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青髪の貴公子(笑)


「風呂沸いたぞ。先に入るか?」


「一緒に入る」


 おかしい……。先に入るか? とは訊いた。一緒に入るという選択肢は与えてない。なのにどうして耳を疑う答えが聞こえてきたのだろう。


 質の悪い冗談のたぐいか。そうじゃなくても一緒に入るのはあり得ない。真面目に取り合うだけ無駄と判断するのが賢明か。


「分かった。俺が先で。お前は二番目だ」


 俺は言うだけ言ってベッドから降りると、返答も待たず浴室の方へと向かう。


 ドアに手をかけた時、背後に気配を感じた俺は目を閉じて立ち止まり、小さく溜め息を吐いて振り返った。


「おい、さらっと無言でついてくるな」


「大切な人とは一緒に入る。常識」


「どこの常識だそれは……」


 他種族の文化はほとんど知らない。ほんの数ヵ月前まで関わるなんて考えもしなかったからな。それでもアネーシャの言う常識が非常識だってことは分かるが。


「お母さんとお父さんが言ってた。お婆ちゃんとも一緒に入ってた、よ?」


「俺とお前は家族じゃない。性別も違う。普通俺らの年齢なら恋人や家族以外で男と女は一緒に入らない」


「私、リオル好き。恋人、なろ?」


 まずアネーシャが恋愛感情を正しく理解してるのかが怪しい。


「お前が思う恋人同士って何だ?」


「好きな人とずっと一緒にいること」


 判断しにくい微妙な答えを……。それも一つの正しい答えだけど求めていたものじゃない。


 遠回りに訊いていたら時間がかかりそうだ。変化なしのド真ん中で核心に迫るとしよう。


「俺とキスできるか?」


「……赤ちゃん、ほしいの?」


 真顔のまま頬を薄く朱色に染めて何を言ってんだこの子。あまりの予想外な返しに一瞬固まってしまった。ひょっとしたらアホ面晒してたかもしれん。


「……赤ん坊について誰から教わった?」


「お父さん。ほっぺはぎりぎりセーフ、唇は赤ちゃん誕生。だから本当に好きな人にしか――」


「みなまで言うな。頭痛くなってきた」


 俺は額に手を当てうなだれた。


 今は亡きアネーシャの父親は絶対に過保護で親バカだ。それも彼氏を連れてきたら「俺を倒さねば認めん」と言うタイプの。


 愛娘が簡単に彼氏を作らないように予防線を張ったとしか思えない。キスしたら赤ん坊ができると未だに信じてるアネーシャ自身が証拠だ。


「大丈夫?」


 心配そうに覗き込んでくるな。お前の所為だ。


「この際だ。教えといてやる。普通の恋人同士がするであろう常識と赤ん坊が誕生するまでの道筋ってやつをな」 


 俺は初歩的なことから自分が知ってることは全部懇切丁寧に説明した。この先知らないままだと面倒になる気しかしない。今でもこの会話に軽く疲れてるくらいだし。


「そんな……お父さん嘘、吐いてたの……?」


 予想してた反応と違う。ショック受けるとこ間違ってるだろ。絶対そこじゃない。


 ……まあ良い。ある程度の知識は渡せたと思う。アネーシャが呆然と立ち尽くしてる今の内にパパッと入ってくるか。


 



「ふぅー」


 風呂から上がった俺はぽかぽかと温かさを感じつつ一息吐く。ここ最近の疲れを癒すかのような良い湯加減だった。


 浴室のドアに念の為としてかけておいた魔法を解除。浴室から出た俺がベッドに腰かけると、直ぐ様向かいのベッドから視線を感じた。


「どうして?」


「……」 


「一緒に入りたかったのに、ドア閉めてた」


 あの話を聞いても尚入る気だったのか……。念には念を入れといて良かった。


 俺も男。アネーシャと混浴すれば多かれ少なかれ興奮する可能性がなきにしもあらずだ。そうなればただの強化要員同行者を変に意識した日々を送らなければならなくなる。そんなの俺は御免だ。


 逆に何の危険もない状況で混浴して少しも興奮しないなら、男として終わってる――そう思えてしまい複雑な気持ちになる。


「俺の話ちゃんと聞いてたか?」


「うん。でもそれは固定概念」


「はい?」


「リオルは命の恩人で私の生きる意味。とてもとても大きな存在。私はリオルとならお風呂に入れるし入りたい」


 アネーシャにとって俺はどれだけ上に位置する存在なんだよ……。


「お前の言い分は分かった」


「ホント?」


「分かった上で俺は入る気がない。以上」


「そん、な……」


 四つん這いになって落ち込む程か? 俺が断るのなんて予想可能な範疇だろうに。


「どうでも良いけど早く風呂入ってこい。俺は先に寝るからな」


「諦め……いつか……必ず……」


 暗い雰囲気を纏わせたアネーシャは、不穏な言葉をぶつぶつ呟きながら、肩を落としたままとぼとぼ歩いて浴室へと入っていった。


 数分後。俺は自分の発言通り、抗い難い眠気に襲われるのだった。





 俺は左腕に体温を感じた状態で目を覚ます。掛け布団を左手でめくって横を確認すれば、俺の腕に自分の両手を絡めるようにして抱きつき、すうすうと寝息を立てるアネーシャの姿が。


「またか」


 これは珍しくない。テント生活時も朝起きればこんな風にくっついて眠っている。最初は俺も注意してたな。治る気配が一向に見られず、段々面倒になってきて諦めたが。


 何の為の二人部屋で二つのベッドだ――と言いたい衝動に駆られそうになるが、グッと堪える。無駄な時間が浪費されるだけだ。


「起きろ」


「ううん……明日の、朝まで」


 アネーシャの肩を揺らすと寝惚けたことを言い出したので、俺は躊躇の欠片もなくスッキリ目覚められる程の威力を込めてデコピンをかました。


「痛い……」


 アネーシャは額を両手で押さえ、不服そうな目を向けてくる。


「自業自得だ」


 この後、下の食堂でこの港町にはギルドが無いことを聞いた。少し予想外だったな。まさか【アクアマリンド】にしかギルドがないとは。


 ということは、クラーケンを目撃した冒険者は依頼を終えて帰る途中に襲われたというわけか。とんだ災難だったな。


 宿屋を出た俺達は港へ直行することにした。夜とは違った明るい町並みを見ながら歩いてると、水人に混ざってちらほら他種族の姿が見られる。海だけを見に来る観光客もまだまだ多いのだろう。


 港町というだけあり、海に近づくにつれて涼しい風と海独特の香りが漂ってくる。


 そろそろ海が見えてくる頃ではないかと思っていたら、前方で男の水人が目を見開き硬直したままガン見してきた。注がれている熱い視線は俺にではない。寸分の狂いもなく俺の隣へと向けられている。


 何だか嫌な予感がするな。アネーシャも不審に思ってるみたいだ。怪訝そうな顔をして首を傾げている。


 あーあ。懸念が当たってしまった……。その水人がこちら――正確にはアネーシャに向かって疾風の如く走り寄り片膝をついて手を握ろうとしてきたのだ。


 残念ながら握ること叶わず、水人の手は空を切ったが。アネーシャは握られる前にひょいっと素早く下がり、俺の後ろへと隠れた。


 おそらく握った後、水人は何かを言おうとしたに違いない。避けられるとは思わず今はポカーンとしてるみたいだが。


 青髪で整った顔立ちの男はそこらを歩いてる水人よりも高価な服を着ており、所謂貴族といった格好をしている。


 俺は構うことなく青髪の横を通り過ぎた。アネーシャは俺の右隣へと移動しついてくる。


「そこの麗しい淑女の君、少し待ってくれないか」


 キザったらしい声が耳に届く。


 呼ばれているのは間違いなくアネーシャだが、俺が立ち止まらないことからアネーシャは見向きもせず無視している。


 あんなもんに構ってられるか――そう思って歩いていたら青髪は正面に回り込んできた。これだから粘着タイプの野郎は面倒なんだ。


「まったく……僕を無視するなんて悪い子だね。でも僕はそんな君に一目惚れしてしまったよ。君はなんて罪な子なんだい」


 キモいな。勝手に喋り出したぞ。口調も普通にうざったい。


「名前を教えてくれないかい。さぞ美しい名前に違いない。おっといけないいけない。まずは僕からだよね。僕の名前は――」


「興味ない。あっち行って」


 にべもなく断るアネーシャに、目の前の青髪と何だ何だと見物に来ていた野次馬勢が固まった。こいつ……もしかしなくても身分高い系かよ。


 青髪はごほんっと咳払いをして気取った笑顔を取り戻す。男前な部類なのに残念臭漂う奴だな。


「気の強い子は嫌いじゃないよ。むしろタイプさ。……おや、君は誰だい? こちらの美しいお嬢さんに夢中でまったく気づかなかったよ。あり得ないとは思うけど……彼氏かい?」


 会話するのも億劫な俺は無視。アネーシャに全投げする。俺一人なら絡まれなかったんだ。対処できる時は自分で対処してもらわないとな。


「そう。見ての通り愛し合ってる」


 アネーシャが青髪に見せつけるようにぎゅっと強く抱きついてきた。おまけとばかりに俺の肩へと頭を乗っけている。青髪の言葉で閃いたのだろう。


「運命を感じたかと思えば、天は僕に愛の壁を、試練をお与えになるなんて……」


 アネーシャの作戦で通じるなら乗っかってやったが、見る限り諦めそうにない。ここで終了だ。


「あうっ」


 俺はむふふーと笑みを浮かべ、離す気配のないアネーシャの頭に左手で拳骨を落とした。アネーシャは頭を抱えてうーうー唸っている。


「この程度の相手、俺を頼らず自分で解決してみせろ。その作戦も目の前のキザ男には無意味だ。俺は先に行く。そいつはただの雑魚だから、これ以上しつこいようなら容赦なく潰せ。迷惑かけられてるこちらに非はない」


「僕が雑魚……だって? これでも雇った冒険者からは将来A級冒険者並の実力になると有望視されてるこの僕を。それだけじゃない。僕はこの港町を任されたパパの息子なんだ。あまり失礼な真似や言動が目立つような――」


「リオルに迷惑かけないで」


 俺に掴みかかってきた青髪を身体強化状態のアネーシャが殴り飛ばした。ぐにゃりと頬を強制的に歪めさせられ、建物に激突した青髪は木片と仲良く沈んだ。


 意外と道化の才能が豊かだな。将来A級有望視が現A級実力者のアネーシャに気絶させられる面白い瞬間も見られた。最高だったよ。


「どけどけぇい! 道を開けろ! 貴様らか、朝から騒いでるという奴らは!」


 おっと、おっと。今度は何だよ。随分と騒がしい甲冑集団が登場してきたな。無作法に取り囲んでくれちゃって。これがこの町の警備兵かな。面倒な奴に絡まれると面倒に巻き込まれるのか。


 災難に見舞われたものだな。出港に間に合わないなんてことが万が一にでも起きたらどうしてくれるんだか。


 実質騒いでたのは一人だけだったのによ……。ホント嫌になる。お前らの対応次第では俺も優しくなれそうにない。これ以上機嫌を損ねるような真似はしないでくれよ?


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