大金獲得のチャンス到来
「ケビン様……あなたという人は。お義父様に任された仕事を放棄してナンパですか。少し目を離すといつもいつも」
いつもて……。最低野郎じゃねえか。何でこんな奴と婚約したままなんだよ。普通解消するだろ。
青髪は一目惚れが多いみたいだが、この状態で夫婦になったとしても将来浮気の連続記録を作る未来しか想像不可だ。
こいつに本気で靡く奴は稀有な存在だと思わずにはいられないが、それなりに整った顔と財力があるしな。
一目惚れ演技の可能性も考えられなくはない。婚約者と結婚したくないがための。
「ち、違うんだ。こ、これは……」
何が違うんだよ。お前の首からさっきまではかいてなかった汗が発生し始めてる。明らかに動揺してる証拠じゃないか。
「ただでさえ観光客が減って大変な時期だというのにそんなことでどうなさいますか。あなた方もですわ。この町の評判を落としたいのですか? 悪いと思うことは叱ってくださいませ。お義父様からも頼まれていたのではなくて?」
「も、申し訳ございません!」
「このまま無能を発揮し続けるようであれば隊長の座を部下に譲ることになりますので、頑張ってくださいませ」
婚約者は見た目はあれだが、結構まともだな。失礼隊長が顔を青ざめて深々と頭を下げてる姿は絵になる。
ざまあみろ。そんまま解雇されて路頭に迷え。それが無理なら降格しろ。少なくとも警備兵の隊長を任される器じゃねえよ。身の丈に合ってない。
「この度は誠に申し訳ありませんでした。不快にさせてしまったこと心より謝罪します」
「なっ!? 君が謝ることは!」
こいつの思考回路はよく分からん。ここで婚約者を気にする必要あるのか? お前は殺されかけてる状況でもアネーシャに執着してたよな。
なのにどうしてか今の青髪の気持ちは、婚約者の方を向いてるように見えて仕方ない。控えめに言っても意味不明だ。
「ではケビン様が謝りますか? 反省しているのですか?」
「そ、それは……」
「分かっていますわ。あなたは昔からそういう人ですから。それでも、そんなどうしようもないあなたに惚れた弱味があります。……どうかお願いしますわ。ケビン様を許していただけませんか?」
一途な婚約者と目移り激しい青髪ね。愛されてて幸せもんだなお前は。これは感動もんだわ。
ま、だからって簡単には許さないんだけどな。代理の謝罪なんて筋が通ってないし。
「ぐうっ」
「ケビン様!」
俺は無表情で絞める力を少しだけ強めた。青髪は顔を歪めて苦しそうに呻く。婚約者は悲痛の声を上げる。
「ただで許せと? 本人は謝らないのにか?」
「……」
その通りなんだから黙るしかないよな。謝るべき者が謝んないのは論外。そんなの年端の行かぬ子供でも知ってる常識だ。
「もう出港まで十分だ。お前らの所為で急がなくても良いのに急ぐ羽目、もしくは間に合わない可能性までも浮上してきた」
このまま痛み分けにしてこの場を去れば普通に間に合う。間に合うが、この怒りは収まらない。
不快な気分にさせられて何もなしでおさらばする気はさらさらない。代償は必ず払ってもらう。
「……何がお望みですか?」
その言葉を待ってた。待ってたけどその前に。
……やっぱ違和感が半端じゃない。首から上は普通に女の子。顔が凄い小さく感じる。首から下は単純に全部デカい。
筋肉の発達はえげつないし、胸板の厚みなんて屈強な男と大差ないぞ。腕や足の太さなんかはドレスの上からでも軽く俺の倍以上はあると分かる。
駄目だ駄目だ。気にしてても埒が明かない。忘れろ、忘れるんだ。思考を切り替えろ。
「警備兵と青髪の土下座だ。誠心誠意の気持ちは別にいらん。領民や観光客の前で最大級の恥を晒せ」
「我々だけでも十分な侮辱であるというのに、ケビン様にまで部相応な要求をするか!」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「牢獄に放り込むぞ人間!」
「早くケビン様を離せ! 魔王軍の侵略を恐れるあまり今まで排他的だったにも関わらず、他国に移住を始めた軟弱種族のくせに生意気だぞ!」
「そうだそうだー!」
失礼隊長を筆頭に下らん野次が四方八方から飛んでくる。反省の色ゼロか。そんなんだからお前らは駄目なんだ。
それとな、俺は移住じゃなくて世界旅だ。勘違いすんなよ不愉快な雑魚集団。ろくな原因解明もできないまま無駄に何隻も沈めた町の警備兵ごときが大きなこと言いやがって。
「お黙りなさい! ……申し訳ありません。見ての通り謝ることは不可能ですわ」
「ならどうする? プライドを優先してこのまま青髪の首をへし折ることを許容するか?」
「その人はキザで馬鹿で権力を振り回すようなどうしようもない人ですけど、わたくしにとってはかけがえのない人ですわ」
「アリア……ドネ。僕は君を、ずっと、避けてた、のに……」
俺も不思議だよ。お前みたいな世間知らずで無知な奴がここまで想われるなんてな。青髪が今のまま当主になったら町は衰退が加速する。この婚約者に婚約を解消されたら町の未来は絶望的だろうな。
「わたくしと戦いませんか?」
「……そんな提案されるとは思ってもなかったな」
俺は自然と口角を上げていた。戦闘狂になったわけではない。単純に面白いと思ったからだろうな。
「ケビン様が悪いのは重々承知の上で、それでもわたくしはケビン様を傷つけたあなたが憎いと感じています」
だろうな。話の途中、青髪の話をする時以外は表情がずっと冷たかった。メラメラと燃え盛る怒りを内包していたはずだ。
「で、それに応じたとして俺に何の得が?」
「あなたが勝てばわたしくしもアクアマリンドに渡り、今回の迷惑金として両親に頭を下げてでも五千万コルタを支払うと約束します。このような勝手な約束……わたくしは婚約解消となるでしょうね」
気前が良いな。俺に勝つ見込みがあってのことでもかなり。青髪と警備兵が土下座をすれば一コルタも払う必要はないのにここまでするとは。男より男らしい女だな。俺への憎しみを込みにしても。
「そこまでの覚悟があるか。情けない目移り男の為にそこまでするとはな。馬鹿な奴だ」
「わたくしはケビン様をずっと前からお慕いしてますから」
誰かを愛する者にしか作り出せない魅力的な笑顔だ。顔だけ見てれば特に何の違和感も感じない。少しでも視線を下にやれば不思議の国で迷子だが。
「俺が負けたら?」
「捕縛はしませんわ。元々こちらの不手際が原因ですので。今回の件を水に流してもらうことをお願いいたしますわ」
「決まりだな」
低リスク高リターン。最高の条件だ。こんな楽に五千万コルタ手に入るならあんなゴミ屑共の謝罪なんてカスだカス。
俺は青髪の首から手を離す。そして失礼隊長に狙いを定め、青髪の腕を掴むと背負うようにして放り投げた。
失礼隊長は咄嗟に受け止めようとするも、あまりの勢いに正面衝突。そんな二人を警備兵と婚約者が心配していた。
「リオル」
「ん?」
「がっぽがっぽ」
「結果的にお前のお蔭だがな」
何故褒められたの本人は分かっておらず首を傾げている。勝利すればの話だがこの臨時収入はアネーシャが青髪に惚れられたから得られるのだ。
気分を害する者達が湧いて出たのは不運としか言えない。でもそれ以上の幸運が舞い込んできた。
偶然であろうと役に立ってくれたな。俺は偶然の幸運を掴む為に勝利しようじゃないか。
「勝利条件はどちらかが気絶、もしくは降参宣言するまで。味方の乱入は禁止。乱入したのが味方の場合は強制敗北だ。異論はあるか?」
「いいえ」
「さっさと始めよう。時間が勿体ない」
俺達の雰囲気がガラリと変わったことで、周囲の者達は慌てて下がった。息を呑んで見守る者達がいるなかで戦いの火蓋が切られようとしている。
対面して思ったが圧迫感は凄いな。鍛え上げられた肉体は飾りでも見せかけでもなく本物なのかもしれない。
見たところ俺と同じ接近戦タイプ。というかあの肉体で接近戦よりも遠距離戦を得意としてたら詐欺だ。
属性強化を使用してないのは使えないからか、はたまた使うまでもないという自信の表れか。何れにせよ戦ってみれば分かることだ。
俺は遠慮なく属性強化を使わせてもらう。
『光よ、我を強くする輝きを身に纏え、属性強化』
「属性強化……ですか。わたくしよりも幾つかお若いでしょうに洗練されていて見事なものです。これなら手加減の必要もありませんわね」
舐められたものだ。手加減を考えてたとは。弱いのに領主の息子や警備兵に大きな口を叩くとか命知らずじゃねえか。そんなのただの大馬鹿者だ。俺はその大馬鹿者だと思われてたのか?
だとしたら、
「少しばかり不愉快だ」
俺は足に力を込め石畳を蹴り潰す勢いで前に飛び出す。この場のほとんどには視認不可能であろう速度でムッキー女に迫る。
ムッキー女は俺の動きを目で追えてる。戦闘を提案しただけはあるということか。
では小手調べだ。俺の攻撃にどう対応するか見せてもらおう。
……この女。
仁王立ちのまま防御の構えもせず、ようこそってか。ゲロ吐いて後悔すんなよ? 俺は右拳を真っ直ぐ振り抜いた。
「ふふふっ」
俺の頭上から笑い声が聞こえた。顔を上に向けると余裕の笑みを浮かべている姿が映る。
俺はバク転で下がる瞬間、右の爪先でムッキー女の顎を狙ったが、頭を軽く後ろに反らされて回避された。
……どういうことだ? 確かに俺の拳はムッキー女の腹へまともに直撃したぞ。殴った感触も確かにあった。まだ全力ではないとはいえ、少しも効いた様子がないのは変だ。
それとも本当に防御するまでもない攻撃だったとでも? そうだとしたらムッキー女の肉体は相当優秀だ。身体強化魔法だけで俺の属性強化を防ぐのは並大抵のことではない。
しかし、顎への蹴りを避けたということは顔面への攻撃が有効なのは間違いないだろう。簡単に顔面へと当てられるかは別として。
それにしても今の攻防だけでやけに外野が騒々しいな。まだ始まったばかりだぞ。
それなのに「流石だ! そんな生意気な小僧そのままやっちゃってください!」「Sランク冒険者と互角に渡り合った実力をとくと見よ!」「アリアドネ様の肉体は世界を征す!」なんかのポジティブな声が多く聞こえてくる。
冷静に声を拾ってみたが、ムッキー女……ヤバイな。Sランク冒険者と張り合ったのか。これは悪い方の想定外だ。属性強化だけでは乗り切れないかもしれん。
外野の声が事実なら納得するしかない。あの一撃程度の威力なら平気な顔で受け止めても何ら不思議はないのだから。
何でこうも強者との戦闘が増えたんだろうね。学園時は雑魚に塵も積もれば山となるしょっぱい攻撃を続けられただけだったのに。
ここ数ヵ月は嫌になる程ハードな相手と遭遇してる。始まりはキリングタイガーを葬ったあの日だ。
何かに憑かれてんじゃないだろうな? ホント冗談抜きで。
ま、愚痴ってても仕方ない。俺は五千万コルタの為に言魔法の強化を使ってでもこの戦いに勝利するだけだ。
「今度はこちらの番ですわね」