伐可能な魔法が発動できるくらいです。ですから、学年上位は狙えても、キリングタイガーには殺されるだけです」


「よ~くわかったよ。ならあたいがあんたを鍛えてやろう。サーファさん夫婦にはギルドに貢献してもらった恩がある。その息子に恩を返そうじゃないか」


 俺の話を聞き終えると、マスターはニヤッと不気味に笑い、わけのわからないことを言ってきた。いや――言葉の意味は理解できるのだが、どうしたらそんな考えに辿り着くのかさっぱりだ。


 ……もしかして、俺の嘘には気づいているが、白状させる証拠もないから、俺を鍛えると言いつつ、懐柔して戦力に加えようとしてるのか……? ありえる。今は戦力補強が求められる時期だからな。


 それとも、俺が単純に戦闘苦手を克服したから、才能ある力を扱えるように、善意だけで教えてやるとでも? それこそありえないし、何より俺が信じられない。もしそうだとしても……。


 ごちゃごちゃ思考してみたが、答えだけは息をするより早く、頭に思い浮かんでいた。


「……は? いや、お断りします」


 俺は少しの間の後、無表情で断った。


「遠慮することないじゃないか。ここだけの話だがね、そろそろ魔王軍が動き出してもおかしくない。強くなってて損はないと思うよ」


「――それでもお断りします」


 マスターのこの言葉の裏には、強くして戦力にしようという思惑が、どうもちらついてる気がしてならない。やはり黒か……。


「どうしてだい? 強くなりたくないのかい。あんたには頂点を狙える程の才能がある。開花させたいと思わないのかい」


 マスターは、俺が断り続けることが意外らしい。心底不思議そうな顔をしている。


 人は強さに執着するから、俺もそうだと決めつけているのだろう。確かに強さを求めてはいる。しかし、この王都【アラドス】の人間に教わりたいとは思わない。


 俺が辛い時に寄り添ってくれる大人など一人もいなかった。今更俺の才能を見込んで、態度を変えられてもウザイだけだ。


「思いません。俺は平和的に暮らしたいだけです。この学園での一年は苛め続きで心が休まりませんでした……」


 俺は表情を暗くして俯くと、声のトーンを落とし、可能な限りの悲しみを演じた。


「……」


 俺の演技がツボにハマったのか、真剣に黙って聞いている。演技といっても、本当に体験したことだから、現実性もあり、感情移入してくれることだろう。


「正直俺は今疲れてるんですよ。魔王とかどうでもいいです……。俺が戦闘できるようになったからって、これまで何の対応もしてこなかったのに、俺の人生と生活に口を挟まないでください」


「……」


 誰も大人は俺を助けない。気づいても知らない振り。もしくは周囲の人間と同じく、蔑んでくる。言い返せる要素がないのだから、もう黙るしか道はないだろう。


 現にマスターと話を聞いていた学園長の口は重く閉ざされ、開く気配がない。掛ける言葉は見つからない筈だ。ここで掛けたとしても、偽善的な綺麗事を並べ立てる人物と成り果てるしかないのだから。


「それでは失礼します」


 俺は立ち上がり、今度こそ学園室から退出した。


 あっ、苛めグループの処分について会話するの忘れてた。ま、いっか。どうせ、悪くても退学処分程度だろ。


 それに他にも苛めを行ってた奴いるけど、それを話しても意味ないしな。どうせ隠蔽されるか、停学一週間くらいだ。そいつら全員が退学になるなんてことありえない。学園の評判が下がるだけだからな。俺一人のためにそんなことする筈もない。


 本当にうぜぇ……。退学してどっか旅にでも出ようかなぁ。俺は割とマジでそう思った。



 





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