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死力を尽くした激闘

『ここまでだ。さあ早く吐きなよ。あの魔法は一体何なのさ』


 紅玉の双眸が、地面に仰向けで転がってる俺を高い位置から見下ろしてくる。


 それにしても、言魔法のことをここで訊いてくるのか。この巨大蜥蜴は俺が素直に教えると思ってんのかよ。思ってんだったら馬鹿だな。


「死に行く者に魔法の詳細を訊いてどうする?」


『僕の知的好奇心が満たされる。素晴らしいことじゃないか』


 ああ、確かに素晴らしいよな知的好奇心が満たされる気分は。俺も知らないよりは知ってたい派だから気持ちは分かるぞ。()()()()


「なら……教えてやる」


『やっと素直になったかい。その態度に免じて話が面白かったら楽に殺してあげるよ』


 結局殺すんかーい。鬼畜な龍だぜまったく。親の顔を殴りたい……じゃなくて見てみたい。


 どうせ似たような顔だろうけどさ。そう考えたら見る価値もない。威圧感ばかりを放ってくる目の前の脅迫面だけでお腹一杯だしよ。


「うっそピョーン。誰が教えるかよバーカ」


 あっかんべーして跳ね起き、バックステップで安全圏まで下がる。


『まだ動けたのかい。大した生命力のあるクソ虫だね。そしてどこまでもムカつく害虫だ』


 やーったね。またランクアップしたよ! 


 虫➡クソ虫➡害虫。俺がお前に思うことと大体同じだ。全然嬉しくない偶然だがな。


「小回りの利く速度ではまだ追いつかせねえよ」


 あー折れた骨に響く。肋骨辺りか? だからといって動きは止められない。止めた瞬間餌食とされてしまう。


 挑発はしたが反面そんなに体は元気じゃない。動くとこは動くけど何だか重いんだよな。疲労が溜まってる証拠か。


『もう体力の限界も近いのに?』


 だったら追ってくんなよ。お前の小回り対応速度が何気に上がってるから結構キツいんだぞ。


 こういう短距離での縦横無尽勝負なら分があるのは俺。だけど俺が一直線に真っ直ぐ逃げたら飛ばれてすぐに追いつかれる。


 実質俺はスピードでも劣ってるんだよな。付かず離れずの小回り移動だから速度で上回れてるんだ。


 敵がムカつく上に格上過ぎる。とこんとん嫌な相手だ。魔王軍がこんな奴らばっかの巣窟なら最悪だわ。性格がもう少し穏やかなら良いけど……あんまり期待はできそうにないな。


『彼の者に、敵を打ち倒す最大級の強化を、エンチャント』


 ん? 何か急激に体が軽くなった。これなら目の前の強敵を潰せるまでいかなくても互角以上にまで持ち込める気がする。


 ……これならあれを使わんで済むかもしれない。


「力がどんどんみなぎってくる。それにしてもこれは一体……って今の声はフォルネス?」


 ここから少し離れた位置にフォルネスがいた。相変わらず顔色が悪い。それでもこの場に来たのか。


 正直蛮勇もいいとこだが、今は素直に感謝するしかない。お蔭であれなしでも絶体絶命のピンチを切り抜けられそうなんだから。


「今の、私にはこれが限界。頑張って……リオル」


 震えた声で応援か。役目は終えたとばかりにフォルネスはその場に座り込んだ。恐怖が再燃したのだろう。魔力消費からの疲労感も考えられる。可能なら村の方に戻ってほしいが……無理そうだな。


 それなら決着を急ぐべきか。俺の強化含めて時間も少ないことだし。


『無駄なことを……。君の付与魔法の効果で害虫を強化しようと所詮虫は虫。龍王の僕に勝てるはずない、だろ!』


 否定は構わない。しかし、実際に今の俺はお前の繰り出す攻撃を先程よりも楽に躱すことができている。上下左右斜め、どこから来ようと当たる気がしない。


『ちょこまかちょこまかと。なるほど……確かに速くなったようだね。けど! 逃げてばかりじゃ解決しな――』


 うるさく喋りながら俺を食いちぎろうと龍の口が迫る。太く長い牙が見えた。……ここだな。


「ふんっ!」


 巨大で脅威な口が俺に到達する前に顎下まで潜り込み、全力を込めて靴先で蹴り上げる。


『ンガッ』


 手応えありだ。龍は顎に伝わる強い衝撃にのけ反り、大きな隙を晒してくれた。俺は黒炎のオーラに包まれた龍の熱気を気にも留めず、続けざまに首に飛び蹴りを放ち、更に両前足を全力の蹴りで払う。


 龍の高い苦痛の声に同情など一切せず、下がってきた顎にアッパーを食らわせ、首を狙い下から上にかけて拳打の嵐をお見舞いした。


『ギュグルグルアアアアアァァァァァァァァァァァァアアア!!!』


 これまでにない程ぶちギレてる……。まだキレる元気があったことにも驚愕だが、簡単には終わらせてくれないな。そのタフさには本当に恐れ入る。


『僕の逆鱗を殴るな! 痛いだろうがあああぁぁぁぁぁぁ!!!』


 え……龍って逆鱗が弱点で触れると駄目って本当だったのか? ずっと迷信だと思ってたけど、これは良いことを知った。ならば集中攻撃だ。


『もう許さない。もとはと言えばあの小娘が原因だよね。あれを消せば僕の気も多少晴れるだろう!』


「魔王直々の命令じゃなかったのかよ……」


 標的を変えられることはまずい。幾ら何でも逆上し過ぎだろ。正常な判断もできない程怒り狂うなんてな……。


 今すぐあれを使用してコイツを殺すべきかもしれない。だがあれは、更なる強敵の為の保険に持っておきたいんだ。今のままでも倒せる可能性のある敵に使うわけには……。


『目障りな者は消す。僕の黒炎でお前達を跡形もなく消して行方不明扱いにすれば、魔王様も納得してくれるよ。お前達が死ねば真実を知る証人はゼロになるし万事解決さ!』


 龍は口を大きく開き、黒炎の火球を形成させ始める。


「させるかよ!」


 また口内で爆発させてやる。溜めが必要な火球をこの大事な場面で選択するような、冷静な判断もできない奴なら――。


『引っかかったな』


 ――しまった!?


 俺は龍へ駆けるのを直ちに中断し、龍の手から放たれた黒炎球を余裕を持って躱す。第二球がフォルネスに放たれたのを確認した直後、足に力を込め地面を蹴って救出に向かう。


「――きゃっ!」


 ギリギリ俺の方が速い。俺はフォルネスを抱えすぐにその場から離脱する。一瞬前までいた場所に黒炎球がぶつかり新たな穴が作られた。


『死ね害虫!』


 ふざけんなクソ蜥蜴が! 


 形成し終えた黒炎火球が目前まで迫っていた。フォルネスは身体強化すらしていない。当たれば生命力が高かろうと今度こそ確実に死ぬ。かする程度でも重度の火傷を負うのは確定だ。


 担いだままだでは共倒れになると一瞬で判断した俺は、担いでいたフォルネスを遠くへ放り投げ、俺も回避に移る。


 ――時間が足りない!


「ぐっ……オ、ラァ!」


 逸らす為に使った左腕と左足が真っ黒焦げの大火傷。何とか生き残ったか……。


「リオル!」


 右膝をついて痛みに耐える俺に泣きそうな声と表情でフォルネスが駆け寄ってきた。


『惜しいなぁ。でもさ、もうその左腕と左足は使えないよね。ざまあみろクソ虫』


 不快な甲高い声が耳に届くも今は気にする余裕もない。焼けた痛みで今にも気を失いそうだ。視界も少し霞む。


「ご、ごめんなさい。私が足手まとい……だから」


「まったく……だ。逃げてくれればな」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 俺は隣ですすり泣いているフォルネスを見る。


「けど、これで……踏ん切りが、ついた」


『強がりはみっともないね』


「強がりかどうかはお前の目で判断しろ」


 俺は龍に顔を向け言った。


『ボックス収納』


 取り出した状態異常回復ポーション、傷大回復ポーション、魔力大回復ポーションを数秒で一瓶ずつ飲み干す。


 大火傷で焼け爛れた腕と足は綺麗に回復。折れた箇所含めた外傷も消え、魔力も少量回復する。


 これで体力と魔力以外は万全な状態にまで復活した。魔力は回復しても僅か二割弱か……。猶予は少ない。決めきらなければ死ぬのは俺。


 でも大丈夫だ。奴は体力の消耗に加えてダメージも蓄積されているはず。何度も全力の拳打や蹴りを食らわせたんだ、間違いない。龍だから表情はそんな変わらんけど何となく分かる。


『ボックス収納……。しつこいクソ虫だね』


 お前のように何度殴っても立ち上がる耐久化け物にしつこいとか言われたくねえよ。


 まあ、そんな戦いもこれでフィナーレだが。卑怯な手を使い俺を殺しきれなかった自分を悔いろ。


 俺は最後にドーピングポーションを飲み干した。


 属性強化、言魔法、フォルネスの魔法、ドーピングポーション。ここまでの重ねがけをして俺はどれ程強化されたんだ。少なくとも目の前の龍にはもう負けはないと謎の確信がある。


 逆にここまでしなければ今の俺は序列六位相当に歯が立たないんだよな。上には上がいる。目の前の龍にはその一端を見せられたよ。


『この寒気と圧迫感は一体……ば、馬鹿な。僕がこの龍王である僕が恐怖してるとでも? あんな()()()()()()()害虫ごときに? あり得ない!』


 ドーピングポーションの存在はまだ知らないらしいな。新しく作られたらしいから当たり前か。むしろ知ってた方が不自然だし。


 俺が強化されたことに感覚では気づいてるが、頭ではまだ理解していない状態か。


 時間が惜しい。戦闘中に理解しろ。そしてあっという間に終われ。抵抗させる気はない。俺の攻めのみで一切の反撃も許さずこの濃密な殺し合いに終止符を打つ。


「今から俺の力が尽きるまでお前を全力で殺すことにする」


『僕を……殺す、だって? 害虫ごときがいい気になるな!』


 また黒炎球を投げてくるか。俺は黒炎球を放たせる前に龍の顎を蹴り上げ一度離脱。フォルネスの首と膝裏に手を回し、龍の視界から姿を消した。


『どこだ! どこに行ったんだ!』


 俺は遠く離れた身を隠せる岩影にフォルネス運んだ。


「無事に帰ってきて……」


「……」


 俺は無言でほんの少しの間フォルネスを見つめ、視線を切り場を後にして龍の背後まで駆ける。未だに俺を見失っている龍の背に飛び蹴りを放った。


 巨体が前に倒れた後、龍の脇腹を蹴り上げ仰向けにひっくり返させる。飛び上がり更に腹へと踵落とし。堪らず空気を吐き出した龍にそのまま容赦のない拳を連打。


 反撃はさせない許さない。怒涛の攻撃をひたすら続ける。


『ま、待って……死ぬ、死んじゃう』


 ここまで強化して殴ってもまだ話せるのか。流石耐久化け物。剣も試したいが、生憎切れ味の良い剣は持ってない。


「害虫に命乞いをするな。虫に言葉は通じんぞ?」


『あ、あなたは……虫なんかじゃなかった。僕、僕はあなたの下僕になります。だ、だから助けて下さい……』


 力に屈して寝返る奴程信じられない。そもそもお前の声も口調も言葉も嘘臭いんだよ。


「本当か?」


『本当だよ……いえ本当です!』


「分かった……早く立ち上がれ」


 俺は龍の腹から降り、背を向ける。


『あ、ありがとうございます! …………僕がお前なんかに従うか! 死ね害虫!』


 龍は起き上がると、両前足で俺を押し潰そうとしてきた……が、俺は焦ることなく簡単に避け、素早く振り返った。


「だから分かったと言ったんだ」


『ど、どうして……』


「お前みたいな屑は経験済みなんだよ。本当に改心してても許す気なんて無かったが」


『い、今のは違うんです。ごめんなさい……許してください!』


 今度はひれ伏しやがったか。こんなに強い奴がこんな滑稽な行動を取るとはな。こんな奴に苦戦しまくった俺が情けなくなる。


「龍王が聞いて呆れる」


『ぼ、僕は龍王の中でもまだ若輩者なんです。だ、だけど! 魔王軍のことも他の龍王のことも知ってます。役に立ちますよ!』


 若輩者だから許せ……と? そんなことが通じる世の中じゃないってことは理解してるはずだろ。情報も信じられん。


 それに何度俺を侮辱した? 寛容じゃない俺は決して許さん。


「虫」


『へ?』


「俺はなぁ……どちらかと言えば虫が苦手な方なんだよ。なのに虫虫虫、虫虫言いやがってよ。そんな虫と同列にした罪は重い」


『そ、そんな……もう言いません。もう言いませんから!』


「もう遅い! このロリコン野郎があああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は地面を陥没させ跳躍し、逆鱗があると仮定した付近を中心に鈍く大きな拳打音を響かせながら殴りに殴る。


 苦しむ龍に同情の余地なし。それどころか苦しませる為に精度を上げていく。


 逆鱗……発見。俺は地面に着地し、もう一度跳躍する。


『強化一点集中』


 必要最低限の身体強化を残し、循環してる魔力を右拳に集中。白く輝く淡いオーラが大きくなり、破壊力の塊が完成。


『ロリコ――』


「聞く耳もたん!」 


 俺は龍の声を遮り、破壊の一撃を逆鱗目掛けて真っ直ぐぶつけた。破壊の拳は逆鱗を貫き、大きな穴を開け、龍の命を奪い絶命させた。


 巨体は大きな音を立てて倒れ、震動で地面を揺らし、土埃を巻き起こす。


「疲、れた……」


 俺の魔力は完全に空となり、自身にかけた強化魔法は強制的に解除された。体力が限界以上に達したのか、それとも緊張の糸が切れたのか、体が急に重くなりそのまま前にドサッと倒れ込んだ。


 にしても……もったいないことしたなぁ。効果的には後三分持つのに俺は三分丸々無駄にしたってことだ。笑えん損失だな。この先はもう頼れない。魔王軍幹部序列六位以上の実力者に殺意を持たれれば確実に殺される。


 目が霞み、意識が朦朧としてきた……。遠くから俺の名を呼ぶフォルネスの声が聞こえるが、返答する気力すらない。


 もっと、もっともっと、強く……ならな、きゃいけない、な。誰も、阻めない……くらい、強く、どこまでも、強く……。


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