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妙な胸騒ぎ

「そろそろ国境となる山とその付近の村が見えてきてもおかしくないはず……」


 俺が【アゼルーク村】を出発してから三日。道中で遭遇する魔物を魔法銃で蹴散らし、野宿しながら広大な平地を西へ西へと歩いていた。


「そう言えば……魔法銃は想定していた以上の威力だったな」


 魔力の消費量については並の魔法行使時の比ではなかったが、最低魔力五千を消費するだけでも道中のC級魔物程度なら一発で葬れる威力があった。


 よって、楽な旅路が続いているのだが、平地の風景だけじゃ物足りなく感じてきた頃でもある。


 今日なんて少しでも早く進行したいから午前四時に再開したんだ。三日目だしそろそろ目印でも何でも良いから出てこいって感じ…………ん?


 ふと遠くの空を見上げてみると薄く煙が上がっていた。


 煙……か。こんな朝から煙が上がるってどう考えても不自然だ。


 煙を眺めつつ思考を巡らせながら歩き続けていたら、豆粒程の村を何とか目視できた。……ある程度離れてるのか。


「何だか嫌な予感がする……」


 俺は状況が分からない為、取り敢えず警戒しながら村の方まで歩くことに決めた。


 どのみちあの村を通過して山を越えなければ、俺の目指す国から遠ざかることになる。今更遠回りなんて避けたいし、別のルートを探すのは面倒。


 俺は味わったことのない胸騒ぎを感じつつも、覚悟を決めて前へ前へと重い足を動かすのだった。





「この惨状は……何だ? 到底普通の生物の仕業とは思えない。一体誰もしくは何がこの村を壊滅させたんだ……?」


 村へと近づくにつれ、段々と理解してしまっていた。村は軽く燃えていたのだ。煙の正体は建物に燃え移って今も尚健在な火。


 ただの火事じゃないことは一目瞭然で、村の入り口だったであろう場所に立つ前からもう分かっていた。この村は襲撃されたんだと。


 村に入って歩きながら見渡せば、所々が燃えていた。激しくはない。けど、最初は激しかったと窺える光景が広がっている。崩れ落ちた建物は真っ黒に焦げ、中には炭と化してるものまで。


 重度の火傷を負って焼けただれた死体、踏み潰されたかのようにぺしゃんこな死体、死ぬ間際に圧倒的な恐怖を見たような顔の死体。


 村民はきっと大きな絶望を味わったのだと、そこら中に転がる死体から無限に伝わってくる。


 空が青く晴れ渡っているのに対してこの村はまるで地獄絵図のようだ。こんな状況なのに「所詮他人事だから」と心を痛めずケロッとしてる自分の精神に少し驚くも同じくらい安心した。


 情というものを()()()()持つことは自身の弱点に繋がり、危険な枷にもなる。村を酷い有り様だとは思う。でも必要以上に気にすることなはい。他人は他人だと割り切るべし、ってな。自分が薄情な人間で良かった。


 正直情報が足りない。それでも確かなことが一つだけ。こんな悲惨な光景を作り出す奴はろくなもんじゃない。

 

「ある程度見渡したことだ……早いところあの山を抜けるか。これをやった生物が戻って来る可能性もある。犯罪者は現場に戻る、的な謎の習性とかで鉢合わせすんのも怠いし」


 俺が山の方へ目を向け、歩き出そうとした時、視界の端で建物の残骸が僅かに動くのを捉えた。


「気の所為……か? まさかこんな惨状の村に生存者が? そんな馬鹿な。推測するに半日は経ってるんだぞ……」


 俺は半信半疑というより、気になる疑問を解決する為に動く。建物の残骸まで辿り着いた俺は身体強化する。


 建物の残骸を後ろにぶん投げていく途中、土の汚れとかすり傷の目立つ人の足が、膝下までめくれたロングスカートから見えた。本当に生き埋めにされてるとでも?


 それなら急ぐか。情報を聞き出す為にまだ死んでもらうわけにはいかない。俺は残骸を退かす速度を更に上げた。


 すべてを退かし終えた先に居たのは、固まった血と土でまみれた黒髪セミロングの虫の息である少女だ。


 まさか人間で二人目の黒髪に出会うことになるとは。


「だ、れ……?」


 目が霞んでるのか、純粋な疑問なのか、少女はぼそぼそと口を動かした。


「本当に生きてるとは……。しかも意識まであるのか。凄い生命力の持ち主だ」


「さ、む……さむ……いよ……」


 少女は口を必死に動かすが、先程から聞き取るのが難しいほど声が弱々しく小さい。何とか聞き取った言葉が「寒い」のみ。……ってことは本当に限界が近いのだろう。


「生きたいか?」


「生き……たい……」


 まあ、死にたいって言ってたとしても情報入手の為に生かしたが。一応の意志確認はしといた。


 う~ん……。ポーション……は止めておこう。傷回復と状態異常の二本を使うことになってしまう。


 言魔法で回復させるか。完治までだとかなり難度が高い魔法。それに加えて回復魔法使いは適正者も少ない。適正者ですら一度か二度で魔力を使い切るのだ。どれくらい消費するか分からんが、後々のことを考えて試しておく価値はあるな。


『完治させよ』


 俺は少女に手をかざした。


 途端、眩く白い光が少女を包み込む。発動した瞬間から傷口が超スピードで塞がっていく。少女の今にも途切れそうな呼吸も正常に安定してきた。


 徐々に光が収まる。ということは、少女は完治したようだな。


 体感で消費した魔力は二割ってとこか。元々燃費の悪い部類なのか、はたまた少女が死にかけてたからなのか。何にせよ、大体の目安は把握できたな。


「嘘……本当に助かった、の?」


 体を起こした少女は、手をグーパー開閉したり体のあちこちを触ったり確認すると、目をパチクリさせた。


 深い紫の瞳に綺麗な顔立ち、背は少し小柄。そして人間では珍しい黒髪。服装はロングワンピースだったのか。ロングスカートは間違いだったな。


 どうしてこの少女だけ助かったのか。そこも気になるっちゃ気になる……が、まずは重要な方の情報だ。


「確認は済んだか? お前は間違いなく助かった」


「……ありがとう」


「礼は不要だ。俺もお前に聞きたいことがある」


 そう言った俺はあぐらをかき、少女の正面に座り込む。


「な、何を?」


 どうして動揺したんだ? いや、詮索する必要はないか。今一番気になることを訊けば良い。


「単刀直入に訊く。ここで一体何があった?」


「……」


 少女は下を向き、カチカチと歯を鳴らす。更には肩を抱いて小刻みに震え出した。


「思い出したくないか?」


「命の恩人……だから、話す……」


 胸に手を当て目を閉じ、深呼吸を繰り返した少女は覚悟が決まった様子で目を開ける。数秒の間を置いて、少女は口を開いてゆっくりと話し出した。





「これが昨晩、あったことのすべて……」


 少女は語った。真相は驚愕の内容だった。今も少し整理仕切れてないから改めて整理する。


 やって来たのは一匹の巨大な黒いドラゴン。正式名称――アーテルインフェルノドラゴン。無駄に名前の長いその龍は、魔王に命令されて人探しでこの村を訪れた。ついでに村で暴虐の限りを尽くし、あっさりと虫けらのように村民をコロコロ。 


 少女は暴れる龍の起こした旋風に巻き込まれて建物へと吹き飛ばされ、叩きつけられた上から建物が倒壊して生き埋めに。本当によく生き残れたな。


 そもそも……魔王軍の三大龍王って何だよ。そんなの初耳だぞ。魔王軍はどんだけ戦力を蓄えてんだよ。これは……序列九位のバルムドが消えたくらいじゃ何のダメージにもなってないな。


 しかも魔族幹部の序列六位に相当する強さって笑えないだろ。まだ序列八位までなら落ち着けた。序列最下位のバルムドは油断と慢心の塊だったから少し余裕を残して倒せた。


 仮に戦うことになった場合、序列六位相当に成長途中の俺で勝てるかどうか……。もしかして胸騒ぎの原因ってこれのことかよ。


 タイミングの悪い龍とか勘弁しろよ。強くなりたいとは常々思ってても戦闘を楽しむって感情は薄いんだ。命を燃やす熱い死闘とか別に興味ない。欠片もない。絶対出てくんなよ。


「辛いか?」


 俺は気を紛らわせる為に訊いた。


 こんなにも冷静に淡々と落ち着き払ってるのも違和感があったし。


「平気。私、煙たがられてたから」


「親は?」


「亡くなったわ。五年前に……」


 深い紫の瞳に悲しみが宿る。五年経ってもそんな寂しそうな目をするってことは、両親のことがそれだけ好きだったんだろう。


「そうか」


「でも私にはお婆ちゃんがいた。愛情を注いでもらえた……一ヶ月前に亡くなるまではこんな村でも幸せだった」


「味方が誰も居なくなった。だから村が滅んだことに対する悲しみはない、と?」


「ええ。お父さん譲りの髪色なのに、気味悪がったりしてきたもの」


 少女は静かに怒る。強く拳を握りしめて。中々に闇が深いな。


「人間で黒髪は珍しいからな。魔族に多い傾向らしいし」


 今、肩をビクッと跳ねさせたな。魔族に対する拒絶反応か?


 普通は龍に対してだと思うが。あ……なるほど。龍も魔王軍だから魔族も龍も同じって考えか。


 と、納得してみたは良いけど、俺には少女がまだ大事な何かを隠してる気がしてならない。


「あなたは……」


「ん?」


「あなたは……黒髪に差別意識ってある?」


「俺が鬱陶しいと思ってた奴は黒髪だったな」


 旅立った今となってはアイツのことなんてどうでもいい。もう絡まれることもあるまい。


「そう……。じゃあ私のことも嫌い……?」


 ビクビク訊いてくるが、嫌いと言われることを恐れてるのか?


 そんな感情を抱く以前の段階なんだが。


「お前のことは別に何とも思ってない。好き嫌い以前に会ったばっかだし。黒髪差別もこんな辺境の村だけだ」


「アネーシャ・フォルネス」


「いきなりどうした?」


「私の名前。あなたの名前は?」


 名乗られたからには一応名乗るか。減るものでもないし。


「リオル・サーファ」


「そう……リオルね。リオル、あなたは命の恩人。私の命、リオルに預ける」


「冗談はよせ」


 一大決心したような顔で何を言ってるんだよ。確かに命の恩人かもしれないが、そんだけで命まで預けるって……。


 人のことは言えないな。俺もあるきっかけで変わった。戦闘に関する価値観は特に。


 ――ゾクゾクゾクッ。何だよ、今のは……一体何なんだよ……。何でこんなにも俺の背筋は凍りついてるんだ。


 全身から冷や汗が止まらない。


 フォルネスが喋ろうと口を開くが、それどころではない。そんな場合ではない。


「本気。私は本気、だから一緒――」


『ギュアアアアアァァァァァァァァァァ!!!』


 あ……やっぱりこれが胸騒ぎの正体か。


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