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悪天候中に長話とはこれ如何に

 ザーザー、ビュービュー、ゴロゴロ。雨に風に雷と最悪な悪天候が俺達を襲う。髪と服はがっつりびしょびしょに濡れ、鬱陶しく思う程べたべた体に纏わりついてくる。アネーシャに関しては俺の背中を壁にして雨風をしのいでいた。


 それ自体に文句はない。今一番イライラしてる原因は、現在進行形で俺を利用しているアネーシャでも、俺をびしょ濡れにした雨風でもない。


 絶海の島【アクアマリンド】行きの船が出る港町【ウォータシティ】間近まで来たというのに入り口手前でこんな悪天候の中、待つという空気を読めない時間が加わったからだ。


 俺達の前には五人並んでいて、先頭の一人が向こう側へと通過した。一人三分程度かかっており、あと十分以上も待つとなれば機嫌も悪くなる。例え仕方のないことでも。


 冷静に考えたら一番悪いのはこんなタイミングでの悪天候だ。殴って悲鳴を上げる生物だったらとっくにボコボコにしてる。たった三十秒だけで良いから人に変化してくれよ。このやり場のない怒りを発散したい。


 内心愚痴り続けていると、順番が回ってきた。あっという間ではない。むしろ長かった。愚痴ることが無くなって同じ内容を繰り返す程に。


「雨の中お待たせして申し訳ありません。種族と良ければここを訪れた目的を話してくれませんか?」


 甲冑を着た門番は丁寧な口調だ。これで言葉遣いが悪くて態度が大きければ蹴り飛ばしてたかもしれないが、そこは役目を果たす者として大丈夫らしいな。


 俺は門番の唯一露出した顔を見て気づく。水色っぽい肌とヒレ耳が最大の外見的特徴。


 間違いない……水人すいじん族だ。今ここでようやく実感した。人間国を離れたんだってことを。


「種族は人間。旅をしていてアクアマリンドに行くのが目的だ」


「以下同文」


 俺の背中からひょっこり顔だけを出したアネーシャは究極的に楽な返しをした。流石に以下同文は反則だろ……。何なら俺もそう言いたかったぞ。


 道中の打ち合わせで、アネーシャのことは人間として扱うことになった。今の世界は魔族=敵、が共通認識となっている。本当のことを言ったら面倒になること間違いなしだ。


「人間……奇特な方々ですね。人間のほとんどは他種族と閉鎖的だと聞きます。魔王軍のこともありますし、移り住むだけならまだ分かりますが積極的に旅をなさるとは」


 門番は大層意外だ、という顔をして言った。


 人間国【ウルファス】領土には五大都市の一つに亜人交流都市【デミニヨン】がある……しかしそれだけだ。唯一【デミニヨン】だけが人間と他種族が出会える交流の場となってる。他種族と貿易する時は全てこの都市を通すのだ。


 こういう都市があるのは交流したいと思う人間もいるという証明になるが、それは自分達の国だからってところもある。おそらく他国へ渡りたいと思う人間はもっと少ない。そもそも国が積極的な交流姿勢を取らないからこんな現状なんだがな。


 偏見の目で見たり、肩意地張ったりしなければ他国と一丸になって魔王軍と戦えるし、勝率も上がるのに。国や民を本当に守りたいなら頭を下げてでも借りを作ってでも他国に頼み込むのが王の役目だと個人的には思うが……滅びたいなら滅ぶと良い。


「ギルドに登録していましたらギルドカードもお見せください」


 門番にギルドカードを手渡す。見終わったらすぐに礼を言って返してきた。


「アクアマリンド行きの船に乗るのでしたら今は一日一度、朝七時頃にしか出港していませんのでお気をつけくださいませ」


「今は……とはどういうことだ?」


「……これは一ヶ月前のことです」


 門番は深刻で辛い、といった暗い表情をして話し出した。


 話によれば、二ヶ月前は最も多い時で一日八隻出ることもあるくらい盛んだったが、ある日出港した船が忽然と姿を消し、そこから衰退していくことになる。


 船消失の件で真っ先に疑われたのは整備部門のミス。それに対して整備部門に所属する魔導船整備士は「普段通り整備は完璧で沈没はあり得ない」と否定の意見を強く主張したそうだ。他の船に不備が見られないことから整備部門への疑いは晴れる。


 運ぶ物資や行き来希望者も多いことから出港停止にするわけにもいかず、問題未解決のままにした結果、数週間に一度の頻度で【アクアマリンド】に出港した船が消失する事態が続いた。


 これはいよいよ尋常じゃない事態だと誰もが思い出した時、あることに気がつく。消失する時は必ず昼から深夜にかけての出港で、朝に出港すると何故か無事に到着することだ。


 調査員が消失した一隻目から調査を続けるも困難を極めた。言わずもがな海はとんでもなく広いからだ。【ウォータシティ】から【アクアマリンド】までは約1000kmの距離。船が消失した場所すら把握することは叶わないし乗った調査員は戻ってこない。


 原因解明するまでは安全時間と呼ばれるようになった午前六時~九時までの出港となり、この時出港数は半分以下の三隻まで減っていた。しばらく被害が鳴りを潜めた頃、消失事件は再び起こる。朝九時に出港した船が【アクアマリンド】に到着しなかったのだ。謎の悪夢再びである。


 被害船が五隻目にまで及んだその日、今まで一人も見つからなかった生存者が海岸へと死にかけた状態で流れ着く。それは【アクアマリンド】のAランク冒険者だった。


 延命措置間に合わず結果的に亡くなってしまったが、亡くなる直前に意識を取り戻す。恐怖に満ちた表情の冒険者はか細い声でこう言い残したそうだ。


「クラーケン……に襲わ……れ……」


 伝説上の怪物が現れたと聞き、大慌てで討伐隊が組まれるも神出鬼没なのか、クラーケンの足取りはいつまで経っても掴めず終い。目撃者もそれ以降現れず。冒険者の妄言だったのではないかとさえ言う者もいた。


 存在するもしないも安全ではない以上船の出港は最低限に減らすしかない。そうしなくても観光客や国の者乗客が自然と減っていき、朝七時のみとなった。


 最近この国【オーシャンティス】では港町【ウォータシティ】~絶海の島【アクアマリンド】までの海路が『帰らずの海』という不名誉な呼ばれ方で定着し始めている。


「へ~そういう経緯がね」


 やっと旅らしくなってきた。こういう好奇心を掻き立てる出来事があるなら旅に出た甲斐があったてもんだ。


 伝説上の生き物が本当に存在するならこの目で見てみたい。遭遇する確率は低いだろうが。


「はい……。ここ三週間は何もないですが、十分にお気をつけくださいませ」


「万が一遭遇したら運が悪かったと諦めるさ」


 殺し合いに発展すれば諦めるのは俺じゃなくてあっちになるがな。俺は既に伝説級の喋る奇妙なドラゴンに出会ってるし、それより強いってことは考えにくい。


 それに強いなら強いで別に構わない。限界ギリギリまで戦闘して経験を積み重ね、強くなる踏み台にしてやる。魔王軍に潰されない為に必要なことだ。


 ……気が逸ったな。いると確定してないのに期待の持ちすぎは禁物だ。


「長々と話に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。ではこちらにどうぞ。港町ウォータシティへようこそ!」


 暗い夜、少し落ち着いてきた雨の中、ようやく話が終わり町へ通された。


「は、は、は、はあーっくしょん!」


 通された直後、町並みを見渡す前に俺の背後からそれはもう大きなくしゃみが聞こえてきた。奥ゆかしさの欠片もない女の子らしからぬ盛大さだ。


 何の機能も兼ね備えてない服だから体が冷えたのだろう。俺の背中では防御仕切れなかったんだな。


「……おい」


 ただ言いたい。巨大なくしゃみの勢いそのままで俺の背中に頭突きするのは止めろ、と。


 



 俺達は服屋に寄った。服屋に入る直前、このままでは風邪を引くと思い乾かしてから入る。


 俺は何も買わずアネーシャの服を買った。俺と同じく機動性を重視したいということで、まずは見た目以上に底が擦れていた靴を機動性の高い白の冒険者用靴へと変更。上着にショートパンツは紺色で統一。常に清潔、自動修復、若干の温度調整の付与魔法も忘れない。


 服屋を出るとあまり気にならない程度の小雨となっていた。一時的な悪天候だったのが落ち着いてきたのだろう。


 夜というのもある所為か、行き交う者の姿は少ない。観光客が減ったことも理由なのだろう。全体的に元気がないようにも思える。俺達に影響があるわけでもないから特に気にしないけど。


 そろそろ腹が減ってきたな。宿屋を探そう。ということで俺達は一番最初に見つけた宿屋『海とさち』に泊まることを決めた。


 宿屋に入ると水人族の中年女性が視界に映る。俺達に気づくと笑顔で出迎えた。

 

「一人部屋二つ頼――」


「二人部屋に二人で一泊朝まで」


「ちょっと待て」


「一人部屋で別々に止まるのお金かかる。テントも一緒だった。今更別々、必要……ある?」


 言い分はもっともだ。確かにそうだな、とも思った。それでも訊こう。


「宿屋くらい別々に過ごしたいと思わないのか?」


 首を横に振るの早いな。


「全然。むしろリオルと一緒の方が安心する」


 改めて思う。特段優しくした覚えはないのに俺に対する信頼度が厚くないか? 襲う気なんて皆無だが、少しくらいは警戒しろよ。性知識ゼロじゃあるまいし。


 …………あり得る。穏健派にいたのが五年前。十歳時に知識として学んでなければ村で学んだ可能性も限りなく低い。老婆と二人暮らしで教えるわけもないだろうし。


 これ以上性知識の有無を掘り下げるのも怠い。部屋を別々にする利点は一人の時間を過ごせることのみ。口論続けるのもアホらしい。


「じゃあ二人部屋で」


「はいよ。尻に敷かれて大変だね」


「別にそんなんじゃない」


 妻どころか恋人でもないのだが。


「はいはい。それじゃあ部屋に案内するよ」


 いとも容易く流された。解せない。


 部屋に案内されたら即行でベッドを決めた。奥が俺で手前がアネーシャだ。


 夕食は下の食堂で済ませた。やはり海鮮料理は美味しい。刺身は最高だ。焼くのとはまた違う味わいがある。やっぱ海が近くにあると良いな。美味しい料理に困らない。


 アネーシャなんて終始幸せそうな表情を浮かべていた。同じ宿に泊まる客――主に男共から嫉妬のこもった殺気が送られてきた時は、倍にして送り返したら止めてくれた。


 平和的に解決できて何より。食事中の喧嘩や鬱陶しい絡み程萎えるものはないからな。


 客観的に見てアネーシャは可愛い。嫉妬してくる気持ちも何となく分かる。分かるのと納得するのでは別だが。


 ともあれ今日の予定はもう少ない。残りは備え付けの風呂に入ってのんびり浸かり、上がったら寝坊しないよう早めに眠るだけだ。魔力測定する予定だから朝一でギルドにも寄りたいところだし。


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