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筋肉痛のツラさは異常

 ……ん? そういや俺、気絶したんだっけか?


 頭の位置が高いし柔らかい。まるで寝心地の良い枕みたいだ。本当なら硬いはずだよな? 取り敢えず目を開けて確認するか。


 瞼を上げた瞬間視界に映ったのは、目を潤ました黒髪の少女だった。どうやら俺はフォルネスに膝枕されてるみたいだ。


 視界に入ってきた明るさからして日没前か。朱空が黒に侵食され尽くす前に起きれて良かった。


 明るい時間帯と比べたら何をするにも夜は行動しにくいからな。


「リオル……大丈夫? それとありがとう。助けてくれて」


「邪魔者を排除しただけだ」


 俺はそれだけ言って立ち上がろうとした……けど起き上がることすらできずに硬直する。


「どう……したの?」


 フォルネスが不思議そうな顔で俺を見るが……。


「い」


「い?」


「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 俺はありったけの声で叫んだ。大絶叫せずにはいられなかった。こんなに叫んだのは人生初だと断言できる程の声量だ。


 ぶっちゃけ必死で堪えなければ、今にも涙が零れ落ちそうな程痛い。涙で視界が霞む一歩手前――いや、既にちょっと霞んでる。


「リ、リオル!?」


 何だよこれ……ざっ、けんな。体を少しズラしただけで物凄く痛い。激痛が体全体を駆け巡る。明らかに痛みの程度がイカれてんぞ。


 ヤバい、マジヤバい、超ヤバい。身体的な怪我はポーションで完全回復させたはずなのに……。


 こんなもん、気絶中ボコボコに殴打されまくっても到達する痛みかどうか分からん。


 おかしい。どうしてだ。どうして…………あ。


 馬鹿みたいな理由だけど、絶対あれだ。あれしかない。あれ以外に思い浮かばない。


 超絶キツイ筋肉つ――


「大丈夫? どこか悪いの?」


「おい揺らすな! 痛い痛い、痛いって……痛いんだよ馬鹿!」


 心配顔のフォルネスは俺の体を揺らして体調を確かめてくるが、今の俺にとっては地獄過ぎた。


 揺らされて体の一部が振動しただけ、ただそれだけのことで連動するかのように痛みが全身へとあっという間に広がっていく。


 特にここが痛い、とかじゃなくて全部が全部等しく痛い。龍との死闘でもここまで痛くなかった。火傷とは違う方面の痛みだ。


 こんな経験したくなかった! まさか身体強化して体を酷使することに欠点があったとは……。四つの強化は欲張りすぎたってことか。


 クソ! 魔力が十分ならちょちょいのちょいと治せるのに。明日までこんな状態とか耐えられん。ポーションも怪我じゃないから役立たず。万事休すじゃねえか。


「へ?」


「へ? じゃねえよ……。死ぬかと思った」


 やっと揺らすのを止めたか。たった数秒揺らされただけでこの激痛。ガチで動きたくない――というか動けねえ。体が拒否してやがる。


「大袈裟?」


「つんつんすんな! マジだマジ。無茶苦茶痛いから触るな」


 あろうことか、フォルネスは首を傾げると試すみたいに俺の腕やら首やらを人差し指で軽く押してきやがった。


「ごめんなさい」


「笑顔で謝んな。何か腹立つ」


「リオルの色んな表情見れたから……嬉しくて」


「俺だって人間だ。衝撃的なことがあれば百面相だってする」


 失礼なやつだ。確かに俺は少々無愛想かもしれんが、痛いと思うことをされて無反応なままの人形ではないというのに。


「ねえ……聞いてほしいことがあるの」


「随分と唐突だな。で、何だ? どうせ当分動けない。暇潰しに聞くだけなら聞いてやる」


「私……私……ハーフなの」


 どこか言いにくそうに、それでいて真剣な表情で俺を見て、フォルネスは伝えてきた。


「……魔族と人間の」


 魔王軍がただの人間を探してるのはおかしいと思ってたが、ハーフか。


 魔族と人間のハーフが存在してたことには少し驚きだ。他種族との間には子供が授かりにくいと聞いたことがある。


 にしても、魔王軍は良く分からん。魔王軍は人間を見下してるようだが、子供を作れる時点で同じような存在だってことに気づけよ。


 確かに色々と優れてるのは認める。だとしても話す言葉は同じ、容姿も似てる。俺からしたら同族嫌悪してるようにしか思えんな。


「ふ~ん。それだけか?」


「……驚かないの?」


 フォルネスは目を丸くして意外そうな顔をする。


「驚いてるさ。ただ、それ以上に何倍も強烈で衝撃的な死闘をロリコン龍と繰り広げたからな。そんくらいじゃ大袈裟な反応はできない」


「ロリコン龍?」


「今のは気にするな。忘れろ」


 聞かない方が良いだろう。自分を探しに来た龍がよりにもよって少女趣味だったなんてこと。俺だって話す気が起こらん。


「私が魔族の血を引いてても軽蔑しないの?」


「そんな些細なことには興味ない。どんな種族であろうと敵対するなら潰すし、しないなら基本的にどうでも良い」


「そっか……それでね……」


 少し嬉しそうな顔をしたフォルネスだったがその直後、隠してたことを暗く重い口調で語り出した。


 ……思いの外重い話だったな。


 ……もしかしてあの龍はロリコンじゃなかったのか? 純粋に利用価値があったから連れ去ろうとしてただけで。


 まあ、どっちでも良いか。どうせもう二度と会話が成立することはない。それに俺の中では甲高い声をした耐久化け物の異常に強い変態龍……って印象が既に出来上がってるわけだし。


「やっぱり軽蔑したよね……」


「何故だ?」


 泣きそうな顔をしたフォルネスが力ない声で言うが、俺にはさっぱり分からん。


 今の話に軽蔑する部分なんて正直見当たらないんだが。


 両親が魔王軍に謀殺➡優しい老婆に拾われる➡村人から陰口や苛めを受けるが、老婆がいたから幸せだった➡老婆が寿命で他界➡蔑まれながら空虚な生活を送り、村を出ようと決心➡探索を辺境の村に絞った龍が現れる➡村人を殺すことに夢中な馬鹿龍の破壊活動に巻き込まれて死にかける➡命を運良く救われた。


 そして今に至る。簡単にまとめればそんな感じだろ。特段問題ないように思える。何をそんなに気にしてるんだか。


「……私の所為で村の皆は死んだんだよ?」


「遅かれ早かれ滅んでたさ。それに俺は他人がいくら死のうと興味ない」


 今の人間領に安全だと言える場所は一つも存在しない。それこそ魔王軍が誰かの手によって滅亡しない限り、どこであろうと死の危険がつきまとう。


 死んだら運が悪かったで片づけられる。それが嫌なら勇者パーティーに希望を託すだけじゃなく、己を限界以上に鍛え抜き生存率を上げる努力を怠らないことだ。


 死ぬのは嫌だ、誰かが助けてくれる。そんな希望を抱いて助かる時代は既に終わった。これからは守りたい者を自分で守り抜く力が必要になる。国に期待したって無駄だ。


 魔王軍と人間国の戦力的な面を考えれば手が回らない状況になるのを予想するのは難しくない。平和ボケした王国民の何人がそれを理解してるのやら。


「淡白だね、リオルは。でも、軽蔑されてなくて良かった……」


「関わったことない他人に感情移入できる方が理解不能。お前が余所者とはいえ、何もしてない相手を蔑んだり物理的な手段を用いた時点で死んだ方がマシな連中だ。生きてても価値ねえし、ただの害悪だよ害悪。それ以外は特に何も思わんし興味もない」


 排他的な村人。警戒だけならまだしも小さな理由で軽蔑する。よくこんな馬鹿で愚かな者達が今まで存続できたな。


 そしてそんな村に優しい老婆が居たこと自体が意外過ぎる。さぞ変わり者扱いされてたに違いない。


「そんな些細なことより、魔族に魔王軍と穏健派があるとは……。穏健派に戻らなくて良いのか?」


 俺の問いにほんの一瞬だけ懐かしさと寂しさの入り混じったような顔をしたフォルネス。


「私にはもう……関係ない。五年経っても迎えに来ないのは滅ぼされたか、死んだと思われてるからだろうし。それに私、リオルに同行したい」


「目的は何だ? 復讐か?」


「正直……その気持ちがないと言ったら嘘。でもリオルの邪魔になるなら諦める。目の前に現れた時は復讐したいから許してもらえると嬉しい」


 復讐心はあるが、俺を優先する……か。正直今のままだと足手まといにも程がある。格上に恐怖するのは構わないが、足がすくんで動けなくなるのは駄目だ。復讐だって夢のまた夢だろう。


 だが、フォルネスの付与魔法はこの先必要だと俺は感じてる。龍と出会う前なら話は別だったが。


 言魔法で再現可能だろうが、付与魔法はあくまで味方に恩恵を与える魔法。自分にはかけられない。


「そうか、それなら良い。復讐を手伝えとか面倒なこと言ってたら問答無用で放置してた」


「それって……」


 期待の眼差しで俺を見るにはまだ早いぞ。喜びを顔に滲ませるのもな。


「知るか……と言いたいところだが、お前の有用性は見せてもらった。この先の旅でも役に立つこと間違いなしだ」


「じゃあ!」


「――だが、お前は弱い。有用なのは魔法だけ。そのままでは連れていけない」


「……」


 肩をガックシ落として落胆顔で俯くなよ。別に俺は上げて落としたつもりはない。当たり前のことを当たり前に事実として伝えただけだ。


「だから俺が一週間費やしてお前を鍛え上げる。根を上げず特訓に耐え成長が見られたのなら、最終的に同行を許可するかどうかを決める」


「もし……もしも駄目なら……?」


 不安一杯な顔で訊くな。まず「もし」なんて使ってる時点で自信のなさが浮き彫りになってる。


 生半可な覚悟なら取り消した方がマシだ。そうすれば、お互いに時間を浪費したり期待感を抱くこともない。


「置いていく。妥協は一切しない。俺が求める最低限の成長と伸びしろを見せてもらう。お荷物を背負い込むのはごめんだ。寄生するだけの甘い考えなら今すぐ諦めろ」


「……やる。やらせて! リオルが求める最低限は絶対に…………駄目、違う。想定以上に成長してみせる。その時は名前で呼んでほしい」


 覚悟は決まったようだな。瞳にも動揺の色は見えない。これなら少なくとも途中で投げ出すことはないか。


「分かった」


 名前程度でやる気が出て成長速度が上がるなら文句はない。安いもんだ。


「うん! 早速始めよ?」


「やる気があるのは結構だが明日からだ。今日はもう遅いし疲れた。テントを出すから設置してくれ」


 俺はテントを取り出した後、痛みを我慢しながら顔をゆっくり動かし、辺りを見渡した。


「一応素材として後々使えるか……」


 容量的には占領されるが、仕方ないか。俺はボックスに漆黒龍の亡骸を吸い込んだ。


「うわぁ……薄々気づいてたけど、魔力量も……」


 フォルネスはこれでもかと言う程に目を見開き口をあんぐりさせた。


「驚いてる場合じゃない。夜はそこまで迫ってる」


「あ、うん」


「待て、ゆっ――」


 俺が急かしたからか、フォルネスは決して雑ではないが、せかせかと動き出し俺の頭を地面へと寝かせ、テント設営に取りかかった。


「――いっ!?」


 普段なら痛くも痒くもない普通の振動が俺を地獄へと叩き落とす。フォルネスは俺じゃない。俺の深刻さをもっと理解させとけば良かったと後悔した。





 ぐぅ~と空腹を主張する音が聞こえる。もちろん俺の音じゃない。栄養失調気味だったフォルネスの虫が鳴いたのだ。


 あの後、俺は自分がどれだけ痛いかを懇切丁寧に説明した。何故か泣きそうになってたが、そんなことは関係ない。俺の辛さに比べたら些細なことだ。


 現在は完全な夜を迎えており、パチパチッと音を立てる焚き火の灯りが辺りを明るく照らしている。


 フォルネスは老婆の手伝いをしてたらしく、それなりに料理が作れると言うので任せた。


 野菜と肉の炒め物、スープ、パン。今日の夕食はこれらか。中々に手際が良かったな。料理に関しては俺より優秀だと見て間違いないだろう。


「ぐっ」


 俺は痛む体に力を込め、何とか起きあがる。一つ一つの簡単な動作が苦痛だ。目覚めたてよりは幾分かマシだが、キツイもんはキツイ。


「本当に大丈夫?」


「……食べるぞ」


 食事の始まりだ。器の料理が美味しいのかフォルネスは幸せそうに食べている。


 手は伸ばせる……が、引き寄せ持ち上げ掬って食べる工程は厳しいものがあるな。


「食べさせる?」


 俺がじっと料理を手に取らず見つめていると、焚き火をまたいだ正面に座ってたフォルネスがいつの間にやら隣まで来ており、こてんと首を傾げながら訊いてきた。


 これ以上世話になったら介護になる。しかしながら、腹は普段以上に減りに減っている状態だ。プライドで飯は食えんとはこのことなのか? それでも守れるプライドなら守りたい。


「いや、大丈夫だ……」


『来い』


 俺は普段の食べる動作を思い浮かべ、ほんの少し回復した魔力を使い言魔法を発動。


 勝手に浮かぶ器と掬うスプーン。俺は口を開けるだけで食べることに成功した。


「リオルの魔法って一体……」


 とフォルネスが呟くが、俺は聞こえないフリ。魔力を使い切る前に食べ終わろうと急ぐ。


 ……が、所詮回復量など微々たるもの。最後まで続くはずもなかったのだ。


 俺は腹を満たすことを優先。一時的にプライドを捨て去る決断をし、あーんする羽目となる。


 にこやかなフォルネスを見た途端、俺は思考を完全放棄。遠くを意味もなく見つめ、ただ口を開くだけの何かに成り果てるのだった。


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