勇者パーティーはスガンピードへ向かうらしい
リオルが盗賊団を殲滅し終えた頃、王城内部の訓練施設にて歴戦の猛者足る雰囲気を身に纏う壮年と黒髪黒目の青年が模擬戦を行っていた。
壮年の男の方は全体的に深い青を基調とした服装をしており、胸部には幾つかの立派な勲章が張られている。黒いマントを靡かせ、無駄を省いた流麗な動きは素人目から見れば「完成されている」と誰もが思うだろうことは想像に難くない。
彼こそが【ウルファス王国】騎士団長――レシオン・サザールだ。現在三十五歳だが、三十歳という異例の若さで団長まで上り詰めた天才騎士。
Sランク冒険者に匹敵する強者でありながら、年齢の割に若々しく顔立ちも整っている。誰にでも厳しいことで有名だが、王都内では莫大な人気を博す。
片や女好きする顔立ちに人間では珍しい黒髪黒目の少年――アカシ・アイザワは王国に召喚された勇者だ。
常人以上の速度で成長しているにも関わらず、今のところ大事な戦いではイマイチ結果が出てない可哀想な子である。
そんなアイザワは今、模擬戦用の飾り気のない普通の剣を持ち「はぁぁぁぁぁ!!」と猛々しい雄叫びを上げながら、圧倒的格上であるサザール目掛けて正面から馬鹿正直に突っ込んでいる。
「甘い」
「うわっ」
案の定アイザワの縦からの斬り下ろしは意図も容易くサザールの剣にいなされ、バランスを崩したところで押し返された。
「単調だ。動きを工夫しろ」
「はい!」
サザールのアドバイスに元気良く返事をしたアイザワは、またもや真っ直ぐ突っ込んだが、サザールの間合いに入る直前で急停止し、右へ素早く移動。
ガギイイイィィィィィン!!
そこから踏み込み、斜め前で悠然と佇むサザールに右下から左上に斬り上げるも、ぶつかり合う金属音で分かる通り、簡単に防がれてしまう。
「まだまだ甘い。パターンを増やせ。戦いの中で学習しろ」
サザールは悪い点をどんどん指摘していく。アイザワは軽く息を切らし汗をかきつつも、めげることなく攻める。
サザールの周りを縦横無尽に駆け回り、狙いを絞らせない戦法に出たのだ。あらかじめ属性強化をしているアイザワの速度は十分な働きをしてる――相手が違えば通用する方だろう。
しかし、相手は格の違う騎士団長。そんな小手先の方法で突破できるはずもなく、頃合いと判断して動いたアイザワの斬撃を見切って躱した。
「速さが一定だ。そんな程度では攻撃パターンを幾ら増やしても即座に読まれる。全体的に緩急を意識しろ」
「分かりました!」
アイザワはジグザグな動きで向かう。サザールに近づくに連れてスピードを落とし、落としきったところでトップスピードを発揮し、サザールの懐に一瞬で入り込む。
「どぅわっ!?」
ここまでは良かったが、サザールはその勢いを利用し、お留守な足を引っかける。アイザワはゴロゴロと勢いよく転がり、訓練所の壁に激突した。
「今のは中々良かった。これにて各自の最終訓練は終了とする」
訓練終了を言い渡された後、勇者パーティーが訓練所の中央に集まっていた。
勇者パーティーの目の前には本日の指導役であるサザールが立っている。
勇者召喚がされた当初から、王城滞在中は必ず宮廷魔導師と騎士団が交互に指導を行っており、本日の訓練は先程のアイザワで無事終了となった。
今こうして集まっているのは、反省会と明日からの日程をこれからサザールが伝える為だ。
「言っておくが、君達はまだまだ荒削りだ。成長阻害の原因となる自惚れは絶対に持つな、持ったら必ず捨てろ。向上心を決して忘れるな。強くなる為には必要だからな……ルドガー、耳をほじるな。お前にも当てはまることだ。お前は確かに頭一つ抜けてはいるが、Sランク下位とどっこいどっこい。まだまだ力不足なのは自覚してるな?」
そっぽを向いて小指で耳をほじほじしていたバーン家長男――ルドガー・バーンは、サザールの話にあまり興味がないようだ。
「んなこたぁ分かってる。だがな、覚えとけ。おれは近い内にあんたも魔族なんちゃらとかいうダセェ幹部連中も超えてやる。首を長くして待ってな」
獰猛な笑みを浮かべたバーンは味方であるサザールにですら、宣戦布告をした。バーンの頭の中はきっと、強くなることと強い奴と戦う――それだけで占領されてるのだろう。
「期待しておこう」
「ケッ」
挑発に乗ってこない冷静なサザールにバーンは不満そうな顔をし、またまた別方向に顔を背けた。
「早速だが、明日から君達には北の都市、スガンピードに行ってもらう」
「スガンピードだぁ? あんな銃使いばかりの国に何をしに行くってんだよ」
バーンにとっては意外だったらしく、背けていた顔をサザールに戻し、一番最初に反応を見せる。
「口を挟むな。今から説明する。スガンピードでは特に遠距離での戦闘経験を積んできてもらう。基礎はみっちり叩き込んだ。更に上へ到達する為に学んでこい。この先きっと役に立つ」
「具体的にはどう学ぶんですか?」
「魔王軍との戦いに備えてスガンピードではもうすぐ大会が開かれる。それに全員で出場し、一回戦でも多く勝ち進め。スガンピード在住Sランク冒険者も出場するから十分に経験を積めるだろう」
「へぇ……面白くなってきたじゃねえか」
大会に一番の興味を示したのは、やはりこの男だった。闘争本能が笑顔から溢れでている。口角は上がりっぱなしだ。
アイザワは「訓練の成果を発揮するぞ!」と意気込み、女性陣は目立った反応は見せない。
特にサラとリラの目には生気が宿ってない。リオルが去ってからずっとこの調子だ。それでも訓練は真面目に取り組むことから何も言われはしない。
二人の心の傷はリオルの想像以上にずっと深いようだ。でもこれはどうしようもないこと。
リオルは既に前を向いている。王国とリオルを天秤にかけて中途半端な選択しか取れなかった二人とは最初から相容れない。この二人がこれからどのような行動に出るのか、もしくは出ないのか。それは誰にも分からない。
「ルドガー」
「あん?」
「お前は年長者だ。戦闘を楽しむだけじゃなくて年長者として引っ張るんだぞ……分かってるな?」
サザールの冷たい声が、バーンの高揚した気分に横槍を入れた。
途端にバーンは鋭い目を細めて不機嫌顔へと早変わりする。
「チッ、こんなガキ共の子守りなんざごめんだ。それに死んだらその程度ってことだろ? おれは勇者パーティーの一員にはなったが、面倒まで見る気は毛頭ないぜ」
バーンは冗談じゃない――とばかりに両方の手のひらを外へと向けて大袈裟に肩を竦めた。
「ルドガーさん! 場をかき乱すような発言は控えてください! 仲間じゃないですか!」
アイザワは隣に立つ自分より少し背の高いバーンの方を向き、睨みつけて説教混じりに怒る。
「あ? 誰と誰がだよ。おれとお前らはただの同行者。それだけの関係だ。勇者パーティーっていう大層な名前のな。決して仲間なんて関係じゃねえよ」
「国や人々を助けるって志は同じはずです! それなら僕達は仲間です!」
「仲間ってのはな、対等な者同士が仲良くなって初めて呼べるんだよ。おれとお前らじゃ差が開き過ぎだ。それにおれは戦えればあとはどうでも良い」
バーンの発言は勇者パーティーとしては明らかに好ましくないものだ。関係に亀裂を生みかねないことをしている。
バーン自身が最初から関係性を築くつもりがないこともあり、入る亀裂は元から存在しないとも言えなくもない。
それでも実力差に関しては何一つ間違ってはいない。仲間云々の話は個人の価値観だとしても、実力だけは本当に一ランク以上離れているのだ。
「何て身勝手な!」
「身勝手で結構」
「オレは絶対にルドガーさんよりも強くなって、考えを正してみせます!」
「ほざけ雑魚。実際におれより強くなってから一端の口を叩きやがれ」
「雑魚雑魚雑魚って……ルドガーさんは人を見下すことしかできないのか!」
二人の言い合いは段々ヒートアップしている。一方的にアイザワが突っかかってるように見える光景ではあるのだが、バーンの余計な言葉が原因でもある為に何とも言えない。
アイザワは基本仲良く思考。バーンは対等近くか対等以上の相手にだけ興味を示す。徹底的に相容れない――それがこの二人である。
「事実だろうが。どこに間違いがある? 勇者パーティーで勇者が最弱とか笑えねえよ。お前が魔族なんちゃらを倒したとかどんな奇跡だ。本当は冗談なんだろ? てか、冗談にしか聞こえねえ。ぜってぇ詐欺だろ」
「ふざんけんな! あなたに何が分かる!」
アイザワの口調に荒さが加わってきた。興奮して顔も赤みを帯びている。相当頭に来てるようだ。
残念なことにバーンに分かるはずもない。何と言っても契約魔法の効力で話せないのだから。リオルはほんの少しだけ、知らぬ間に二人の不仲を加速させるのに貢献していた。
「知るかよバーカ。あー久しぶりに雑魚の相手して疲れた。いつもなら無視すんのにな。お前才能あるよ。人をイラつかせる才能は一級品……いや、超一級品だ。それだけは認めてやるよ」
「何だと!」
「そこの二人……そこまでにしろ」
激しかった言い合いは、成り行きを見守っていたサザールの声で突如終わりを迎える。
自分より強い者が放つ威圧感で、頭が冷えた様子の二人。
アイザワは「すみません……」とサザールに一言謝り、バーンは舌打ちをして腕を組んだ。
所詮弱い者が何を言おうと、強い者の言葉には逆らえない――サザールがそう伝えてるようにも見えた瞬間だった。
「この際、君達に馴れ合いは求めん。強制しても余計拗れるのは目に見えてる。だが、いざこざで足を引っ張り合うのだけは許さん。衰退も許さん。成長し続けて前だけ向いて強くなれ。言いたいことは以上。各自、解散!」
何とも言えない空気感の中、勇者パーティーは解散した。普通は思う。このままで大丈夫か? と。
しかし、そう思ってるのはおそらく王女とアイザワのみ。他の三人の気持ちは別方向に進んでいるに違いない。
指導役のサザールですらも連携の必要性を否定した。いや、求めても無駄だと早めに見切りをつけたのだ。
これから勇者パーティーは、連携よりも個々の力を各自で追い求めることになったわけである。パーティーなのに連携を否定する。本当に名だけの勇者パーティーが誕生したのかもしれない。
そんな状況に陥ろうとアイザワは諦めないが、このパーティーをまとめるのは難しい。それこそ奇跡でも起きない限り望みは薄い。それでもアイザワは歪んだ思いから求め続けるに違いない。修復不可能だとしても決して気づくことはない。
異世界に召喚されて右も左も分からない。そんな状況にも関わらず、快く勇者を引き受ける時点で変なのだ。
もしかしたら、アカシ・アイザワは既に別の意味で壊れているのかもしれない。