クラーケンvs騎士団&冒険者
「聞こえた……よな?」
「一人の叫び声。その少し後、今度は一斉に」
残念なことに聞き間違えではないらしい。調査に出たという乗組員、全滅したかもな。仮にしてなくてもすぐに助けが来なければ時間の問題だろう。
「何だと思う?」
「襲撃。一番可能性、高いのは……たぶんクラーケン」
「だよな。俺も同意見だ。あまり当たってほしくはないがな」
「どうするの?」
冷静だな。図太くなったか? それとも魔物の強さがまだ未知数で把握してないから、動揺してないだけ? これが成長なら嬉しい限りだが。
まあ、俺と出会ってからは中々にハードだろうからな。アネーシャは現時点までに遭遇した中で最も強いアーテルインフェルノドラゴンの威圧感や殺気を体験している。
ちょっとやそっとのことではもう動じないかもしれない。沈没を左右している存在がちょっとやそっとの範囲で済めば話は楽なんだがな。
「このまま待機していても構わないが、この船を壊されるのは困るん――くっ!?」
……この揺れはちょっとばかしヤバいかもな。なんせこの巨大で頑丈な魔導船を揺らすぐらいだ。
魔物の大きさは不明だが、少なくとも厄介だという部分だけは確実に当たってるはず。
早くも俺の願望は打ち砕かれたみたいだ。今回はちょっとやそっとのことでは済みそうにない。非常に残念だよ。
「セーフ……」
一方、バランスを崩していたアネーシャは転ぶのを免れ、何か知らんけどドヤ顔していた。
「こんな悪天候の中ってのが嫌だけど……外、行くしかないみたいだ。このまま余裕こいてサボってたら本当に破壊されるかもしれん。アネーシャ、属性強化をいつでも発動可能な状態にしとけ。素の状態で攻撃食らって一発退場なんてシャレにもならんからな」
「了、解」
額に手を当てて敬礼してるが、本当に大丈夫だろうか? いささか不安だ。
さて行くか。そう心中で言って部屋を出たは良いけど部屋の外、かなりの混乱状態じゃねえか。絶望混じりの生々しい叫び声を聞いた所為か、客の不安が募って混乱が無駄に大きくなってる。
「おい、どうなってんだ!」
「あの叫び声は何なのよ!」
「ママこわいよぉ、うわーん!」
騒ぐだけなら部屋の中に引きこもっていてもらいたい。邪魔くさいったらありゃしねえよ。
この密集した人垣をかき分けて外に出るのは骨が折れそうだ。ともあれ、このまま愚痴っていても仕方ない。
このまま船に沈没されては困る。ここで【アクアマリンド】に到着しないで沈没すれば、場を放棄して逃げ、再度チャレンジすることも可能。だが、また襲われる危険性がある。
倒せる敵ならここで始末するのが一番だろう。原因がクラーケンの場合、今のところ弱点は見当もつかん。記憶を辿って昔読んでいた本の内容を思い出すか、地道に見つけていくか、素直に叩き潰すしかない。
軟体生物に俺の重ねがけ強化攻撃が通じれば良いんだがな……。もし無理なら今回は魔法主体、もしくは魔法剣、久しぶりに解体特化の大バサミ召喚でも可だな。
「はぐれないように俺の一部を掴んどけ。強引に突破する」
「準備完了」
「よりによって選んだのがおんぶかよ……少しは遠慮しろ」
「掴んでる。だから無問題」
確かにガッチリと肩を掴んでるな。足は落ちないように俺の腰を挟んで固定してるし。
「はぁ……行くか」
俺は人の間を縫うようにして外へと続く階段に向かう。どうやっても通れない場合は、騒がしい奴を俺がやったとバレないよう転ばせ、その背中を踏み台にしてどんどん進んだ。
俺が階段に辿り着く直前、船に乗り込んでいた騎士数十名と雇われ冒険者であろう者達が上がっていくのが見えた。
どうやら一足先に向かったみたいだ。その戦力で何とかなってくれるなら俺は大人しくしてられるんだけどな。
そう思いつつ、俺も続いて階段を駆け上がった。
外へ出て、雨風の強さに鬱陶しさを感じたが、そんなことが一瞬で吹っ飛ぶくらい衝撃的な光景が広がっていた。
合計十本のにょろにょろとくねる動きの巨大な触手が、左右の海から生えてきていたからだ。
これは間違いなく正真正銘クラーケンらしい。あの十本の白い触手はクラーケンの足か。
予想するにクラーケンの現在地は船の真下か。この魔導船の精確な大きさまでは知らないけど、最低三十メートル以上なのは間違いないはず。だとするなら……相当デカイぞ。
伝説に違わぬ化け物級の魔物というわけか。最初はお手並み拝見として傍観しますかね。
騎士と冒険者がちょうど今から共同戦線を張るみたいだし。今から間に入ると邪魔にもなる。それで文句言われても嫌だしな。
「騎士団は騎士団で動く。即席の共同戦線で下手に組み込むと反発し合ったり、良さを消したりする可能性が高いからね。よって冒険者の諸君は臨機応変に頼む。攻撃始め!!」
騎士と冒険者の集団が「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!」と雄叫びを上げながら、クラーケンへと総攻撃を始めた。
あの指示を出してた奴……仮面騎士じゃないか。もしかしなくても、ルーカスってあの中で一番偉いのか? なるほどな。通りで腕が立つわけだ。
騎士団、冒険者、共に約二十。総勢約四十か。単純計算で足一本にたったの四人。
少し厳しく感じる……というか厳しい。実際に繰り広げられている戦闘を見るに、攻撃がまともに通った様子は見られない。
剣を使い、斬りつけるも表面に傷が少しつく程度。魔法を飛ばす何人かの冒険者もそれは同じだ。
「ぐわぁあああああ!」
クラーケンの足にぶっ叩かれて俺の少し横に冒険者が吹っ飛ばされてきた。ぶつかった衝撃で気を失ったらしい。早くもこれで一人脱落か。
まるで歯が立っていないな。クラーケンが顔を覗かせなくとも足だけで十分だと判断しているかのようだ。
「魔力練り込み完了! 皆、退いてくれ!」
冒険者の一人が魔法の威力を増幅させる効果があるロッド(俺は邪魔だから持ってない)を前に突き出し、魔法名を唱えた。
しかし、突き出した方向は海。
『メイルスラッシュ』
ロッドの先が青く光ったかと思えば、クラーケンの足一つが突如発生した渦潮に掴まった。クラーケンの足が渦の回転に抵抗できずにぐるぐると回り続ける。
「あれに一体何の意味がある? 変化も何も起こらな――」
ん?
「回転がどんどん激しく速く……浅く傷も」
アネーシャの言った通りだ。回転が荒々しく速くなるほど、クラーケンの切り傷が深くなっていく。
「これは切断されるのも時間の問題か」
流石、水属性魔法が得意な種族だけある。あの冒険者のランクがそれなりに高いからだろうが、それにしてもだ。
中には使える奴もいるみたいだな。
「今のは……?」
視界の右端で何かが横切った。俺がその方面に目を向けると、にょろにょろと動き続ける足とその近くに仮面騎士が。先程までと違うのはクラーケンの足が切断されていることだ。
「一本斬り落としたぞ! 僕に続けぇぇえええええええ!」
ルーカスの気合いが入った叫びにより、騎士と冒険者の集団が再び雄叫びを上げる。今ので確実に士気が上がったな。上の者の活躍は下の者に元気を与えるもの。この場を上手く統率というかコントロールしている。
「二本目だ。二本目に成功したぞぉぉおおおおお!」
渦潮を発生させていた冒険者か。残り八本。この調子なら俺の出る幕はないかもしれないな。
そう思ったのが良くなかったのかもしれない。そんなに甘い相手ではなかったようだ。
クラーケンが未だに無事な八本の足を一本残らず海に引っ込めた。
「撃退だ。クラーケンの撃退に成功したぞ!」
誰かが腕を空に突き上げ、歓喜の声を上げた。それに同調するように次々と喜びの声が上がる。
「諸君、喜ぶのはまだ早い! 構えを解くな!」
「え? うわあああああ!!」
突如飛び出してきたクラーケンの足により、一人の冒険者が闇のように暗く深い荒れに荒れた海へと引きずり込まれた。
続いて油断していた騎士と冒険者の背後から白い足という魔の手が素早く迫り巻きつく。同じように抵抗できず沈んだ。
クラーケンが攻撃方法を変えてきたのだ。先程までは常時足を出しっぱなしだったのが、海から奇襲しては引っ込めるの繰り返しとなった。
油断大敵って言葉を知っとけばな。そもそも撃退したくらいで安心するなよ。魔導船を何度も沈めた化け物だぞ。二本足を切断されたら怒るのが普通だろ。
それにしてもクラーケンは足で生物の居場所を感知しているのか? 見てもないのに自由自在すぎるだろ。だとしたら厄介だな。目を潰しても意味をなさないのだから。
奇襲に上手く対応できている者が少ない。このままじゃ減る一方だぞ。ルーカスやその他の一部は避けたり、弾いたりと流石の対応を見せるが、それでも中々タイミングが合わないのか、反撃にまでは移れていない。
「一体何事ですか?」
そろそろ動くべきかと思っていた時、後ろの船内入り口からミントローズと男女二人組のお付きがやって来た。
「来たのか」
「ええ……先程までは待機していたのですが、騒ぎも一向に収まりませんし。乗客の方々もずっと不安そうでしたわ」
「見ての通りだ。クラーケンが襲撃してきた」
「実在していたのですね。わたくし達の町から活気や命を奪う不届き者は許せませんわ」
ミントローズが怒りで震え出す。クラーケンによる被害で何かと苦労があったんだろう。魔導船を何隻も沈没させられ、それによる被害を推測したらだいたいの察しはつく。
「アリアドネ様、お待ちください。私達はケビン様からアリアドネ様の安全配慮や身の回りの世話を任されているのです。危険地帯へ飛び込むなんてことは見過ごせません」
「そうですとも、そうですとも。どうか落ち着いてくださいませ。ここは騎士様や冒険者の方々にお任せしましょう。それがあの方々の仕事でもあるのですから」
「自分の身は自分で守りますわ。現状はどう見ても押されています。このままなら死ななくてもいい命が失われ、最悪この魔導船ごと終わりですわ。そうなってからでは遅いのです」
二人の警備兵が「アリアドネ様!」と呼び止めるもミントローズは振り返らず、地を蹴って飛び上がるようにして急行した。
「あんた達は行かなくて良いのか」
「私達では敵いませんから。祈ることしかできません」
「残念ですが、お役に立てません。足手まといになって負担を強いてしまいます」
実力をわきまえた上での判断か。妥当だな。しかし、ここでミントローズに何かあれば、この場を乗り切れたとしても二人は罰則を受けるのだろう。
まあ、今回ばかりは重傷を負う前に助けてやるがな――もちろん五千万コルタのために。
さてさて、肉体特化のミントローズはこの状況を打破できるのかな。今までを見た限り、有効なのは切断系。鍛え上げた肉体が武器のミントローズに、果たして有効な手があるのかどうか。
何はともあれ、Sランク冒険者並の実力を持つミントローズが現れた以上、俺が出るのはもう少し後でも良さそうだ。
……俺もちゃんとターゲットにされてたんだな。
「不意打ちのつもりか……? 見物中に無粋な真似をするなよ。お前の今相手すべき敵はあっちだろ」
俺は即座に光の属性強化をし、光剣を右手に具現化させ、突如横から伸びてきたクラーケンの足を斬った。
半分も斬れなかったな。耐久性もある。それでもクラーケンの足は引っ込んだが。
警備兵二人は恐怖したのか俺の後ろでへたり込んでいた。アネーシャは動じてもいない。クラーケンの足が去るのを目で追うのみ。
「まだいたのか。邪魔だから船内に引っ込んでろ。今のは俺に向かってきたから撃退したが、次はどうなるか分からんぞ」
警備兵二人はミントローズの向かった方に深く一礼をして船内へと戻っていった。