ムッキー女との決着
「……何の真似だ? ルール違反行為と見なして俺の勝ちになるぞ」
勝負が決まると思われた瞬間、前触れもなく青髪が乱入。手を横一杯に広げ、ムッキー女を背に庇う形で俺の前に顔色を悪くした状態で立ち塞がった。
顔色が優れないのは青髪だけではない。町の最高戦力であろうムッキー女を追い詰めた俺の実力に嫌でも気がつき、ようやく警備兵達も格の差を目で見て肌で感じ取ったらしい。
お前らの敗因は全員が全員俺を舐めてたこと。ちっぽけなプライドを捨て、自分達の非を認めて土下座をし、トラブル解決に誠意を持って迅速に取り組んでいれば俺の心象を悪くすることもなかった。
五千万コルタが手に入ることだし、本格的に敵対する気はないが、普通にコイツら嫌いだわ。
「それでも構わない! これ以上彼女を傷つけないでくれ!」
「あっそ。うんじゃ俺の勝ちな」
ごねる必要はない。むしろ無駄な労力を使う手間が省けてラッキーだ。
最初からムッキー女には何の恨みもないから痛めつける理由もない。それどころか感謝してる。大金を賭け尚且つ戦闘経験を積ませてくれたのだから。
「ま、待ってください、ませ……」
「アリアドネ! 本当にすまない……君にこんな辛い役目を押しつけてしまって。僕は君の婚約者失格だ……」
「わたくしは、負けま、せんよ? ケビン様は、何の心配、も……」
見上げた根性だな。誰もが諦める中、本人だけは戦闘続行の強い意志がある。でも、どれだけ意志が強かろうと、もう立ち上がれまい。
断言できる。例え奇跡的に立ち上がれたとしてもこの勝負、絶対に逆転は起こり得ない。
ま、どちらにしても青髪の乱入で俺の勝ちは決定だがな。
「そんなに声をかすれさせて……喋るのだって精一杯じゃないか。僕はこれ以上僕の所為でアリアドネが傷つく姿を見ていられない」
「心配……してくれるのですね。凄く……懐かしいですわ。何だかとても胸がぽかぽかします。おかしい、ですわね。苦しいはずですのに……」
ムッキー女の頬に一筋の涙が伝う。ムッキー女にとっては待ち望んだ言葉だったということか。
全ての経緯を知ってるわけではない俺からしたら感情移入もできない安い感動劇を繰り広げられてる風にしか映らなくて若干苦痛だ。
せめて青髪との初対面がまともなら多少は違ったかもしれん。初対面があれでなくてはこの光景もあり得ないから、結局意味のない仮定になるがな。
しばらくお涙頂戴話が続き、俺はそれを適当に聞き流していると、その途中にポーションでムッキー女は回復した。
さっきちらっと時間を見た時、出港時間を過ぎててショックを受けたっけ。薄々……というよりほぼほぼ分かってたけど、実感すると度合いが違うな。
納得いかず引き下がらなかったのと、金に目が眩んだ自分が悪いとはいえ。
ギリギリ間に合うなら、こんな退屈話即強制的に打ち切って港にダッシュなのにな。
「一人で何もかも背負わせてごめん。僕は僕より強くなったアリアドネに劣等感を抱いて自分勝手に避け続けてた。挙げ句の果てには努力も怠り、発散するように偽りの一目惚れを繰り返して……。アリアドネの気持ちや想いを知ろうともせずに……」
「謝らないでくださいませ。わたくしもケビン様と話し合うことを放棄していました。どっちもどっちですわ」
あっという間に和解の雰囲気が出来上がりつつある。感情が高まったのか青髪とムッキー女、更には警備兵まで号泣してるみたいだ。
まさしくすれ違っていた長い時間を取り戻すかのような光景……なのか?
嘘みたいな光景だ。俺にはよく分からん。いつの間にか隣にいて俺の服の端を掴んでるアネーシャは無反応。何を思ってるのやら。
……ん? ちょっと待てよ。マジかこいつ……嘘だろ。立ったまま寝てやがる。器用な奴だな~。
――器用な奴だな~じゃねえよ!
そこじゃねえだろ俺。てかよ、幾ら自分に無関係だからって普通寝るかね。俺ですら起きてるのに。
どうでも良いけどバランス感覚凄いな。前にも後ろにも倒れる気配がまるで見られない……あーそういうことか。俺の服掴んでるからだわ。
一人だけ良いご身分なこって。まあ、今回は多目に見よう。五千万コルタを引き寄せる最初のきっかけとなってくれたことだしな。
「……本当に僕は馬鹿だった。こんなにも近くに素敵な子がいたのに僕は……。今度から……いや、今日からは僕が守るから。これまで馬鹿な真似ばかりしてしまって本当にごめん!」
「ケビン様が……わたくしを、守る?」
青髪の言葉にムッキー女の様子が急変する。茫然自失な顔になったかと思えば即座にうつむかせ、わなわなと震え出したのだ。
「もう無理して鍛えなくても良いんだ。ありのままのアリアドネに戻ってくれて構わな――」
「そんなの……そんなの駄目ですわ! わたくしの使命を奪わないでくださいましぃぃぃぃぃ!!」
これには皆一様に口をあんぐりとさせた。もちろん俺もだ。
それにしても惚れ惚れしそうなくらい見事な顎への一撃だったな。一体何メートル先の上空まで飛んだんだ? おかしなくらい高く真っ直ぐ打ち上がったみたいだけど。
お、落下してきたな。あのまま地面に激突したら死ぬんじゃなかろうか。青髪に死がそこまで迫ってる。青髪の運命は如何に!
「ケビン様は何も気にせず、わたくしに一生守られてたら良いのですわ!」
ムッキー女が人差し指をビシッと青髪が先程までいた場所に向けるも、そこに青髪はいない。
何故ならお前の攻撃の所為で、現在圧倒的な危機が訪れてる最中だからだ――真上で。
どこどこと左右前後を見渡すもまだ姿は発見に至らない。本当に完全無意識の突き上げだったということか。恐るべし、ムッキー女。
「ケ、ケビン様ぁぁぁぁぁ!! 大変だ! アリアドネ様がご乱心、ご乱心なされたぞ!」
呆気に取られてた者達がようやくここに来て騒ぎ出す。この時、場は混沌に支配されていた。
「え? え!? う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰かぁー! 誰か誰か誰かぁー!」
運良く? 落下途中、一時的に飛んでた意識が戻った青髪。あらんかぎりの悲鳴を上げパニックを起こしながらも、そこは生きるか死ぬかの瀬戸際。助けを求めるべく懸命に叫ぶ。
「上からケビン様の声が……ってケビン様!?」
流石だ。青髪を発見次第、慌てず焦らずジャンピングキャッチとは。愛しの青髪をキャッチする際に衝撃を緩和することも忘れていない。
あのまま落下速度が更に加速し、誰にも助けてもらえずに石畳とごっつんこしてれば、真っ赤な果実がべちゃりと潰れて飛び散る――そんな風な目を覆いたくなるグロい光景が広がっていたことだろう。
「どうしてあのようなところから落ちてきたのですか!」
「アリアドネがやったんじゃないか! 僕、本当に死ぬかと思ったのに覚えてないのかい!?」
青髪は抱っこされたまま唾が飛び散るくらいの勢いで驚きの声を上げる。
「そうなのですか? 完全な無意識でしてよ。記憶にございませんもの。我慢ならなくて暴走してしまったのですね。ごめんあそばせ」
自覚の薄いムッキー女がきょとんとした顔で謝りながら青髪を降ろして座らせる。
警備兵達は一安心といった風に胸を撫で下ろしていた。
「もう良いよ。それよりどうしてそこまで僕を守ることに固執するんだい? あの時のことなんて気にしてないのに。むしろアリアドネを庇えたことは名誉の負傷だよ。第一過去に体型のことで色々言われて落ち込んでる時期があったじゃないか。昔みたいな体型に戻れば何か言われることはない。オシャレの幅も広くなるよ?」
なーんか言葉の節々から誘導しようとする意図が見え隠れしてならない。
「確かに精神的にきつい時期がありましたわ。体型を小さくしてオシャレをしたいと思ったことも少なくありません」
「だったら」
「――しかし! 今は何とも思いません。結果的に精神が鍛えられて成長したのもありますが、ケビン様を守ることに比べたら有象無象の些細な言葉なんてへっちゃらになりましたわ」
「僕はね、アリアドネには昔みたいに普通の女の子として生きてほしいんだ。戦うことは男の僕に任せてくれたら良いんだよ?」
無駄だよ青髪。お前には分からないのか? それとも分かってて説得を続けてるのか? ムッキー女の確固たる決意をお前の取って付けたような中身が薄っぺらい言葉で思い通りにできるはずないだろ。
「……まさかとは思いますけど、この体型のわたくしのことは愛せないのですか? もしそうなのでしたら……婚約解消も厭いませんわ。ケビン様を守れなくなることはわたくしには耐えられませんから」
ほらな。もうこいつの想いはある意味狂愛の類いだ。その証拠に婚約とかの枠組みに囚われてない。
そりゃあこのまま婚約者でいられる方が良いってのが本心だろう。だが、それと同等以上に青髪を守るという使命感が異常な程強い。
「い、いや、そそんなことないよ。ただ、アリアドネが僕を守ることで今回のように傷を負うことを看過したくない。アリアドネが傷つく姿を見て強く思わされたんだ。婚約者としても一人の男としても」
ホントかよ……。最初、思いっきり動揺しただろ絶対。ギクッてしてたよな。図星に決まってる。
「でしたら一緒に切磋琢磨しながら強くなりましょう。それで解決ですわ。そしていつの日か、わたくしよりもケビン様がお強くなられたならわたくしも潔く女として守られます。これ以上は譲歩できませんわ。わたくしを安心させるくらいの成長を見せてくださいませ」
「分かったよ……」
随分と渋々頷いたけど青髪は不服なのか? 不服なんだろうけど、婚約解消する気はないから何も言わないということか。
この一連のやり取りを見て思ったが、過去の出来事が青髪にとっては大したことなくとも、ムッキー女にはトラウマになってる可能性がグンと上がったな。ムッキー女の出した折衷案こそがトラウマを克服する鍵なんだろう。
青髪が俺に痛めつけられてる姿を見て耐えていたのは、明らかに悪い方がどちらなのか分かっていたからだ。
いや待てよ。そもそも婚約解消になるかもしれない件はどこ行った? 何でお前らは一緒に歩むこと前提で話し合いをしてる。
まあ、そこら辺は心底どうでも良い。勝手にやってくれ。五千万コルタを無事に貰えれさえすれば俺には関係ないことだ。
……さて、そろそろその本題である五千万コルタについての話し合いをしようじゃないか。
「おい、お前らの個人的な話はそこまでにしろ。ムッキー女、俺は五千万コルタについて話がある」
「僕はまだしもアリアドネを変な呼び方で呼ぶんじゃない! そもそも僕達は今大事な話をし――」
「お前には聞いてない。黙ってろ。その口を縫い付けられたいのか?」
俺は軽い殺気を青髪に浴びせて黙らせる。これ以上青髪と関わる気はない。イライラを増幅させられるだけ。所詮水と油だ。
「ケビン様は口を挟まないでくださいませ。話がややこしくなりますから。名乗り遅れましたが、わたくしはアリアドネ・ミントローズですわ。せめて家名でお呼びくださいまし」
冷静に繕うミントローズだが、その顔は少しひきつってる。気に障ったんだろう。
「ムッキー女と呼ぶのは控えよう。明日の出港時、必ず来い。向こうに到着したら即五千万コルタの用意に取りかかれ。そんだけだ」
「分かりましたわ」
「逃げないとは思うが、もし逃げたら……ここから先は言わなくても分かるよな?」
俺は意図的に青髪と警備兵を交互に見た。約束を反故にした場合そいつらがどうなっても知らんという脅しの意味を込めて。
「逃げませんわ。ミントローズ家の名に懸けて」
「行くぞアネーシャ。……そうだったな。早く起きろ馬鹿」
いつまでも眠りこけるアネーシャに目覚ましにはピッタリなデコピンを食らわせてやった。
「あうっ……あれ、お花畑、どこ?」
何で夢の内容が臨死体験者と同じなんだよ……。
「寝惚けんな」
俺は港の方へと歩き出す。野次馬や警備兵は俺を畏怖の目で見つめ、蜘蛛の子を散らすように道を開けた。
「あ、リオル待って」
「海って青かったんじゃないの?」
立ち止まって直ぐ、アネーシャの第一声がそれだった。目の前には広大な海。緩やかなさざ波の音が聞こえる。波の上に反射して輝く光は眩しい。
「人間国領土の海はな。ここは他国。緑色でも不思議じゃない」
「綺麗……故郷の赤い海とは大違い」
「確かに綺麗だな。俺が見た青色の海よりも。観光客が集まるのも分かる」
俺もアネーシャも初なのだ――緑色の海は。単純に綺麗という十人並みの感想しか浮かんでこない。
「あ、お金はどうなったの?」
「最低でも三日後までには貰えるさ。そしたら当分の間は金に困ることもない」
「美味しい物、沢山食べれるね」
最初に思いつくのがそれって食いしん坊かよ。アネーシャらしいと言えばアネーシャらしいが。
「そうだな。贅沢三昧するのも悪くない、か」