龍の趣味は特殊?
山の頂上辺りから耳をつんざくような大絶叫が響き渡った。
生物としての本能が警鐘を鳴らし、跪き降伏を促してくる。
俺より問題はフォルネスだ。龍とのあまりにも早すぎる再会に恐怖で縮こまっており、更には腰が抜けてるようだ。顔色も真っ青。歯を尋常ではないスピードでカチカチ鳴らしている。
転移で逃げるか? ……駄目だ。基本行った場所にしか転移は不可能だし、無差別転移ならどこに飛ばされるか分からん。
それに……始末しなければ根本的な解決にはならない。
……こんな怪物に勝てるのか? 今の俺が。
――はっ、何を弱気になってんだか。俺はあの日に決めたはずだ。邪魔する奴は魔王だろうと始末すると。こんなんでビビるのはらしくなかったな。逃げるなんてもってのほか。
それに遅かれ早かれだ。今は人間に目が向いてる魔王軍だが、その内他種族にも目が向く。もしくは既に向いていて同時侵略に出る可能性すらある。そうなった時、俺が魔王軍よりも弱者なら旅の途中で殺される。
そうならない為に言魔法を解禁した。誰にも俺の行く道を阻ませないし、阻む者は排除する。もっとずっと強くなると決めた。
それでも殺されるなら俺はそれまでの存在だったってことだ。だけど俺は死ぬ瞬間までは生にとことん執着し、足掻きに足掻き勝つことを殺すことを諦めない。それが弱肉強食と言っても過言ではないこの世界で必要な強い意志だ。
「いつまで腰を抜かしてる? 聞こえただろ。お前は早く隠れるか逃げるかしろ」
「わ、私はリオルに命を預けた……」
そんなにもブルブル震えてるのにアホか。そもそも他人の命なんて簡単に預かれるかよ。俺に責任が付いて回るんだぞ。
「勝手に預けるな。邪魔だし足手まといだ。さっさと消えろ」
「で、でも……あれは私を追って……」
追われてたのはフォルネス……だと? 一人の少女を龍が……魔王が調査を命じるって……こいつは俺に何を隠してる?
「何? どういうこ――」
『ギュアアアアアァァァァァァァァァァ!!!』
「チッ、来たか」
絶叫の聞こえた方を見れば、漆黒の龍が山の頂上辺りから急降下。一定の高さの上空で停止した。
フォルネスは恐怖で「あ、ああぁぁぁ」と絶望の声を上げる。
近くで見ると圧倒される。全長十メートルにまで及ぶ巨体は漆黒の鱗に覆われ、鋭い爪と牙はどんなものでも破壊できそうだ。
大きな翼をバサッバサッと羽ばたかせ滞空し、紅玉の瞳は暗く輝き、睨みつけられると後退りしてしまいそうになる。これまで見た生物の中で一番大きく一番強く死の香りが漂う。
『やっと見つけたよ。もう! あんまり手こずらせないでよね。失敗したら魔王様カンカンに怒っちゃうんだから』
実際に龍が喋る瞬間を見せられると変な気分になる。魔物は基本話せないというのに、翼を羽ばたかせた上空の巨大生物は知性を持ち、どういうわけか更に話せるのだ。
「見かけによらず軽い口調だな」
俺の声で初めて俺を認識したような反応だな。本当は気づいてたくせに性格の悪い。それとも俺のことが眼中に入らない程の………………少女趣味なのか?
そうか、もしそうなら仕方ない……。危ない龍なんだから熱中するに決まってる。それに龍王と呼ばれるくらいだから、周りのほとんどの者が矯正できないだろうし、矯正するにも限られる。
それこそ矯正不可能な場合もある。ならば、魔王を含めた上位幹部の誰かが去勢するしかないが、魔王軍は極悪なことで有名だ。危ない龍を去勢する気がないのは明白。
……もしかして捜索を命じた魔王も危ない龍と同類って可能性も?
つまりそれって……諦めるか殺すしか方法が他にないってことになる。
『…………ん? 君、誰? 生き残り? 何にしても人間ごときが気安く話しかけてくるな』
危ない龍の少年のような高い声には威圧感が含まれており、気圧されそうになるも耐えて俺は後退ることをしない。
覚悟は先程終わったんだ。普段通りの俺で対峙してやる。何より危ない龍に殺されるのは屈辱だし成仏できないからな。
『生意気な目つきだな~。虫のくせに。虫と言えば昨日は楽しかったな~。あの虫共が泣き喚く姿や逃げ惑う姿を見るのは最高だったよ。君が見つからなかったのは誤算だったけどね。どこに隠れてたんだい?』
嬉々として語りやがって。弱者を痛めつけるのがそんなに楽しかったか? 人間の少年のように声を弾ませて……このド変態が!
「虫とは大層だな。お前も十分変なのに」
『お前? 変? この僕に向かって言ったの? だとしたら……口の聞き方には気をつけなよ。今すぐ殺すよ?』
感じたことのない殺気だ……。バルムドよりも上なのは本当らしいな。底が知れない。身がすくみそうになる。それでも俺は気丈に振る舞う。
弱さを一度でも見せればその瞬間に呑まれる。それほどにまで圧倒的存在。危ない龍だけど。
「変な奴に変だと言って何が悪い」
『言ってみろよ。優しい僕は一応聞いてやる』
気になってんじゃねえかよ。
「お前は俺を虫と称したが、それはお前も同じ。そうだろ?」
『何だって?』
「蜥蜴、お前は蜥蜴野郎だろ。お前の言い分だと同類だよな。まあ、俺は虫じゃないから虫はお前だけなんだけどな」
本当のところ、俺は蜥蜴が虫に分類するかどうかなんて知らんけど、目の前の龍も知らんだろうし問題ない。
ここは是が非でも虫で押し通す。所謂有名なごり押しだな。ごり押し。蜥蜴にはすまんが、虫枠になってもらおう。
『どうやら本気で殺されたいみたいだね。良いよ望み通り殺――』
「まだある」
『まだある……だって?』
殺気を飛ばしてくんな。俺は悪くない。悪いのは喧嘩を売ってきた高圧的態度のお前だ。
龍ってのはプライドの塊だな。加えて実力も備わってるから質が悪い。
「お前が許可したんだ。まさか……聞かないわけないよな? 龍王さんよぉ」
言ってて気づいた。龍王=龍王か。凄い奴が現れたな。
『虫風情がぁ……』
「お前人を虫呼ばわりしてるくせに人語を理解して話すんじゃねえよ。その時点で同レベルだ。元々話せる魔族ならまだしも。それとも何か? もしかして虫と同じ言葉を生まれながらに話せるのか? だったら可哀想に。虫と共通する点が容姿と合わせて最低でも二つはあるんだもんな?」
挑発までしたは良いが、どう戦う? 勝てる確率が一番高い戦法は、属性強化に言魔法の強化を重ねがけをし、接近戦での勝負だが……。
腰を抜かして体を震わすフォルネスは放っておいても良い。理由は知らんが、コイツの目的はフォルネスを連れ去ることだ。標的にはされないはず。
ならば……龍に集中だ。確実に……殺しきる。絶対に俺は生き残るぞ。こんなところで人生をあっさり終わらして堪るかよ。
『君、逃げるなよ? 僕は今からこのクソ虫を殺してくる。まあ、その様子じゃ無理か。クソ虫、場所変えるよ』
クソ虫に格上げされた。わーいフッシギー、ぜーん、ぜん! 嬉しくなーい。
俺がこの村に到着する前に通過した平地で今、羽ばたくのを止めて地面に降り立った巨大な龍と向き合っている。
紅玉の双眸がじっと俺を捉えて離さない。
『謝るなら今の内だよ。僕は優しいんだ。死ぬ前にクソ虫の土下座を見せてくれたなら楽に殺してあげるよ。でも……拒否するなら苦しめてむごたらしく殺す』
「ごーめんなさーい。ゆーるしーてねー。めっちゃめちゃ反省しーてるよー」
気持ちのこもってない軽い口調で俺は謝った。もちろん土下座はしない。
『クソ虫の気持ちは分かった……殺すね』
濃密な痛いくらいのピリピリした殺気が俺へと一直線に放たれる。……ちょっと馬鹿にし過ぎたか?
ま、気にすることはない。目の前の龍がキレようとキレまいと関係ないのだから。俺を殺そうとする龍を殺す。ただそれだけのことだ。
『光よ、我を強くする輝きを身に纏え、属性強化』
俺を強く神々しい温かな光が包み込む。強化された感覚が全身に一瞬で伝わる。
『へぇ~。中々に高い完成度の属性強化だね。人間にしては……だけど。魔王軍幹部の部下の隊長格レベルかな。その程度でクソ虫は僕を挑発したの? だとしたら相当の愚か者だね』
俺は人差し指を左右に振りながら口角を上げ「チッチッチッ」と言う。
『クソ虫は僕の神経を逆撫でするのが上手だね』
「俺をクソ虫と呼ぶ蜥蜴野郎にお似合いの対応をしてるだけだ」
『己を限界まで強化せよ』
光を更に白いオーラが包み込む。久々の全能感を味わうな。循環する大量の魔力が俺を果てしなく高みへと導き強化していく。
持続時間十分……と言いたいところだが、フォルネスを回復させて二割消費したのが尾を引き、精々八分ってところか。
『……んだ……は……』
「始めるぞ。時間が惜しい」
『何なんだよそれは!』
俺が戦闘体勢に移行しようとした時、翼を一度羽ばたかせ龍は声を荒げた。同時に強い風が俺の髪とコートを揺らす。
戦う前に俺の力の一端を感じ取ったのか? だからどうしたって感じだが。
「何って……誰が教えるかよ」
『良いから答えろよ! 人間風情が……お前みたいな奴が、この僕を! 龍王である僕を脅威に思わせられるなんてあり得ない!』
荒々しく甲高い声が俺の耳を刺激し不快な気分にさせる。
「頼み方があるだろ。誠心誠意敬語を使って頼め」
『クソ虫がぁ! 図に乗るのもいい加減にしろ!』
「じゃあ教えなーい。てことで諦めろ。ま、お前が敬語で頼んでたとしても俺は教えなかったがな」
『半殺しにしてやる。命を助けてと懇願するお前に聞き出すことにするよ』
なら、半殺しにされる前に俺がお前を殺してやるよ。
「馬鹿が」
龍の口内に炎の塊が形成されていく。火球を吐く気らしい。
頭に血が上って安易に隙もない相手に使おうとしたこと、後悔しやがれ。
俺は地面をボコッ! と陥没させ、残像を出現させる程の速さを発揮し、佇んでいた場所から消え去る。
一瞬で龍の顎付近まで飛び、火球を吐き出す瞬間に合わせ引いた拳を強く握り、顎を打ち上げた。