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想いの強さ、リオルには通じず

 Sランク並の実力を持ってるにしても大きな体格だ。どれだけ敏速な動きができても大振りになる可能性が高い。だから属性強化のままでもそれなりには対応できる……そう思ってた。


 なのに何なんだこのザマは。属性強化の全力全開を発揮して防戦一方。このムッキー女……マジでSランク並の強さじゃねえか。


 俺は強いにしてもSランクに近いAランク上位程度が精々だと予想してた。でも違った。実力は文句なしの本物だ。


 反撃も許さぬ殴打と足蹴の応酬。逃げ場はどこにもない。大きく後ろに飛び退ろうと休む間もなく追撃が来る。


 ムッキー女の一挙手一投足に目を配り、どうにかこうにか紙一重で躱すしかないギリギリの状況が続く。


「元気がありませんわね」


 ブフォンッ!


 巨大な剛腕ラリアットが俺の髪をかすり、頭上すれすれを通過する。振るわれて鳴る風音で威力の高さがうかがえた。


 大振り故に隙はあれどその隙を突くことは憚られる。どうしても誘いに感じてならない。


 額に流れ落ちる邪魔くさい汗。拭いたいという気持ちが芽生えるも強引に打ち消す。


 絶体絶命のピンチを引き起こすトリガーになられては困る。些細ささいな動作一つでも今の俺を崖から突き落とす要因になり得てしまう。


 まだまだムッキー女は体力に余裕があるように見える。特別な魔法を使った形跡はないのに何故ここまで強いのか――そう疑問に思うが、今はそんな場合ではない。


 ……俺は言魔法を使う。属性強化では逆立ちしても勝てないと理解させられた。属性強化の()()()は模索中。ならばやるしかない。


 魔王軍の幹部連中以外にも多くの強者が世界には存在する。旅をしてる以上、この先も色んな強者に出会うことは間違いない。


 そんな化け物共と戦闘する場合に出し惜しみなんかしてたら敗北は濃厚だ。俺の魔法は詳細を知られなければ――いや、例え知られても大丈夫。魔法を封じる反則野郎がいない限り。


 こんな時にこそ使わねばいつ使う。五千万コルタは必ず頂戴する。これは決定事項だ。


「しまっ――」


 色々と思考を巡らせてた所為で注意が散漫になっていた。いつの間やら回避不能ラインまで距離を詰められている。これは間に合わない。


 受け流すことも難しい。……ならばこのまま防御するぞ。俺は真っ直ぐ放たれた掌底に合わせ、腕を素早く交差した。


「ぐうっ、重っ……」


 この威力は……押し込まれる。どんな膂力してやがんだよ。巨大な岩を投げ込まれたかのようなガツンと来る馬鹿げた衝撃が凄まじい。


 抵抗せず後ろへ飛ばされた方が賢明か。今のまま下手に対抗しても結果は見えてる。


「まだ終わりませんわ。ハァッ!」


「かはっ」


「リオル!」


 酸素と胃液を強制的に吐き出させられる。


 あり得ない……。大人しく吹っ飛ばされて反撃開始の狼煙を上げる予定を完全に潰された。


 吹っ飛ばされるまでは良かったんだ。問題はその後。ムッキー女の掌底から衝撃波が放たれた。俺はなすすべもなく直撃。


 今は無様にうつ伏せのまま倒れ込んでいる。腕は掌底で痺れ、体の内側は衝撃波により結構なダメージを受けた。


 一撃の強さが俺の属性強化とは段違いだ。マジでムカつくぜ。対人戦でここまで被害を受けたのは初めてだ。まさか魔族以外の奴にこんなにも早く手こずるとは思ってもなかった。


 どう突き詰めれば属性強化を上回るこんなデタラメな身体強化魔法? を極めることができるんだ。


「わたくしの勝ちですわね。降参なさってくださいませ」


 優勢とはいえもう勝ちの確信か。外野からもムッキー女の勝利を決めつけた声が耳に入ってくる。今の状態の俺を見るに当然の反応でもあるが。


 だがな、今回お前は選択を誤った。俺はそこらのちょっと強い程度の有象無象とは訳が違う。俺を気絶させなかったことがお前の敗因となるんだ。


 お前には三割。それで終わらせてやる。


『完治せよ』


「そして」


『限界の三割まで己を強化せよ』


 負っていたダメージが瞬時に消え失せ、俺は余裕の笑みを浮かべて悠然と立ち上がる。


 今の三割は黒龍との戦闘を経たことで出国時の三割とは違い、成長した三割となった。これで敗北することはない。


「まだ勝った気になるのは早計だろ。本番はこれからなんだから」


「……どうして立ち上がれるのですか? わたくしの一撃は完全にあなたを捉えたはずですのに。それにその身に纏う白いオーラは一体……こんなの非現実的ですわ」


 ムッキー女……お前も俺にとっては十分非現実的存在だ。掌底から衝撃波を放つ奴なんてそうはいない。てか初めて見た。肉体と顔のギャップが極端に激しい奴も同じく。


「さあな。自分で考えろ。考える暇があったらだがな」


「いいえ、勝つのはわたくしですわ。次は完全に意識を奪い、楽にさせてあげましょう。それならばごちゃごちゃ考えなくとも今度こそ終わりですから」


 戦闘における考え方は見た目通り脳筋寄りか。己の肉体のみを限界まで鍛え上げるタイプで、あまり頭を使った戦闘は得意じゃないんだろう。


「できると良いな」


「わたくしとあなたでは覚悟が違いますわ。背負ってるものの重みも。敗北するわけにはいかないのです」


「お前の身の上事情なんざ知ったことか。お前の思いは俺の思い(五千万コルタを絶対貰う)に打ち砕かれる運命さだめだ」


「打ち砕かれるのはあなたの方ですわ!」 


 あの筋肉の鎧を纏った重そうな体に似合わずムッキー女は摩訶不思議な程に速い。先程までは神経を張り巡らせて何とか対応するので精一杯だった。


 でも今は違う。全然違う。ムッキー女のパワーとスピードをあまり脅威に感じていない。


 俺はムッキー女の硬くて重い右拳を平然と受け止めた――片手だけで。


 勢いと速さが加えられた一撃にズリズリズリッと後退はした。強烈な力は確かに感じる。でもそれだけだ。俺には通じないし、手に痺れもない。


 顔を驚愕に染めるムッキー女を見て、俺はニヤリと意地悪く笑ってやった。


「その程度か? もしもそれが全力だと言うなら諦めろ。俺の勝ちが揺るぐことはもうない」


「まだですわ!」


 目の前で起こった信じられない事実を紛らわす為だと一目で分かる叫び声を上げたムッキー女は、すかさず左掌底を突き出してくる。


 俺はムッキー女の掌底を右拳で弾き、がら空きの脇腹目掛けて右足で蹴りを放つ。


「くっ」


 命中し、脛辺りに硬い肉の感触が伝わる。手応えあり……だ。ムッキー女の顔が苦痛に歪み、膝がガクッと折れた。


 その様子を見た俺は即座に足を引っ込め、もう一度同じ箇所を狙って蹴り抜く。


 しかしそこは流石ムッキー女。俺の振り抜いた足を脇でガッチリ締められて防がれる。俺は逆に固定された足を利用。残る片足で石畳を蹴り、空中で腰を捻ってムッキー女の側頭部を狙う。


「わたくしは抵抗しない人形じゃ……なくてよ!」


 側頭部を咄嗟に守ったと同時に俺の足を掴んだムッキー女。両足を掴まれ身動きの取れない俺をぐるぐると高速で回転させ始めた。


 髪は風で乱れ、着てるコートはバサバサ音を立てて激しく靡く。されるがままの俺は足を離され、頑丈そうな壁に向けて投擲された。


 空中で体勢を立て直すべく俺はくるりと半回転。頭からの激突を回避し、壁にほんの一瞬着地。両足で力強く壁を蹴り、再びムッキー女の下へ。


 俺の動きが予想外だったのか、ムッキー女の反応が鈍る。俺はそのまま空中突進。


 右腕を限界まで引き、拳を硬く握る。振り抜いた俺の拳がムッキー女の腹にめり込んだ。


 感触的判断からして腹筋に力を込め、咄嗟の防御をしたと思われるムッキー女。


 しかし、俺の全体重が乗った拳の勢いは衰えを知らず、拳が腹に突き刺さったままムッキー女は逆側の壁まで吹っ飛び、ようやく止まった。


 壁に叩きつけられたその瞬間、それなりの量の血を口から吐き出す。ムッキー女は純白のドレスを自らの血で染めた。


 刹那、静寂が訪れる。短いはずなのに不思議と長く感じる沈黙が重い。


「……アリアドネ……」


 誰しもが突然の逆転劇に度肝を抜かれた中、ムッキー女の名を呼ぶ一人の力ない声が鮮明に響いた。


 青髪が出した声らしい。今どんな心情だ? お前が迷惑行為を行い、謝罪しなかった結果、辿り着いた末路がこれだ。婚約者であるムッキー女の傷ついた姿を見て何を感じている? 


 ま、そこまで興味はない。何となくは表情を見れば分かる。勝手に後悔してろ。


「この勝負俺の勝ち――」


「ま、だ。まだ……ですわ」


 ふらふらとよろめきそうになりながらも歯を食いしばって立ち上がるムッキー女。気力を振り絞って何とかってところか。顔色はあまり芳しくない。一瞬でも気を抜けば倒れそうに見える。


 今の強化状態で出せる全開に程近い力を込めての一撃を受けてまだ立てるこの事実。大したものだ。


「へぇ~まだやる気か。勝ち目なんてあってないようなものなのに。何であんなどうしようもない奴の為にそこまで? 正直言って心底理解に苦しむ」


「興味なかったのではなくて?」


「気が変わった。その諦めの悪さがどこから来てるのか興味が湧いたんだよ」


「あなたからしたらケビン様はどうしようもなく見えてしまうのでしょうね。実際普段はそうですから否定できませんわ」


「だろうな」


 青髪の態度を短い間とはいえ見た限りでは、領主の仕事をまっとうできるとはとてもじゃないが思えない。


 上に立つ者が一人で出歩き、あまつさえ仕事を放棄して迷惑ナンパ。この時点で終わっている。


「昔のケビン様は一目惚れしませんでした。面倒事に首を突っ込むのは今と変わらず日常茶飯事でしたが。この体型になり始めた頃からですかね。わたくしのことを避けて一目惚れするようになったのは」


 ムッキー女の表情が陰りを帯びる。自嘲の笑みも含んでるな。鍛え抜いた肉体に誇りはあるけど好きではない。そんな感じか。


「青髪は外見で人を判断する奴の典型なんだな。要は外見が気に入らなくなったから他に目移りするんだろ?」


 最低の屑野郎だとは思うが、責めはしない。外見は人によって許容範囲が違ってくる。青髪には無理だった。それだけの話だ。


「わたくしも同意見ですわ……。ですが、それでも良いのです。今のわたくしが生きてるのはケビン様のお蔭ですから」


 尽くすタイプも度が過ぎれば損だと思うが、ムッキー女の満足そうでどこか誇らしげな表情はそうじゃないと語っている。


「十歳の頃に毎日の勉学が嫌でケビン様に連れ出してもらい、二人で森を探検したことがあります。楽しかったのは最初だけでした。途中、魔物に襲われてしまったのです。ケビン様は震えながらも小さな体でわたくしを命懸けで守ってくださり、結果的に助かったものの大怪我を……」


 ムッキー女の体は縮こまって小刻みに震え、心なしかデカデカとした体が一回り小さく見えた。当時のことを相当気に病んでるなこれは。


 あ……なるほどこれか。ムッキー女がムッキー女になる入り口は。


「わたくしは自分を責めました。嘆きました。情けない気持ちになりました。そんなわたくしにお目覚めになられたケビン様は『君は何も悪くない。可憐な笑顔を見せてほしい』と優しい笑顔で言ってくれたのです」


 キザったらしい喋り方は昔からか。それにしてもたったそれだけのことで見向きもされないのに想い続けるとは。俺にはよく分からんな。


「心を撃ち抜かれたわたくしはその時決意しましたわ。強くなってケビン様を守っていく、と。ケビン様に褒められた顔以外を徹底的に鍛えた結果が今のわたくしですわ」


「俺には到底理解できんな。さっさと諦めて降参した方が楽だぞ? 万が一にも勝機はない。この状況を覆すのは不可能だ」


「わたくしは負けませんよ。ここで負けては何の為にケビン様に避けられてまで鍛え上げたのか分かりません。避けられても婚約解消になったとしても拒絶される日が来るまではケビン様を守ります。わたくしはケビン様を心の底から愛してますから!」


 元気だな。最初と比べて気迫も衰えていない。むしろ気迫だけなら上回ってる。喋りの時間を作ったから少し回復したか? 依然として無駄であることに変わりはないが。


「僕を、僕なんかを……アリアドネ、君は、君って子は……」


 青髪が涙を流しながら感動してる。何か知らんけど今更感が半端ない。絶対あり得ないことだけどこの状況下で手のひらを返したムッキー女に見限られたら面白いのに。


「そこまで俺の為に! ってな感じの心境だと思われる青髪。お前はよく見とけよ。理由を知った上でお前の大切? な婚約者を叩き潰す。さぁ、どこからでもかかってこい」


 俺は挑発めいた手招きでムッキー女を呼んだ。


「勝つのはわたくしですわ!」


 衰えて尚も速い突進。自分を奮い立たせる雄叫びを上げながら、愚直にも真っ直ぐ向かってくる。


 俺はムッキー女から繰り出される攻撃を右へ左へと軽く受け流したり、弾いたりなどを行い、最早回避訓練気分だ。


 小さな隙を敢えて無視。大きな隙ができた瞬間を狙う。


 ――今だな。


 疲れが見え隙を晒したムッキー女の腹に速度重視の弱すぎない五発の拳打をほぼ時間差なしでお見舞いした。ムッキー女の体勢が大きく曲がる。


 追撃として曲がり窪んだ腹へ蹴りを食らわせ吹っ飛ばす。ムッキー女は背中からまともに強く落ちるもしぶといことにまだ意識が残っていた。


 十中八九降参はしない。だから次で必ず気絶させる。俺の勝利で幕を閉じさせてもらう。


「これで正真正銘終わりだ。中々に強かったぞ」


 俺は気絶するであろう威力の拳を振り下ろそうと大きく肘を後ろに引いた。


「もうやめてくれ!」

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