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特訓開始

「ゴフッ!?」


 こ、こいつ……。


 早朝、テントにて。俺は脇腹を蹴られた衝撃と筋肉痛の相乗効果で強制的に意識を覚醒させられた。


 ……何を気持ち良さそうに寝てるんだ? 無意識とはいえ、俺を蹴り起こしておいて。


 よっ…………ぽど俺の脇腹は蹴りやすい位置にあったんだろうなぁ。


「取り敢えず」


『筋肉の疲労を癒せ』


 やっと、やっとだ。やっと治ったぞ。ついに激痛地獄からの解放だ。魔力は……半分程しか回復してないな。夜中遅くに寝た所為で睡眠時間が足りてない。その影響もある、確実に。


 さて、あんまし眠れなかった俺をあんな目に遭わせたんだ。どうしてくれようか。


「ふわー」


 ……何か知らんけどあくびしたら冷めたな。気が抜けたんだろうか。


「ま、でも細やかなお返しだけはするか」


 スースーと寝息を立ててるフォルネス。早起きは得するらしいな。贈り物を受け取ってくれ。


『軽く痺れろ』


「――キャッ!?」


 俺は微弱なビリビリを指先から放つ。フォルネスが飛び起き、周りをきょろきょろする反応を流し目で確認。何食わぬ顔でテントの外へ出た。


 ちょっとだけスッキリ。やっぱ少しでもやり返す方が俺の性には合ってるな。


 両腕を思う存分上に伸ばし、朝日を浴びているとテントからフォルネスが姿を現した。


 何か言いたげに上目遣いで俺を見てくる。


「ひどい……」


 流石に俺が起こしたことはバレてるか。ま、とぼけるけどな。


「勝手に飛び起きたようだが、何か悪い夢でも見たのか?」


「誤魔化す、駄目、絶対。リオルがビリビリさせたの知ってる」


 もう一回だけとぼけとくか。完全に確信してる目だけど。


「何を甘いこと言ってんだ。特訓は既に始まってるんだぞ?」


「嘘バレバレ、だよ?」


「あー嘘だよ。朝蹴られたからな。その礼だ」


 俺は首の後ろをガシガシかきながら認める。簡単に騙されるような馬鹿ではないらしい。村で暮らしてる時に洞察力を養ったのかもしれないな。


「また嘘。私蹴ってない。濡れ衣」


 撤回だ。洞察力はそこまで養われてなかった。考えてみれば、会って一日そこらで見抜かれる程怖いものはないな。


「そりゃ覚えてないだろう。無意識なんだからな」


「……?」


 分からないって顔してるが当たり前だ。あんなにぐっすり眠ってれば尚更な。


「蹴ったのは寝てる時だ。……理解したか?」


「ご、ごめんなさい……痛かったよね? 昨日あんなに痛いって言ってたのに……」


 フォルネスはスーっと顔を青ざめる。自覚したと同時に昨日のことを思い出したみたいだな。


 昨日はテントに入る時すら苦労した。ギリギリまで回復に専念し、魔力を振り絞って体を浮かす。


 そんでテントに入った後は倦怠感と筋肉痛に襲われ中々にしんどかった。俺は昨夜味わった苦しみを当分は忘れないだろう。


「もう治した。だから落ち着け」


 不安定に陥りかけたフォルネスを引き戻す。精神に余裕を持たせる。もしくは精神も鍛えるか。


 強さを得ても精神が弱ければ話にならない。恐怖心に打ち勝つことにも繋がるだろうし一石二鳥にもなるはずだ。





 場所を変え、現在山の草木に囲まれ開けた場所に来ている。平地でも悪くはなかったが、遠くから昨日のことを見ていた者がいた場合、報告を受けた調査要員が来ないとも限らない。鉢合わせするのは面倒だ。村も壊滅してることだし。


 その点ここは来ても魔物くらいだろう。今日はテントもここに設置すれば良いし、何の問題もない。


「リオルの魔法って何なの?」


「それは一週間後、同行許可をするかどうか次第で教えてやる」


 利便性を易々と見せすぎたか。まあ、知られたところで対策のされようもないし、バレたのが不都合な相手なら……そこまで深く考える必要もないか。


 それより特訓だ。正直一週間の成長なんてたかが知れてる。だからこそ量と質の両方が必要。


 そうだなぁ……俺の身体強化と互角以上、そこを目標にするか。今の俺なら身体強化だけでもBランク冒険者と渡り合える。


 これでも足りないくらいだが、一週間で到達できれば旅の途中での成長に期待が持てるレベルだ。


「魔力保有量を訊こうと思ったが……分からないよな?」


 フォルネスは大きく頷いた。


 これに関しては、同行が決定した場合、次の国を訪れ次第測定することにしよう。


「まずは走り込みから始める。一応訊くが、村に来てから一度でも訓練したことあるか?」


 首を横に振ったフォルネスは口を開く。


「お父さんとお母さんが魔法を教えてくれてた時以来」


「体力が無いのは何をするにも致命的だ。昨日の戦闘を例に挙げるとしよう。俺の体力が先に尽きてたのなら、どんな結末を迎えてたと思う?」


「リオルが……負けて、私が連れ去られてた」


 フォルネスは苦い顔をしたが、悩むことなく答えた。


 基本的には付与でのサポートと闇魔法での遠距離中距離攻撃に専念させる予定だが、それでも体力は必須。


 体力なしの同行者なんてどれだけ優秀でも結果的に邪魔になるだけ。


「その通りだ。力や技術が敵と拮抗した時勝利するには体力。格上相手の時は救援が来るまで時間を稼ぐ為の体力。他にも様々な場面で必要だ。重要性が分かったところで早速開始するぞ。あの木からあの木まで三十分間走り続けろ」


 俺が指定したのはニ十メートル程の距離。初日だから歩かなければ及第点だろう。


 ……最初から全力で走ってるな。真剣に取り組んでる証か。その分キツイ未来が待ち構えることになるだろうが。


「残り二十分」


 フォルネスは呼吸の乱れが目立ってきた。段々速度も落ちてきてる。それでも足は止まらない。早ければ五分でバテると思ってたが、歩く気配もないし存外粘り強いな。


 本当なら残り()()だというのに。これなら四十分走らせることもできそうだな。魔族の血が身体能力を高めてるのか否か。


「残り五分。限界まで体力を振り絞れ」


 俺がそう言うと、フォルネスは指示通りに気を引き締め直したらしく、少しだけ速さが戻った。顔には苦しいとハッキリ見えるが。


「終了だ。十分休憩」


 初日から十分の引き延ばしに成功か。明日からも五分ずつ増やしていくか。


「ほら、水だ」


 俺は大の字になって寝転がってるフォルネスの顔隣に水を置いた。


「あり……がと」


 息も絶え絶えだな。これまであまり運動してこなかったのにいきなりこれ……にも関わらず走り抜くのだから大したものだ。


「どうだ、辛いだろ。辞めたくなったか?」


 何とか起き上がって水を勢い良く口にし、一息ついた様子のフォルネスに俺は訊いた。意思確認は大切にってやつだな。


「平気……どんと来て」


「なら遠慮なく」


 休憩時間がそろそろ過ぎる。疲労の色が窺えるフォルネスも立ち上がって準備は大丈夫そうだ。


「次は回避。つまり、接近戦に持ち込まれた時の対処法を身につけてもらう」


 俺はフォルネスに接近戦の強さを求める気はあまりない。付与魔法は味方を遠距離中距離からサポートしてこそだ。元々強いなら兎も角、中途半端な強さの付与使いに前へ出られても困る。


 だが、回避だけは何がなんでも一人前になってもらう。俺が敵を倒し終える前に捕まったら最悪。気絶させられるのなんて特に。


 見捨てるのは簡単だが、そう上手くはいかない時もある。俺より格上と戦う場合、付与は絶対的に必要だ。しかし付与使いが気絶すれば効果が消失してしまう。


 だからこそ、回避能力向上には力を入れさせてもらうぞ。


「その前に属性強化は使えるか?」


「五年前は使えた」


 優秀だな……。十歳で習得してたとは。魔力コントロールに相当長けてるのだろう。おそらく今も使えるはずだ。


「俺が身体強化で攻める。属性強化して回避に集中しろ。もし反撃可能ならしても構わない」


「やってみる」


『闇よ、黒き輝きを纏い私を強くして、属性強化』


 詠唱したフォルネスが黒紫のオーラを纏う。見事に属性強化してるな。五年振りにしては質もそこまで悪くない。むしろ安定してると言っても良い。


「始めるぞ」


 俺は身体強化をすると、直線的に突進する動きでフォルネスまで駆け、肩目掛けて掌底を放つ。


 少し反応に遅れたフォルネスだったが、何とか横に避ける。その避けた方向に俺は既に蹴りを放っていた。


「うぅ……」


 脇腹に蹴りが命中したフォルネスは倒れ込み、腹を押さえながら呻き声を上げる。


「甘いな。一度避けても追撃がある。普段の俺なら敵に対して更なる追撃を加えることもある。もっと危機察知能力を高めろ」


「来て。今度こそ……」


 立ち上がって身構えたってことはまだまだやれそうだな。一発でへばるような軟弱者じゃなくて良かった。


「行くぞ」


 数分の間は掌底で攻め続け、ある程度動き慣れてきたところに蹴りや拳、時々フェイントも取り入れる。反撃されることは無かったが、後半は良い動きをしていた。


「いたたた……」


 フォルネスは属性強化していた為、外傷はそこまで見当たらないが、幾つか痣ができてるらしい。


「ある程度は痛みに慣れるのも必要だ。特訓後に治すが、今日受けた痛みは初日の結果だ。これから一週間でどれだけ減らせるか成長の指標となる。その痛みを忘れるな」


 敵との戦闘中は「痛い痛い」なんて言ってる暇はあまりない。そんな奴は死ぬ確率が高くなる。その意味でもちょうど良いだろう。


「絶対反撃してみせる」


「期待しておく」


 このやる気があれば何とかなるかもな。戦闘に関してもセンスは垣間見える。順調に成長するのなら前衛でも使えそうだ。それも一週間で結果が出せればの話だが。


「次は闇魔法についてだが……どんくらいの数覚えてる?」


 目を閉じたフォルネスは両手の指を一本一本折り曲げ、数えながら記憶を辿っているみたいだ。


 少し経過すると指が止まり、フォルネスは目を開けた。


「……十個くらい」


 五年前習ったにしては多いな。やはり魔法の才能はかなり高い。穏健派トップの娘だから素質も十分というわけか。


「大木に向かって一番威力の高い魔法を発動させてみてくれ」


「お父さんがいざというときに使いなさいって教えてくれた魔法を使う。でも……魔力を半分以上消費するよ?」


「それは興味深いな。構わん使ってくれ」


『闇よ、暗い暗い深淵に引きずり込んで、ヘルハンドウェルテクス』


 え、えげつない……。第一印象はまさにそれだった。むしろそれしか思わない。何なんだあの闇魔法は……。魔法関連でこんなにも驚いたことは未だかつてなかったかもしれない。


 俺なら避けられるが、避けられなかったり、壊し尽くせなかったら間違いなく地獄だな。例外はいるにしても。


 魔法が発動した途端、地面に黒く禍々しい大渦が出現し、渦から不気味な紫色の手が何本も飛び出てきた。その手は大木を引き抜ける数まで増え絡みつき、いとも簡単に大渦へと引きずり込んだ。


 大渦に引きずり込まれた直後。


 ――ミシミシミシッ! という大木を締め上げるような音が聞こえてきた。引きずり込まれたのが正真正銘生物だと想像したら背筋が寒くなる。強大な闇そのものを見た気分だ。


 流石本場魔族の闇魔法。これぞ闇魔法の真髄、と言っても過言じゃないな。


「どう?」


 フォルネスが胸を張ってドヤ顔してる。でもこれは認めるしかなさそうだ。


「凄いな。見事だ」


「リオルが……褒めた。これは夢?」


 素直な感想だろうが。その信じられないものを見たみたいな顔は止めろ。こいつの中で俺はどんな奴になってんだよ。


「現実だ。そんなことより、魔法の効果は? さっきから絶え間なく大木がミシミシ悲鳴をあげてるんだが」


「引きずり込んで生かさず殺さず締め上げる」


「それだけか?」


「加えて恐怖心増大効果もあるよ。感情のある生物を発狂させて精神を殺すことも……。生物に使ったことないから私は見たことないけど、お父さんが言ってた」


 トラウマ級にえげつないな……。こいつの親父はヤバい奴なのか? それとも魔族の闇魔法がヤバいのか。判断に困る。


 そしてそんな強烈激ヤバ魔法を使える穏健派トップでも魔王には敵わなかった……か。魔王って今更だが、相当な化け物だな。傲慢なだけある。


 会いたくねえけど、会ったら今の俺では紙屑を吹き飛ばすより簡単に殺されるな。アイザワなんて瞬殺だろ。どうしよう。アイツが魔王に勝つ未来が想像できん。


 どのルートを辿っても絶対殺されるよな。でもそれじゃあ困るんだよ。どうにか奇跡を起こして早いとこ魔王軍を壊滅させてほしいものだ。


 無理…………だよなぁ。現実は厳しいな。もう本格的に覚悟した方が良いか? 魔王軍と衝突することもあるって。


 まあ、フォルネスを連れてくことになればあるだろうな。切り捨ててもどの道あると判断したから俺は今鍛えてるんだけど。


「解除して良いぞ。俺がお前の魔法に言うことはない。自分で精度を上げてくれ。その方が伸びる。強いて言うなら、毎日限界まで魔力を消費しろ。次の日に魔力の総量が増えてる可能性があるからな」


 魔力の総量は基本的に戦闘での枯渇消費で確実に増える。特に命懸けの戦闘とか。俺も昨日の戦闘で増えてるはず。


 練習で枯渇消費しても稀に増えることがある。倦怠感に襲われる欠点があるし、もちろん余裕がある時限定での方法だが。


「少し不安だけど頑張ってみる」


 特訓で教えることはないなんて言われたら不安になるか。逆に俺は成長予測ができない分楽しみなんだけどな。


「次が最後だ……ってそんなに身構えなくても。特訓内容は一番楽だぞ」


 俺が口を開いた途端にフォルネスは表情を強張こわばらせた。警戒心バリバリだな。


「リオルの特訓に楽はない、幻想。今日身を持って知った……」


 楽じゃないことをしないと成長せんしな。特訓の中で肉体的に一番楽だってのも嘘じゃない。


「疑い深いな。殺気と威圧感に慣れてもらうだけだというのに」


「恐怖心の克服が目的?」


「それもあるがもう一つ、お前は精神的に少し脆い部分があるからな。ちょっとやそっとじゃ動じない精神を身につけてみせろ。お前はそこに立ってるだけで良い」


 合格とするなら、殺気と威圧感の中で足がすくまず普通に動けること。そして気圧されて後退りしないことだな。


「気を引き締めろよ」


「耐えて……みせる」


 フォルネスは俺の軽い殺気と威圧感を受けて苦しそうな顔をしている。何となく思ってたが耐性ができてないな。


「どうした? そんなんじゃ復讐相手の魔王軍が目の前に現れても、また無様にプルプル震えるのが落ちだぞ。そんなお前を見た魔王軍は心から嘲笑うだろうな。下品に! 愉快に! 盛大に!」


 言葉で精神に負荷をかけるのも忘れない。フォルネスが少しずつ慣れてきたところでもう一段階強くする。


「くっ、負け……ない!」


 憎しみをバネに何とか持ち堪えたか。額からは冷や汗が滲んでるのが見える。頑張ったけどそろそろ限界だな。


 俺が更に強めるとフォルネスは後退りした。その瞬間、俺は息苦しさを与える重厚な殺気と威圧感を霧散させる。一番の課題はこれになるかもな。


 殺気と威圧感は、休憩を間に挟みながら何度か試したけど全部同じ段階で止まってしまってたな。


 精神は本人の気持ちや考え方次第で幾らでも強くなる……が、逆を言えばとことん停滞する可能性も高い。一週間で良い方向に変われるかどうか……こればかりは微妙だな。


「本日の特訓はここまでだ。聞きたいことがあれば答えるが、残りは自主練とする」


 この後、フォルネスの怪我を治療。晩飯の時間までフォルネスは様々な創意工夫をしながら練習していた。


 今日の特訓の具合を見る限り、思ってた以上の原石である可能性が浮上した。もしそうなら大きな拾いものだ。


 一週間後、どんな変貌を遂げるのか、少しだけ期待するのも悪くないかもな。


 頼むから無駄な時間を過ごしたって思わせる結果にだけはなってくれるなよ?


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