同行許可の合否
割と短い一週間だったな。俺も素の身体能力を上げる鍛練、属性強化の洗練、魔力を消費して小細工用の簡単な魔道具の創造などをした。中々に充実した日々を送れたのではなかろうか。
フォルネスも頑張ったと思う。辛そうな顔をする回数は多かったが泣き言を言ってる姿は見なかったし、自主練にも大真面目に取り組んでいた。
走り込みなんて六日目の時点で、三十分設定を一時間設定にまで本人には内緒で引き延ばした。身体強化の俺と属性強化のフォルネスとの模擬戦は、時折反撃に転じるまでに成長。
魔族領時代に魔法の片手間格闘技を多少なりともかじってたらしいが、それを加味しても上出来だ。
闇魔法は初日以降見てないが、順調に成長してるのなら十分に期待が持てる。殺気と威圧感は敢えて七割程度までに抑えて耐性をつけさせた。今日は本気で放つが、耐えきれたら文句なしだろう。
そろそろ成果を見せてもらうことにするか。旅を中断させてまで貴重な時間を費やしたんだ。最低限の成果はちゃんと見せてくれよ? フォルネス。
「今日でちょうど一週間だ。連れていくかどうかは魔法ありの模擬戦、殺気と威圧感に耐えられるかで決める。準備は良いな?」
「うん、問題ない。リオルの期待を良い意味で裏切れるように頑張る」
「そうか、では始める。今の全力を見せてくれ」
俺がそう言った直後、闇のオーラをいつの間にか纏っていたフォルネスが真正面から突如消失した。
――背後から気配が……回り込まれたか! 不意をつかれたが、まだギリギリ間に合いそうだ。俺は後ろから伸びてきたフォルネスの拳を、何とか首を左に傾けることで振り返らずに躱す。
右耳のすぐ横で空を切る音が聞こえた。追撃が来る前に裏拳で反撃するも素早く下がったフォルネスに回避される。
今のは危なかった……。先手必勝を狙ってくるとは。俺が身体強化をする前に属性強化を早々に済ませるなんてな。
経験が浅かった頃の俺なら完全に食らってた。良い具合に容赦がなくて結構なことだ……が、まだ詰めが甘い。俺の裏拳は何の強化もされてない拳だった。下がらなければ俺を倒せてたかもしれない。
身体強化は能力を全体的に上昇させるが、誰にでも無詠唱で発動できる――ある意味特殊で使い勝手の良い簡単な魔法。
素の身体能力や魔力コントロール次第で強化に幅広い個人差はあるものの、オーラを纏ったりなどの目に見えた変化は無い。だからフォルネスも警戒し過ぎたのだろう。
それと純粋な疑問だが、属性強化は詠唱を省略したのか? もし気づかせない為に小さく口を動かしてたのなら単なる俺の注意不足だが……そうでないのなら詠唱省略を習得してることになる。それとも無詠唱? その可能性もあることにはあるが……。
どちらにせよ大変高度な技術だ。魔力コントロールに長けてる者にしか習得できないのだから。
……そこはまた後で考えるか。俺は身体強化をして次のフォルネスの攻撃へと備える。下手に俺から攻撃しても上手くいかないからな。
今のを見た限り、一週間前とは動きも思考も精神も格段に成長している。俺が鍛えたのだから当たり前だが。
属性強化の精度が高い相手に身体強化で策もなく無闇に突っ込むような無謀な真似はできない。
どうせ俺には身体強化縛りがあるんだ。隙を狙って攻撃を打ち込めば良い。それで俺が負けたならフォルネスは合格に値するということだ。
「やっぱり不意討ちじゃ、倒せない。なら……」
立ち止まって考える素振りを見せていたフォルネスだったが、再び攻めてくるようだ。
今度はシンプルに正面から来るか。俺は素早く身構え、どんな攻撃にでも対応できる姿勢を取る。
――来た。
闇の属性強化は攻撃と防御に大幅な上昇が見られる。速度の上昇はその二つに劣る。それでも目に見えて速度やキレが一週間前――それどころか昨日よりも格段に……。
気合いの入り方が違うのか、ただ単に成長速度が早いのか。
「やっ!」
速いな……。身体強化程度じゃ予測回避に限りなく近くなってしまう。余裕がまったく持てない。初見でこの速さとキレなら見切るのは不可能だった。
振り抜かれた気合いの入った拳を左に顔を反らし寸でのところで躱す……も、流れるようにハイキックがこめかみ目掛けて振り抜かれており、俺は顔を後ろに反らしつつ、地面を蹴って飛び退く。
このまま追ってくると思いきや、追っても来ず、それどころか俺の視界から消えていた。
姿を探そうと左右を見渡そうとした時。左から魔法名が聞こえてきた。
『ダークボール』
――マズイ!
黒い二つの球体が同時に放たれており、俺は何とか二つとも躱しきる。やはり詠唱省略さえも習得済みだったか……。
二つの球体が通過後、すぐ目の前にフォルネスの拳が迫っていた。これはいなせない……。俺は受け流すことだけを瞬時に考え、拳が顔面を捉えると同時に後ろへ飛んでダメージを逃がした。
俺が後ろへ最小のダメージで逃れた瞬間、意識がフォルネスから別の何かに逸れる。偶然視界に入ってきたのだ。
フォルネスも戦闘相手の自分から急に視線を外されたのが気になったのか、追撃を止めて同じ方向へと目を向けた。
こちらを観察している……?
そんな風に見えたから思った疑問なのだが、フォルネスが目を細め注視していた。
「あれは確か……ウォッチード」
目を丸くして驚いた様子のフォルネスがあの奇妙過ぎる黒色の鳥? らしき生物の名を口にする。鳥系は普通くちばしが特徴的なのだが、あれはくちばしよりも目の部分の方が突き出て長い。
「知ってるのか?」
「魔族領に生息する魔物。どうしてここに……」
「それは本当か?」
「本当。調教すれば確か視覚共有ができ――」
フォルネスは言いながら気づいたのだろう。視覚共有……これが意味することを。
「何だと!?」
俺も思わず口から驚きの声が出てしまう。俺達はおそらくほぼ確定的に魔王軍関係者へと存在が露見してしまったのだ。ウォッチードを介して。
山へは来ないと高を括って一週間滞在したのは失敗だったか。本当の実力を見せてないのだけが救いだな。
待てよ……。今更だけど俺は大事なことを見落としていた。何故フォルネスが連れ去られようとしてたのか。考えれば実に簡単なことだ。なのにまったく気にしてなかった。
確実性の高い答え、それは……。俺は一時的に思考を切る。まずはあの魔物にこれ以上追跡されない為に消すのが先だ。
「逃がすか!」
ウォッチードが観察を止め、この場から離れる為に羽ばたく。視覚共有を解いたな。代替が利く魔物だからギリギリまで監視してたと。
だが、流石にこの辺に何匹も連れてきてはないだろう。見つけたら見つけ次第処分。だからさっさと終われ。趣味の悪い覗き鳥。
俺はボックスから取り出したナイフを投擲する。
「ピー!?」
慌てた様子のウォッチードは身を翻した。俺は舌打ちし、ある物をボックスから取り出す。
「避けたか。意外とすばしっこいな」
「手伝う?」
「不要だ」
俺はフォルネスの助けを断り、身体強化のまま全速力でウォッチードを追いかける。木々やでこぼこ道などは物ともしない。
「ここらで投げるか。小細工用魔道具、投げるシリーズのお披露目だ。記念すべき第一号よ、ありがたく受け取れ!」
ま、投げるシリーズと言ったものの、今は投げるシリーズしかいないがな。
俺は手に握った爆音玉のスイッチを入れ、ウォッチード目掛けて投げると同時に耳を塞ぐ。
数秒後、龍の咆哮にも勝る音が鳴り響く。耳を塞いでいても馬鹿でかい音だと分かる。ウォッチードへの効果は絶大で、見事に落下した。
落ちたウォッチードを探しに駆けて移動してる途中、面白い光景を見た。森に潜む魔物を含めた生物までもが被害にあったらしく、失神したのかそこら辺に倒れている。
効果は抜群だが、使う場所には注意が必要と。そんなことを考えながらウォッチードを発見。光剣を作り出し、気絶したウォッチードを真っ二つに叩き斬り、拠点へと戻った。
「凄い音、だった」
拠点へと帰って来て早々にフォルネスが感想を言う。
「ここまで届いてたか。上出来、上出来」
俺はほくそ笑む。小細工用に作ったが、想定以上に役立つ可能性を秘めてそうだ。
「爆音玉、成功?」
「まあな。だが、喜んでもいられない。急ぐぞ」
「そうだね。続き始めよ」
真剣な表情でフォルネスは構えた。対して俺は構えない。
「その必要はない」
「……もしかして不合格?」
表情に絶望の色が漂い始めるフォルネス。これは完全に早とちりしてる顔だ。
「模擬戦は文句なしの合格だ。あれ以上やっても身体強化の俺じゃ、何れ負けてた」
戦闘経験なんて皆無に等しいはずなのに、一週間程度でよくここまで動けるようになったものだ。特訓だけに限らず、きっちり朝昼晩食べて体力もついたからこその結果でもあるのだろうが。
「やった!」
陰気な雰囲気を払拭したフォルネスは飛び跳ねて喜んでる。それも属性強化をしたままだから三メートルくらいは軽く飛んでるかもしれない。
「喜ぶのはまだ早い。次を乗り切るまではな」
「うん、そうだね。絶対耐えきる」
「少し待て」
フォルネスは頷く。俺はそれを見て、辺りを入念に見渡してから光の属性強化を行う。重ねて言魔法で限界まで強化。白いオーラが一瞬だけ迸るも、安定して纏う。
この状態で俺は少しずつ段階を上げながら殺気と威圧感を放つことにした。
「気をしっかり持て。恐怖に打ち勝ってみせろ」
殺気が強くなるにつれ、フォルネスの表情が明らかに曇っていく。しかし八割、九割と上がろうとも冷や汗を流しながらまだ耐えている。
ついに俺が放つ十割の殺気と威圧感がフォルネスを襲った。相変わらず表情は芳しくないが、足は震えることなく踏みとどまっている。
「後ろには下がらんか……。可能なら俺に向かって歩いてこい」
指示通り、ゆっくりとだが、フォルネスは歩いてくる。俺の目の前まで到達すると、負けない――という強い意思の宿った紫色の瞳で俺を見続けた。
「今のお前はAランク冒険者下位までの実力が確実にある。これは俺の予想を大きく超えた成長だ。恐怖の中でも動けるようになった。これなら強大な敵と相対した時、足がすくむこともないだろう。こっちも合格とする」
俺は殺気と威圧感を霧散。強化を全て解除し、合否の判定を言い渡した。
「同行できる、ってこと?」
殺気も威圧感も無い中にも関わらず、フォルネスの声は震えていた。目には涙が浮かんでいる。
「ああ。良くやったな、アネーシャ」
今くらいは素直に褒めても良いだろう。俺に新たな強化要員が増えた瞬間でもあることだしな。ついでに名前で呼ぶという約束も果たそう。
「う、うぅ……やった……私やったんだ。本当に、嬉しいよぉ……」
俺の言葉でより強く実感したアネーシャの目から止めどなく涙が零れ落ちている。拭いても拭いても袖に染み込むだけで、動作が何の役目も果たせていない。
「頑張ったな。お疲れさん」
元々の才能とこの一週間の努力が実を結んだんだろう。真剣に取り組んでたし結果がついてきても何ら不思議はない。
まあ、ここからの成長の方が難しい。ある一定までなら楽勝でも、その一定を上回るのは非常に厳しいのだ。アネーシャなら簡単に成長する……って気もしなくはないが。
「リオル!」
感極まったのか、アネーシャが俺に飛びついてきた、から普通にひらりと躱す。
「うっ。何で避けるの……」
未だに涙を流し続けるアネーシャが、責めるような目で見てくる。まるで「空気を読め」と言われてるみたいに感じた。
「調子に乗るな。抱きつくことを許可した覚えはない。アネーシャ、お前は所詮ただの同行者。そのことを忘れるな」
俺とアネーシャの関係は友人でもないし、家族でもない。ましてや恋人でもないのだ。抱きつくという行為を許す間柄ではない。
「リオルは冷たいままだった……。優しい言葉をかけてくれたリオルはどこ? 幻……? でも、名前は呼んでくれる」
復活早いな。落ち込んだと思えば、今度は幸せそうににやにやし始めた。
「にやけてるとこ悪いが、今すぐここを離れる。話すこともあるから早く来い。来ないなら置いてく」
「ま、待って! 置いてくの禁止」
俺は一方的に言い終えると早足で進み始め、正気に戻ったアネーシャが慌てて追いかけてくるのだった。
取り敢えず、今日中に山を抜けることを目標にするか。たく、顔バレしたのは最悪だが、ここは早いとこ気持ちを切り替えるしかないな。
どうせ魔王軍は今、人間領に目が向いてる状況にある。人数かけて追いかけてくるとは考えにくい。
来たら来たで覚悟決め、勝てなさそうなら最悪転移で逃げる。んで、強くなって潰す。
色んな生存方法があるんだ。難しく考え過ぎて旅をつまらなくしたらもったいない。
でもやっぱり顔バレしたのはちょっと鬱……何より腹立つ、よなぁ。